さよなら、の言葉は言わなかった。
私は振り返る事なく、ただ黙ってそこから歩き去る。
噛み締めた唇には、かすかに血の味。
睨み付けるようにあなたのいない明日を見つめた目は、本当は涙を堪えていた。

もう、戻れないの?心の中で、そう、振り切るように呟く。
傍から見れば変かもしれない。だって、先に背を向けたのは私なんだから。
でも私はずっとそう思っていた。
行きたくない。行かないで。…ねえ。
離れたくない。


今の私達には、きっと、さよならの言葉が一番似合うんだろう。
おかしいよね。
その一言で切り捨てられるものなんて、本当は何一つないのに。





<from Year to Year>





ルカと私は恋人だった。
女同士だったけど、恋人だった。お互いに同性愛者っていう訳でもないことを考えると、それこそ奇跡的な事だったかもしれない。
別に変ではない…と思う。最近はそういうのオープンな人も多いみたいだし、あんまり生々しいものでもなかったし。
何て言えばいいんだろう。憧れの変化した形みたいな、ふわふわした感情ではあったかな。
だけどあれは、間違いなく愛だったと思う。
だって、結局のところそれは盲目的な感情だったから。二人でいられるならもう何もいらない…そんなふうに思うだって何度もあった。
うーん、愛と友情と独占欲の違いってどの辺なのかなぁ。わかんない。
もしかしたら最初から恋なんてしていなかったのかも、って考えた事もある。
…でもそれなら、本当の恋って何?
そんな出口のない問いの渦に巻き込まれて、結局私は考えるのを止めた。その時はまだ、隣であなたが笑っているのが当たり前だったから。
今思うと、危機感なんてものがこれっぽっちもなかったんだろうね。

『ルカ』
『何?ミク』
『んー、…えへへ、呼んでみただけっ』
『もう、ミクってば…えいっ、よし、髪の毛三編みにしちゃえ』
『きゃー!や、やだぁ、癖付いちゃうよ!』
『お揃いでいいじゃない。ね?』

―――勝手に思い出してしまうその記憶が、どれだけこの心を傷付けるのか…きっと私以外には分からない。
その耐え難い痛みに、私は、ぎゅっと両手を握り締めた。
それは、今はもう手を伸ばす事さえ出来ない過去の幻像。



知らなかった。

知らなかったよ。一人がこんなに淋しいものだなんて。
あなたのいないベッドはびっくりするくらい広くて、あなたのいない時間は気が遠くなるほど長い。
何の色も、何の香りもない、味気のない世界。
鮮やかで温かなあの時間を知っているからこそ、私の胸はこんなにも痛むのかな。

(…分かってる)

この痛みに堪えるのが、私の贖罪。
きっとあのままじゃ、二人とも何処にも行けなかった。
だから振り捨てた。―――筈だった。
新しい一歩を踏み出すために、どうしても必要だったから。だから。だから。

…でも。

(ああ)

こんなに引き裂かれるような思いをするのなら、あのままでもよかった。
弱くて臆病な私は、痛みに怯えてそう思ってしまう。

ねえ、でも、もしかしたら…その手を離さなくてもいい道がどこかにあったのかな。
やんわりと握っていた手を振りほどくこと、それしかないって思い込んでしまったのは、私の間違いだったのかな。

思えば、私はなかなか罪深い。
幸せな嘘を沢山ついた。傷付ける嘘もちょっぴりついた。
あなたが悩んでいることを知っていたくせに、隣を追われるのが怖くて知らないふりをした。禁忌だという感情を越えて最初に手を伸ばした。
それだけ、恋しかった。

なのに…ああ、否定できない!
ルカの手を自分から振り払ったのは、振り払われるのが怖かったからなんだ。
他の理由だって勿論あった。けど、こんな臆病で卑怯な感情が混ざっていたのも、確かで。

なんで。
なんで、私は。

「…ルカっ…」

大切な人を、自分のエゴで傷付けた。だけじゃなく、大切な関係を終焉に導いたのだって殆ど私のせいだ。
自分を責める自分の声を、私は目を固くつぶって受け止める。

全部を捨てる覚悟で踏み出したのは、結局最初の一歩じゃなくて最後の一歩だった。



変わってほしいと思うものほど変わらなくて、変わってほしくないと思うものほど変わってしまうのはどうしてなんだろう。
凄く不思議なんだけど、未だに答えは分からない。
ただ、そんな中でも一つだけ、どうあがいても変わらないものがあって…

(ねえルカ)

私は冬の空に向かって、祈るように思った。

(私は今でも、ルカのこと好きだよ)
(ルカは?)
(ルカは私の事、まだ想っていてくれたりするのかなあ)

…そんな訳ないよね。
泣きそうな気分で自嘲の笑みを浮かべて、窓ガラスに額を押し付ける。ひんやり、凍るような冷たさが触れた場所から流れ込む。

私はただ隣にいることさえ出来なかった。
二人で過ごした僅かな時間なんて、若い日の記憶の一つにたやすく紛れてしまう。隠れてしまう。
きっといつか、ルカは私の事を忘れてしまうんだと思う。悲観している訳でも何でもなくて、それはただの事実。
結局私はルカの人生に留まることは出来なかった。通り過ぎるだけの存在にしか、なれなかった。
勿論私だって同じ。
忘れる事なんて絶対ないと思うけど…でもきっと、全く変わらないままでいることは出来ない。
だって、これからも私達はいろんなものに触れて、いろんな思いを持つんだろうから。

結局これは、潰えるさだめだったのかもしれない。
でも、だから想いを全部捨てなきゃいけないって訳じゃなくて。最終的に、大切だと思ったあの横顔は、今でも宝物みたいにそっと胸の中にしまわれている。
今ははっきりと分かたれた、二つの道。
でもかつて偶然交わった事だってあるんだ。だから、もしかしたらもう一度―――私はそう希望を持ってしまう。

年を重ねるごとに変わるもの。変わらないもの。
もう二度と同じ関係には戻らないかもしれない。あの日の二人がまた出会えるなんて、そんな都合の良いことは、多分、起きない。

だけど、だけど、だけど。

この胸の中にある透明な愛の言葉。
それは、私の中の大切な記憶と共に、いつまでもあなたのものだと思う。
年を経るにつれ、あなたへの愛は深まった。
それは、離れても変わる訳じゃない。もしも他に愛する事のできる人が現れても消える訳じゃない。

もしも、もう一度会えたとして―――その時。
やっぱり私は、あなたの手を笑顔で握ることができると思う。





だからお願い。

全部じゃなくていい。少しだけでいい。
どうか私のかけらを、あなたの中に残しておいて。



どれだけ時が経って色褪せてしまったとしても、

この想いは本物だったのだから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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from Year to Year

ネギトロ美味しいです!ネギトロ!

基本的にミクちゃんのお相手ってマスターとか視聴者のような気がするんですが、あえてボカロで言うならルカちゃんがいいです(好みの問題)。

閲覧数:386

投稿日:2010/11/10 07:43:34

文字数:2,779文字

カテゴリ:小説

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