-罪-
レンはしばらくリンの縁談が気になっていたが、本人の前では切り出せずに居た。
一方、あのミクという少女とはたびたび会っていた。
緑ノ国へ出かける用事があるときは自ら進んで出かけ、そのたびにミクとあってはそれぞれの国の栄えているところ、これからやっていきたいこと、夢など語る話題は尽きなかった。
やっと、幸せな時間だ。
もうリンと引き離されることも無い。好きな人とも会うことができる。これで幸せじゃないなんて、おかしい。
レンはそう思うようになったが、五歳のときのように彼の幸福の時間は長くは続かなかった。彼は不幸の星のもとに生まれているのかもしれない。
「リン、どうして泣いているの」
「レ…ぐず…。相手が…青ノ…王子…す…きなひ…がいて…っ」
レンはリンの涙を拭き、リンの背中を軽くたたいて慰め、どうにかちゃんと話せる程度まで落ち着かせた。
「今日ね、お見合いがあったの…。相手は青ノ国の王子様で…。格好よくて…、スキになっちゃって…。でも、相手にはもう好きな女がいて…」
「そっか、お見合いは今日だったんだね。好きな人がいたんだね」
「うん…。相手はね、緑ノ国の歌姫って呼ばれている女の子で、ミクって言うらしいの」
レンは驚いて答えられなかった。
相手が彼女にアピールでもはじめたら、富も名声もないレンなど目にも入らなくなるに違いない。
青ノ国の王子は優しい美青年だと聞くし、青ノ国は鉱山で大量の金が取れたはずだから、裕福であることは間違いないだろう。
「レン、召使は王女の命令は絶対…よね?」
「え?う、うん…」
「じゃあ、その子を殺して。緑ノ国を滅ぼすの。たしか緑ノ国は敵対していていつ攻めてくるかもわからないでしょう?そうよ、その子を殺すついでに緑ノ国を滅ぼせばいいのだわ。レン、大臣に伝えておいて」
「…わかった」
レンは頷いてリンの部屋を出た。
王宮の奥にある、ルコの部屋へ出ると、
「レンです」
「…はいれ」
「すみません」
「どうした?」
「緑ノ国を滅ぼします」
「は?何を言っている。お前の独断でそんなことができるわけがないだろう」
「王女の命令です!絶対、緑ノ国を滅ぼしてください」
レンは一度も顔を上げずに声を一度だけ荒らげて言った。
そのかんじに違和感を覚えたルコが、レンに対して
「どうした?何があったのか、俺に話してみろ」
「ひっく…。うえ…。うわぁぁぁぁぁあああん!!」
レンは途絶え途絶えにリンの言葉を繰り返した。
「リンの…王女の命令は絶対で…!でも、彼女は…」
ルコはただ一人、レンの恋をしっている人間だ。
レンが緑ノ国へ出かけるたびに、どうなったのか、どんな話をしたのか聞いてきていたのだ。
ルコはレンの目線に自分の目線を合わせ、レンの肩にそっと手を当てて、優しく、かつ、厳しく言った。
「レン、いいか?前にも話したように、ここは王女を中心とした群。王女は群の中で最強、逆らえば命が無いと思え。王女に従えなくなることは、仕事ができないのと同じだ。俺は前にいったな?『仕事ができなくなるのなら、いらない恋心など捨てろ』と」
「…はい」
レンの涙は乾いていた。
「ルコ大臣、お願いがひとつだけ」
「言ってみろ」
「彼女を殺す役目を僕に」
驚いたのも無理はないだろう。ルコにはレンが狂った発言をしたようにしか聞こえなかったのだろうから。
驚いて丸くした目をふとやさしい目にかえ、レンの頭をなでた。
「…いいだろう。緑ノ国は私が指揮を執り、全力で滅ぼそう。お前は全力でその娘を――お前の恋心とともに――殺して来い」
「――…はい」
レンは凛とした表情で、強い意志を表すかのような目でルコを見た。
「ならば、軍の準備ができるであろう明後日にその娘を殺せ。その戦争で死んだように見せかければ、青ノ国との衝突もさけられる」
二日後、レンはルコとの約束どおりにミクを呼び出した。
「…どうしたの?レン君」
「そこに立って。そう、そこの崖のところ」
その言葉に、ミクはすべてを悟った。
レンの立場を知っているミクからすれば、そんな推測は簡単なこと。
「王女様に言われたのね、私を殺せって。理由はわからないけれど、あなたがそう思うなら、いいわ。殺して」
一度だけレンに心からの微笑を見せて、ミクは目を閉じて無防備な体制になった。
こんなことはやってはいけないことだって、わかってはいるけれどレンにとってはリンが一番、リンの言葉はレンの気持ちと同じだったと思っていたのだから。
その行動が、レンの悲しみを更に増大させた。
ここでポケットの中のナイフでさせば、彼女は即死、逃げられたとしても後ろは崖で転落死――…。
もう、逃げられない。レンは意を決した。
「ごめん…なさい…っ」
白いワイシャツのポケットから、磨かれた銀色の食事用のナイフを取り出して、レンはミクの方へ、ナイフを突き立てた。
「う…ぁ…」
愛した人の苦しむ声が、耳元で聞こえる。レンの顔やシャツ、ズボンにも紅く生暖かい液体が飛び散り、目から流れ出る涙があかくなり、視界すらも真っ赤に染まっていった、そのあとはよく覚えていない。
覚えているのは、ただ、彼女の長い髪が体に絡み付いてくるような恐怖と、初めて好きになった初めての恋の相手の体が冷たくなっていく、感覚だった。
不思議と、悲しくは無い。
涙は出たけれど、雨が降る危険な崖の上で大声を上げて何かを叫んでいたと、そのご、王宮の医務室で目覚めたレンに、ルコは教えてくれたけれど。
それからは涙が一滴も出ることは無い。まるで、人事みたいに。まるで、自分は関わっていないかのように。
レンはすぐに仕事に復帰した。
「今日のおやつはブリオッシュだよ」
「素敵!レンの作るお菓子はそこらへんのシェフが作るよりずっと、ずっとおいしいから、大好きよ」
大好きなリン、僕の一番はリン。彼女は僕、僕は彼女。召使と王女様、双子だもの。きっと、リンだって僕のことを一番に思ってくれているはず。
そんな思いが、レンのすべてを支配しつつあった。
リンの笑顔は、何者にもかえ難い、レンへ対しての最高の褒美。それは小さなころから変わらないし、今もリンも笑顔が見られるととても幸せになれる。
…でも、何かがおかしい。
ああほら、今だって笑った。さっきもうれしそうに笑ってくれた。…でも、何かが違うんだ。
うれしくない、どうして?リンはとってもうれしそうにブリオッシュを食べている、笑顔で。
「…レン?どうしたの、顔色がよくないわ。休んだほうが良いんじゃない?」
「うん、すこしだけ気分が優れなくて。今日は早めに仕事を切り上げてもいいかな?」
「ええ、いいわ。だって、レンが体を壊してしまったら、もう私にお菓子を作ってくれないじゃない」
そういっているが、リンはとても心配そうにレンを見ている。
建前だ、お菓子のことなんて。本当はレンが心配で、心配で仕方がないのだ、双子の弟が、気分の悪さを訴えている。その事実だけで、リンは今にも倒れてしまいそうだった。
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