真っ青に高い空。
雲ひとつない、抜けるように…透き通るように…。
こんな日は、微笑んでいたかった。
ただ、貴方の隣で…微笑んでいたかったのに…。





街の外れの、静かな緑に包まれた斎場。
黒に身を包んだ人、人、人。
ひとつの小さな部屋で、ひとつの小さな棺が、今まさに時を終えようとしていた。

「ねぇ、あの子…。」
「彼女だったんでしょ?」

部屋の片隅で聞こえる小さな声は、棺の前に佇む少女へと向けられていた。
厳粛な黒に包まれた背中と肩に揺れる、鮮やかな緑の長い髪。
少女はただ、真っ直ぐに棺を見つめている。

「葬儀の間一度も泣いてないわよね。」
「本当に彼女だったのかしら?」
「普通彼氏が亡くなったら、取り乱すくらい泣くんじゃないの?」
「…なんだか先輩、可哀想…。」

片隅の声は、少女の背中に向けて投げられる。
けれど彼女は一度としてその声に振り向きはしなかった。
声の主は、棺に横たわる彼の後輩なのだろう。
一粒の涙も流さない少女に、その声は容赦なく続けられた。

「信じられない。」
「どんな神経してるのかしら。」
「私だって、先輩の事好きだったのに…あんな人に負けたって思うと、凄く悔しい…。」

声と共に、鋭く厳しい視線も彼女の背中を刺した。
けれど…少女は、決して振り向きはしなかった。

扉が開く。
棺は、ゆっくりと、ゆっくりと、扉の奥へと進んだ。
そして…。

扉が、閉まった。

小さな部屋が、涙と嗚咽で包まれる。
湿り気を帯びたその部屋でも、少女は…ただ、ただ、固く閉ざされた扉を見つめていた。





「ミクちゃん、今日はありがとうね。」
「…いえ。」

散り散りに去って行く人の中、彼の母親は少女にそっと微笑み掛けた。
少女は、そんな母親に頭をゆっくりと下げる。

「これ。」
「え?」

少女が下げた視線の先に、1通の封筒が差し出された。

「あの子がね、ミクちゃんにって。」
「私に…ですか?」
「えぇ。」

薄い青色の封筒。
彼は、青が好きだった。
その表には見慣れた字で『ミクへ』と…。

「きっと自分の命が永くない事を、あの子は知っていたんだと思うの。だから貴女に想いを遺したんじゃないかしら。」

母親はそう言うと、そっと少女の腕に手を添え持ち上げた。
そしてその手に渡す、彼からの封筒。

「受け取ってあげて。」
「でも…。」
「お願い。」

顔を上げた少女は…唇を強く噛んでいた。
葬儀の間、一度も涙を流さなかった少女。
けれど…心が枯れている訳ではない。
彼を亡くして、何も感じない訳がない。
だって、少女は…。

「貴女は、あんなにもあの子を好きでいてくれたじゃない。」

母親は微笑んだ。
少女はただ、母親の瞳を見つめるしか出来なかった。
その微笑みが…彼に、そっくりだったから…。

「…はい。」

少女はひとつ小さく頷くと、封筒を受け取った。

「ミクちゃん。」

少女に封筒を手渡した母親は、そのままその手をそっと両手で包み込んだ。
そして。

「あの子との約束を守ってくれて、ありがとう。」
「…え?」

母親の言葉に、少女は小さく疑問を零した。
すると母親は、握る両手に力を込めて…。

「一生懸命、我慢してくれたんだね。」

そう、呟いた。





斎場の見える、小さな公園。
少女はそこに立っていた。
手には渡された青色の封筒を握り締めて、真っ直ぐに。
空へと高く伸びる煙突から、薄く細く頼りない煙が上る。
少女はゆっくりと呟いた。

「ねぇ、先輩。」

真っ青に高い空。
雲ひとつない、抜けるように…透き通るように…。

「私、ちゃんと先輩との約束守ったよ。」

少女は言葉を続けた。

「先輩が『オレはミクの笑顔が好きなんだ』そう言ったから…だから、私…。」

紡ぐ言葉と声に、想いのすべてを詰め込んで。

「だから私、…泣かなかったよ…。」

少女は俯いた。
握り締めた封筒を見つめて、そこに書かれた見慣れた文字を見つめて。

「…でも…、もう、いいよね…?」

呟きは、雫に変わった。

「私、もう、…泣いても、いいよ…ね…?」

視界が滲む。
彼の文字が、ゆらゆらと揺れた。

「ねぇ…、先輩。私の声、聞こえる…?」

少女は顔を上げ、晴天の空へ声を投げた。
こんな日は、微笑んでいたかった。
ただ、貴方の隣で…微笑んでいたかったのに…。

「そっち…は、どんな、所?もう、からだ…痛みも、なにも…ない?」

途切れる言葉。
少女の頬には、それまで我慢していた想いの雫が止めどなく流れ出していた。

「…わた、し…せんぱいとの、約束、ちゃんと…守った、よ。」

彼と交わした、最期の約束。
少女の笑顔が好きだと言った彼は、最期まで少女に微笑んでいて欲しいと願った。
それが、最期の約束だった。

「だか、ら…こんどは、せんぱいが…約束、守る…番、だよ…。」

雫は頬を流れ、首筋を濡らす。
けれど彼女はそれを拭おうともしなかった。

「…せん、ぱい…約束…、…私が、逝くまで…ちゃん、と、待って、て…ね。」

揺れる視界。
揺れる言葉。

貴方に出逢って。
貴方と恋をして。
平凡な日々が、紅く綺麗に彩付いた。
また、いつの日にか…出逢えると信じられたら。
そうしたら…これからのひとりぼっちの日々も、歩いて行けるから…。

「ねぇ、せんぱいッ!!!」

少女は空を呼んだ。

「ずっと、ずっと、ずっと…。」

風が少女の緑の髪を揺らした。

「大好きだからッ!!!」

枯れてしまいそうな程の声音で。
想いのすべてを、その一言に詰め込んで…。

「…さようなら…。」

少女は鮮やかに微笑んだ。
風が優しく、少女を包み込んで…微笑んだようだった…。





=END=

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

『約束』

小林オニキスさんの、初音ミクオリジナル曲『サイハテ』をイメージしたお話です。

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閲覧数:111

投稿日:2011/05/23 22:33:08

文字数:2,382文字

カテゴリ:小説

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