『まじょとやじゅう』 その4
作:四方山 噺(のんす)
07 大人の香りは、バニラの香り
「ごめんね、びっくりさせちゃって」
と、手を合わせながら茶目っ気たっぷりに謝っている桃髪アダルト美女は、噂の魔女っ娘ルカさんです。想像していたよりずっと常識的な方のよう。…住居のセンスは破滅してますが。
玄関前で棒立ちしていたリンちゃんとミクさんも招き入れ、お茶まで出してくださるこの余裕。見習いたいものだ、と二人の少女は頷きあいます。
「シャワーを浴びていたから、用心のために高圧電流のトラップを仕掛けておいたのよ」
ルカさんは説明します。 …それは、ゲリラのアジトにあるべき罠なのでは…?
そして、まんまとゲリラの巣窟…じゃなかった魔女のお宅に仕掛けられたトラップに引っ掛かったカイトさんはというと、先ほど息を吹き返して、今はルカさんからお詫びにともらったアイスを嬉しそうにかじっております。
「あqqwsでrftgyふじこlp;@ 」状態だったときはどうなるかと思いましたが、立ち直られたようで何よりです。
「そう、弟さんが…心配ね」
リンちゃんがこれまでの経緯をざっと説明(ところどころにミクさんの合いの手が入ります。カイトさんはアイスに夢中)したところ、ルカさんはお茶の入ったマグカップを弄びながら、同情をしめしてくださいます。
いい方です。
「そうなんです。それで、あの、お力をお借りできないかと…その、突然お伺いした上で不躾なんですが…」
ルカさんの持つアダルトな雰囲気に気圧されて口ごもるリンちゃん。不快ではないのですが、この高貴な感じのするオーラには少々気が引けてしまいます。
それを自覚しているのか(ここらへんも大人です)、
「…ま、焦ったって仕方ないわ。ひとまず冷える前にどうぞ」
と、お茶(グランボアシェリ・バニラという銘柄だそう)を勧めて、優しく微笑んでくれるルカさん。マジアダルト。
多少は落ち着いたのか、リンちゃんの表情にも笑みが戻ります。
「甘くて、いい香り…」
その言葉に、嬉しそうに微笑む桃髪魔女。きっとこの人は、笑い方で感情を表す方なんだろうな、となんとなく思うリンちゃんです。
…それとミクさん。お茶請けにネギをかじらないでください。それもたいそう幸せそうに。
それでもやはり不安を消せずにいるリンちゃんに気を遣ったのか、ルカさんはおもむろに余談を持ちだしてきます。雑談して気をほぐそう、という方針なのでしょう。
「ところでカイトからは、私の事、どう聞いてるの? …おおかた、怪しげな魔女、とかかしら」
そう言って自分でおかしいのか、ふふっと悪戯っぽく笑う魔女に、二人の少女は軽く、くらっと来てしまいます。なんという大人っぽさ…なんという色気! (カイトさんはまだアイスに夢中。もうアイスと結婚すればいい)
「いえ、なんか、魔女っていう技術職だ、とは聞いていたんですが…その、よくわからなくて」
とミクさん。ひとまずネギは置いとくようです。もしかしたら、少しでもこの人と話して自分にも大人っぽさを! …とか目論んでいるのかも。
「あら。『氷菓はオレの嫁』にしてはいい表現するじゃない。…そうね、技術職、というのが一番かもね」
どうやらカイトさんは、すでにアイスと婚姻関係にあったようです。
…じゃなくて。では、どういうお仕事をされてるんですか? と、リンちゃん。
ちょっと難しい話になるんだけど、とルカさんは前置きして、語ります。例によって要約で参りましょう。
なんでも、この世界には魔法的な性質を有した植物や鉱物が多数あるらしく、それらを用いて様々な現象を引き起こし、高度な製品を作り出すのが〝魔女〟というお仕事なのだそう。
ようは、1+1=2 という十進法のごとき『あたりまえ』なのか、1+1=10 という二進法のように『特殊な』計算を用いているかの違いであって、その『特殊』をひとくくりに、『魔法』と称しているにすぎないらしいです。
つまるところ、自分はウィッチではなくメイガスなのだ、とも。
「裏にある山は一種の霊山で、良質な魔法物質を多数採取できるのよ。それで都合がいいからここに住んでいるの。…本当は、もっと人里に近いほうがいいんだけど」
ルカさんはそう続けて、カップに口をつけます。
予告通りに難しいお話で、少女たちには理解できない個所が多数ありましたが、察するに、魔法物質とやらを扱う特殊なご職業…と、いうことなのでしょう。
それ以上はエーテル感応がどうの、四元素理論がこうのと、理解が追いつきません。
その様子に苦笑しながらも、ようするに、とルカさんは締めくくります。
「ようするに、普通じゃない材料を使って、普通じゃない物を作っているのよ。…ごめんね、これ以外に言い方はないかも。うまく言語化できない、ってやつ」
そう言ってまた、おかしそうに笑うルカさん。リンちゃんたちには、最後の冗談はよくわかりませんでした。
「…まぁ、そういうことだから、私の魔法って万能じゃないのよね。だから弟さんの居場所を直接つきとめるようなことは、申し訳ないんだけど…」
その言葉に、リンちゃんが肩を落とす前に、魔女は言葉を継ぎます。…あ、そうか、その手があったか、と。
不思議そうな顔をするリンちゃんとミクさん。カイトさんは食べ終わったアイスの棒をかじりながら、戸棚の魔法製品を見てまわっています。
「あのね、私と同じような仕事している子がいるんだけど、その子はここよりもっと良質で特殊な材料の採れる場所に住んでいるから、なにか役に立つ道具を持っているかも」
そして、奥へと引っ込むルカさん。なにか取りに行ったような様子でしたが…?
