わたしはその日、授業を受けながらクオのことを考えていた。クオがあの男の子に「ミクにちょっかい出すな」と言ったのは、わたしのことを心配してのことだろう。それは間違いない。それ意外に、クオがそんなことをする理由、ないもの。
でもじゃあ、クオはどうしてあの男の子をけしかけるような真似をしたのかしら? 抱きついたのはあの男の子の独断だけれど、「積極的に行け」とは言ったのよね。
わたしは色々と考えてみて、二つの可能性に思い当たった。一つは、クオはわたしの邪魔をしたいというもの。確かにクオはこの作戦に乗り気じゃない。でも……それにしてはやることがお粗末よね? 邪魔をしたいんなら、もう少しまともな相手を探すものじゃないかしら。あんなバカにリンちゃんがなびくわけないじゃないの。ただでさえ男の子が苦手なのに。こういうやり方なら、女の子を探してきた方がいいわよ。鏡音君の方に女の子を押し付けた方が効果的だわ。
となると、もう一つの可能性……わたしに協力するつもりであんなことをした、というものが浮上してくる。わざと他の男の子にちょっかいを出させて、鏡音君の嫉妬を煽ろうとした。そう考えた方が自然なんじゃないかしら。どっちにせよクオとしても、抱きつくとまでは予想していなかったんでしょうね。ラブレターを渡すとか、その程度のことだろうと踏んでいたんだわ。演劇部の男の子からそんなものを貰ったら、リンちゃんの性格からいって、鏡音君に相談するだろうし。そんなもの見せられたら、鏡音君……多分平静じゃいられないわよね。
ふむ……どっちだろう。本人を前にしないと、わからないな。わたしは昼休みにクオにメールを送って、一緒に帰れるねと念を押しておいた。クオは隠し事が苦手だから、顔をあわせれば突き止めるのはそんなに難しくないわ。
放課後になった。わたしはリンちゃんに「頑張ってね」と声をかけて、教室を出た。……実を言うと朝にリンちゃんがクッキーをくれた時、鞄の中が見えちゃったのよね。リンちゃんの鞄の中には、他にもクッキーの包みが入っていた。あれを誰にあげるつもりかなんて、言うまでもないわね。
校門に行くと、車は来ていたけど、クオの姿が見えない。わたしがその場で立ってクオを待っていると、しばらくして、クオが暗い表情でやってきた。うーん……どっちだろう。どっちとも考えられるわよね。やったことを後悔はしているんだろうけど、あんな派手な結果になるとは思ってなかっただろうから、どっちだとしても後悔する可能性はある。
わたしはクオに声をかけずに車に乗り込んだ。さてと、どうしたらクオの意図がわかるかしら。普通に訊いても、答えてくれるかどうかわからないし。
窓の外を眺めながら、どう行動するかを考える。問い詰めてもいいけど、クオが逆切れしちゃう可能性があるわ。逆切れって、どんな人がやるにせよ厄介なのよね。あれだけは避けたいわ。
わたしはちらっとクオの様子を伺った。恐怖とあせりが半々という顔をしている。後悔は、しているのよね……よし、決めたわ。
ちょうど、車が自宅についた。わたしはクオに向かって明るく笑ってみせる。
「クオ、お茶にしない?」
「……へっ!?」
クオがびっくりした声を出している。……まあ、それは、驚くわよね。わかってるわよ。わたしはそのまま車を降りて、家に向かった。クオがちゃんとついてきていることを確認しながら。
家に入ると、わたしはお手伝いさんを呼んで、クオと二人でお茶にするので居間に準備をしておいて、と頼んだ。クオは唖然とした表情で立ち尽くしている。
「クオ、わたし、着替えてくるわ。クオも着替えてきたら?」
それだけ言って、わたしはさっさと自分の部屋に向かった。お茶をするのに制服はね……。自分の部屋で私服に着替えてから居間に行く。クオはまだ来ていない。わたしは二人分の紅茶を淹れると、リンちゃんから貰ったクッキーをお皿に盛って、クオが来るのを待った。
そんなにしないうちに、クオがやってきた。相変わらず表情が暗い。
「はい、クオ、紅茶」
わたしは椅子に座ったクオに、紅茶を差し出した。クオが何も言わずに、紅茶を受け取って口をつける。
「クッキーもどうぞ」
クッキーを乗せたお皿を差し出すと、クオはチーズ入りの方を一枚手に取って食べ始めた。食べ終わると、もう一枚手に取る。
「美味しい?」
わたしが笑顔で尋ねると、クオは頷いた。ふーん、美味しいのね。リンちゃん、腕は落ちてないみたい。まあ、リンちゃんが味見もせずに持ってくるわけないんだから、美味しいに決まってるか。
「それね、リンちゃんが焼いたのよ」
「……ぐほごほげほっ!」
クオはクッキーを喉に詰めてしまったみたいで、自分の胸をどんどん叩いている。わたしはそれを見ながら、紅茶を一口啜った。うーん、いい香り。
「お、お前、今なんて……」
しどろもどろになりながら、そんなことをクオが言っている。わたしは紅茶のカップをテーブルに置くと、絞り出しクッキーを一枚手に取った。
「このクッキー、リンちゃんが昨日焼いて、今日わたしにプレゼントしてくれたの」
クオは目を白黒させている。わたしは何も言わずにクッキーを齧った。口の中に入れるとほろっと崩れる。うん、美味しいわ。
「ミク……今回のことは全面的に俺が悪かった! だからもう勘弁してくれっ!」
わたしが無言でクッキーを食べていると、クオがそう叫んだ。
「……何の話?」
「だ、だから……コウをけしかけたりして悪かったっことだよっ。べ、別にお前の作戦を妨害しようと思ったわけじゃないんだ。ただちょっと……何も考えてなかったって言うか……」
必死で言い訳するクオ。ふーん……「妨害しようと思ったわけじゃない」って言うってことは、妨害の方だったんだ。クオ、単純だから咄嗟に複雑な嘘がつけないのよね。それにしても……こんなにあっさり喋っちゃうなんて。
「え? そうだったの?」
わたしは驚いた振りをしてみせた。クオが唖然とした表情になる。クオが何か言うより先に、わたしは言葉を続けた。
「わたしてっきり、クオは自分だけで考えて作戦を実行したんだと思ってたのに」
「作戦って……」
「リンちゃんが他の男の子にアタックされてるのを見たら、鏡音君が妬くかもって思ったんじゃないの?」
クオはぽかんとした表情をしている。そっちの可能性、全然考えてなかったんだ。全く……困ったもんね。友達の変化にぐらい気づきなさいよ。
「作戦としては穴だらけだけど、クオも意外と考えてくれていたんだなあって、わたし、見直していたところだったのに……だからクッキーと紅茶でねぎらってあげようと思ってたのに……」
わたしはしおらしく俯いて見せた。クオがおろおろしだす。
「お、俺が悪かったよ……今度のことは本当に反省してる! もう二度と、お前の友達を危険な目にあわせるようなことはしないから!」
「……約束してくれる?」
「するする、するって! だから泣くな!」
わたしは瞳から涙を拭った。……実は多少精神的に興奮すると、人間って結構簡単に泣けたりするのよね。クオは知らないみたいだけど。
「と、とにかく今後は全面的に協力してやるから! な、いいだろ?」
「うん……」
ま、こんなもんでしょ。クオ、わたしを出し抜こうなんて百年早いのよ。まあ心配しなくても、作戦はそろそろ大詰めだから、クオが苦労することはそんなにないと思うわ。今日ので二人の距離、また近づいたでしょうし。怪我の功名って奴よね。
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