21.
 私たちはようやく全身ロープマフラー男のもとに追いついた。
 だが、やつの目の前には下着姿で寮内を歩き回っていたという、控えめに言って恥じらいが足りない下級生の女の子がいた。現状では未だ学園内の歌姫という立ち位置ではあるが、将来的には間違いなく世界に羽ばたくであろう技術力と才能を持ち合わせ、恐れ多くもあの女帝を超えると言っても過言ではない才覚を持った逸材である。まぁ、あの、その、胸のサイズはともかくとして、だが。……。……そんな人物が女子寮内とはいえ、そんなはしたない格好で歩き回るのは本当に謹んで欲しい。ほとんど盗撮に近い彼女のブロマイド写真が、男子生徒の間でどれほど高値で取引されているのか知らないのだろうか? 私のものに比べればやや金額は下がるものの、あれは正直に言って学生がやり取りする金額ではない。そんなブラックマーケットが存在している現状で、彼女の今の姿が盗撮でもされてしまえば、学園の男子生徒の九割は狂喜乱舞して我先に手に入れようとするに違いない。いや、そうでなくても盗撮は犯罪なのだが、いったん出回ってしまった写真を完全に処分して回るのは非常に難しい。私もさんざん苦労したあげく、よほど悪質なもの以外は――普通の制服に、各種授業や行事でせざるを得ない服装などだ――ほとんどあきらめてしまった。彼女は自らの容姿がどれほど周囲への影響力があるのか理解していない。正直に言って、あれが我が学園に君臨する女帝と、さらには私の後を継いでいくことになるであろう人物だとは思いたくない。これは徹底的に彼女を教育し、しつける必要がありそうだ。
「初音さん、早く逃げなさい。ただでさえそんな格好なのだから」
「い、いいえ、巡音先輩。他のみんなにも伝えて回りましたから、大丈夫です! みんなこんな格好で過ごせば恥ずかしくなんてありません!」
「……」
 彼女は、かたくなだった。
 一年生に広めたのも、やはり彼女だったことが判明した。
 だめだ。この子、早くなんとかしないと……。
 もう、言葉もなかった。
 自らが恥ずかしくなければいいとか、そういう話ではないのだが、彼女はその辺りのことを一切理解していない。
 ……。
 まあいい。
 それはまた今度考えよう。今はとりあえずこの変態だ。
「るか、確保」
「承知ッ」
 返事とともに、忍者は顔を血で濡らしたままロープマフラー男へと飛びかかった。
 忍者るかは廊下から出てきてすぐ。対するロープマフラー男は一階と二階の間にある階段が折り返している所の踊り場にもうすぐで到着するくらいだった。
 それは、普通に考えればそこそこ離れている距離なのだが、そこはやはり変態だけあって問題にせずにひとっ飛びで距離を詰めた。
 相手も変態的な身体能力を持っているとはいえ、全身にロープをぐるぐる巻きにされているのである。私なんかと比べればそれでも十分すぎる俊敏さだが、さすがに変態忍者相手とあってはそのハンデは大きかった。奴が振り返ろうと――奴の前後を把握する術は、唯一ロープから飛び出した腕の向きである――する前に、忍者は背後から思いっきり体当たりをした。
「初音さん、今のうちにこっちに来なさい」
「え、あ、はいっ!」
 ズコーンとかガスーンとか、そんな感じの音をたてて二人の変態が奥の壁にぶつかっていったところで、踊り場の上からその様子をポカンと眺めていた初音さんを呼ぶ。
 初音さんの姿を見て変態どもが血迷ったりしないかと内心ではひやひやしていたものの、奴ら――この場合は、忍者の方の変態も敵のようなものだ――が、起き上がる前に無事初音さんは私の元へとたどり着くことができた。
「……まったく、心配かけさせないでちょうだい」
「すみません。……で、でも大丈夫ですよ! みんなですれば恥ずかしくなんてありませんから」
「いやだから、そういう問題ではないの。貴女みたいなかわいい子そんな格好しているだけでこの変態どもがどれだけ喜ぶことか……」
「い、いやだ! 巡音先輩ったら、かわいいだなんてそんなあたしは……」
「……」
 照れに照れまくる歌姫を前に、私はため息をついた。
 これは先が思いやられる。
 いいだろう。今、彼女を言い聞かせるのはあきらめよう。そうしよう。
 階段の踊り場の方を見上げると、二人の――いや、二つの変態が立ち上がったところだった。 思わず間違えてしまった。私ともあろうものが、あろうことかあんなモノを人扱いしてしまうなんて。
「……ふむ」
「お、お主、それは――!」
 ロープマフラー男は、その塊から飛び出した腕に、なにやら白い包帯のようなものを握りしめていた。対するるかはというと、ロープマフラー男からやや距離をとって胸元を押さえている。
「さっきの子もそうだったけれど、さらしはやめたほうがいいと思うなぁ。そんなことをしていたら、形が崩れてしまうよ?」
「この……この変態めッ!」
 るかは涙目でロープマフラーに向かって叫ぶ。お前が言うな、としか言いようのない台詞である。
 ある意味あの変態の被害に合っている形だが、なんというか、あまりかわいそうだとは思わなかった。るかも、ようやく被害者の気持ちが分かっただろう。これを機に、ちゃんと更生……はしないだろうな。あの馬鹿は。
「あの男、るかの懐みたいな異次元空間をかいくぐって……やるわね」
「御館様ッ! 感心するところではないでござる!」
 私の感嘆を耳ざとく聞きつけたるかの涙声は実にもっともな指摘だったのだが、あの子の懐みたいな異次元空間(異次元空間みたいな懐、ではない。断じて)を実際に体感した身としては、驚くほかない。もしかすると、今まで見てきた奴の変態的な身体能力の中では、一番驚いてしまったかもしれない。やはりあの変態は人間ではない。
「……あ、元々人間じゃないんだったかしら」
 だって生ゴミだし。
「お嬢様……」
「せ、先輩?」
 思わず自分自身につっこんだのだが、口に出てしまっていたらしい。隣の二人が私を見て絶句している。
「……」
 ……気付かなかったことにしておこう。そうしよう。
 まったく。あんな人外の変態どもを相手にしていると、いろいろと我慢がきかなくなってきて困る。こればかりは私のせいではない。絶対に、絶対に奴らのせいだ。
 どこかのんきにそんなことを考えている間に――別に無責任にのんきになっているわけではない。いやまぁ、無責任と言えば無責任なのかもしれないが、逃げ出したロープマフラー男が目の前にいる以上、正直るかに頼る他に私たちにできることはほとんどないのだ。はらはら見ていてものんきに見ていても同じなら、のんきに見ていた方が楽だ。もちろん、るかが失敗した時のことは考えておかなければならないが――るかはわりと真剣に(ただし、お寿司のために)奴と戦っていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Japanese Ninja No.1 第21話 ※2次創作 

第二十一話

お待たせしました。久しぶりの更新です。
気づけば書き始めて2年も立ってました。
まじか。それはちょっとヤバ過ぎる。

というわけで、最終話は二十六話になります。
もう少しで完結です。そこまでおつきあい下されば幸いです。

というわけで、またも前のバージョンにお進み下さいませ。

閲覧数:75

投稿日:2013/04/29 14:28:38

文字数:2,817文字

カテゴリ:小説

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