しばらくして戻ってきた親切な魔女は、いくつかのアドバイスとともに、リンちゃんたちに魔法の道具を貸し与えてくれました。
「がんばってね、応援してる。帰りに寄ってくれたら、晩御飯くらいはごちそうするわ」
という心暖まる気遣いと共に。
なにはともあれ、リンちゃんの弟探しは、次なる段階へと進めそうです。 よかったね、リンちゃん。
08 魔法の小道具 ~今なら選べる3種類~
ルカさんによると、その方のもとへは、谷や川など、いくつか地形を越えるとたどり着けるそう。気分は風来坊です。
また、今は昼過ぎ。踏破する距離そのものは大したことが無いらしいので、うまいこと行けばご提案通りルカさんのご相伴にあずかることも、そう難しくはないでしょう。にわかにやる気を帯びてまいりました。
さて、まず魔女子さん(ルカさんではなく、これから伺う予定の魔女さんのこと。 命名:昔はヤンチャしたもんさ…なリンちゃん)のもとに向かう前に、さっき借りた道具類を、ルカさんの解説とともにご紹介しましょう。
まず一つ目。『魔法のバナナ(皮のみ&袋入り)』。以下はルカさんの解説。
『ちょっと珍しい魔力を持ってる素材があったから作ってみたの。特性としては、摩擦係数がほぼゼロに等しいから、一度この袋から取り出すと二度と手で掴めなくなるわ。気をつけてね』
次に二つ目。『魔法のネギ』。
『これはもともとある性質を増幅したもの。端的に言うと、これを首に巻くと一瞬で風邪が治るわ。正直、自信作♪』
最後にもう一つ。『魔法のアイス』。
『なんとこのアイス、絶対に溶けないのよ。そのために表面に絶対零度を疑似生成しているけど、表面を別の魔力でコーティングして直接触れても問題ないように処理してる。でも、あんまり熱いとコーティングが剥がれるからね』
…とのこと。
なにやら摩擦係数ゼロだの、絶対零度だのととんでもない用語が平然と飛び交っています。これもあくまで〝技術〟だと言い張るルカさん…まじぱねぇですね。
ていうか、うん。まぁ、なんというか…正直、どのアイテムも微妙すぎます。すごいといえばすごいけど…といった感じ。
ルカさん手ずから渡して下すったものですから、まさか道中で全く役に立たないということはないでしょうが。…まぁ、役に立つ場面も思い浮かびませんけれども。
とまれ、無闇に人さまを疑うのはリンちゃんの主義に反します。
ひとまず道具の確認はこれくらいにして、そろそろ参りましょうか。
ミクさんとカイトさんも、引き続き付き合ってくれる、とおっしゃってますし。張り切っていきましょう。
とはいえ。 …本当に役に立つんだよね? やっぱり少しは不安になるリンちゃんでした。
09 君の屍を越えてゆく
ルカさんのおうちを辞して半刻ほどたった頃でしょうか。突然、大きな谷にぶつかりました。本当に多彩な地形してるんですね、このあたり。
谷は高く深くそして長く、ねずみ返しのように反り返っていて、おまけに見下ろせば、谷間を流れる急流が目につきます。
この川は…さすがに泳いで渡るのは無理そうですね…。よしんば渡れたとしても、ねずみ返しのせいでもとの高さまで上るなんて、無理でしょうし。
近くに橋や谷の切れ目も見当たりません。が、どうにかしてこれを越えねば、例の魔女子さんを訪ねることなどできやしません。
どうしましょう、と困り顔で振り返るリンちゃん。
まずミクさんを見ます。同じく困り顔でふるふる首を振られてしまいました。…むぅ。
次にカイトさんを見ると、全身でこう語っておられました。〝もう諦めようゼ☆〟 …諦めたらそこで試合終了ですよ?
…早くも打つ手なし、な空気が辺り一帯を覆います。…え~…?
あ、そうか! ここでリンちゃんが閃きます。ルカさんのマジックアイテムを使えばいいじゃあないですか! 冴えてる~。
とりあえず手持ちの道具は…バナナの皮とネギとアイスですね。
…。
…。
…これでどうしろと。
もうほとんどやけっぱち。リンちゃんは、他にもっとマシなものが紛れていないか袋をまさぐります。
ビリッ。
そういう剣呑な効果音とともに何かを引き破る感触。びっくりした拍子に袋から黄色と白のツートンカラーがこぼれ落ちました。
バナナの皮のようです。内側の白い部分で地面に面して、んべちゃっと情けなくひしゃげています。
やってしまいました。ルカさんからは、一度袋から出すと二度と使えないと言われていたというのに…。いや、何に使えるのかはわからない状態ではあるんですが。
とにかく、失態です。かわいそうに、リンちゃんは頭を抱えてしまいます。
それを見たカイトさんが、ついとっさにでしょう。ひしゃげたバナナ(の皮)に手をのばしました。なにやってんだよ、と。意外に包容力のある笑み。
そして。
「うなぁふぁッ!!??」
という面妖な叫び声をあげつつ、吹っ飛ぶカイトさん。本日二度目です。
ポーン、と。
それはもう、ロケットの如く見事な放物線を描いて飛んでゆくカイトさん。た~まや~。
そして勢いが落ち着くころに無事着地。谷の向こうに。渡るべきその場所に。
「「 …!? 」」
びっくりして顔を見合わせるリンちゃんとミクさん。カイトさんも向こう岸で、同じくハトが豆鉄砲食らったような顔をされていることでしょう。
そうでした。ルカさんはきちんと教えてくださっていたではありませんか。『摩擦係数がほとんどゼロ』、と。
これは、その滑りまくる性質を利用すればよかったのです。つまり、バナナの皮でスッテンコロリン、と。
ようは、スッテン、で飛んで行き、コロリン、でうまいこと向こう岸に着地すればよいのです。
なんということでしょう。こんな攻略方法があろうとは…!(とりあえず、ドヤ顔しているカイトさんはスルーする方向で)
とはいえ、さすがに怖いですから、リンちゃんとミクさんは公平にじゃんけんで先行・後行を決めることにしました。
じゃん、けん、ぽん!
そして、グーを出したリンちゃんが先に、パーを出したミクさんは後でスッコロする感じで決定。
さっきの様子ですと、下手に助走をつけると、とんでもないところまで飛んで行ってしまいそうです。リンちゃんはその場で一気に踏み切ってしまうことにしました。
目を閉じて深呼吸。タイミングを測って、いち、に、の、さん! で飛ぶことにします。
さぁ、行くぞ…!
いち、にぃ、の…さんッ!!
踏み切る右足。
振り切る重力。
そして、こんにちは無重力。
スポーン、と。
リンちゃんは飛ばされ、慣性と手をつないだまま、向こう岸へと運ばれてゆきます。た~まや~。
…と、ここでアクシデント発生。飛び方がまずかったのか、このままでは顔面レシーブしてしまいます。地面を。
「………いやぁぁぁぁああああぁぁぁあああぁッッ………!?」
まずい、このままではリンちゃんの可愛らしい顔が、車にひかれたカエルの如きご容貌となってしまう…!!
そこでとっさのナイス判断。カイトさんが飛び出して来て、リンちゃんの落下予想地点に先回り。受け止める構えのようです。男らしい。
そして、カイトさんの腕の中に寸分たがわず飛び込んでくるリンちゃん。これでなんとか、美の女神に不義理を果たさずに済みそうです。
…ところで全く余談なんですが。
リンちゃんは今、低高度を勢いのままに滑空している状態で、カイトさんはそれを受け止める男気を見せつけている真っ最中です。
そしてリンちゃんは今、背中にリュックを背負ったままで飛んでいます。
お忘れかもしれませんが、リンちゃんのリュックには、防犯用の釘バットが備え付けられています。
…あとはおわかりですね?
ここからは端的に語りましょう。
飛ぶリンちゃん。受け止めるカイトさん。舞うバット。ガッツンぬ(衝撃音)。
…カイトさんはそのままリンちゃんを抱きとめたまま、後頭部から地面に崩れ落ちてしまいましたとさ。
慌てたミクさんがすぐに渡って来て、リンちゃんと二人、大騒ぎしながら介抱したものの。…彼が目覚めるまでに、実に15分を要したと言います。
>>>『まじょとやじゅう』 その5へと続く
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