ある人は言った。
「私は子供の頃親に虐待されました。だから私の子供はきちんと育てたいです。」

家庭は安らぎの場所で在って然るべき。
学業や仕事の場は、その苦楽の度合いも有るが社会に縛られたカテゴリの一つを成す事は変わりない。
その癒しを求めるべき場所だと。
別に喧嘩したっていい。その場所に頼ってもいい。
自分を曝け出す事に問題の無い空間であるべき場所だから。

でもその人はそうではなかった。
帰れば親の機微を探り、自分の存在を矮小化させて親の意識を他方へ捻じ曲げた。
学校ではそつなく何処にでもいる普通の生徒を演じた。
あくまで其処は「演じる場」であり、心の拠り所となることは無かった。
「ごめんなさい」と。
何に対してか自分でも分からない謝罪が不意を付くように口内から発せられるようになっていた。
初めて親から迫害を受けたのはいつだったのか。
自分の記憶は曖昧模糊で何処がスタートだったのかも認識出来ない。
最初は当然拒絶を示したんだろう。
だけど連綿と続く逃げ場の無い世界が全て否定した。
やがて逃げ出すように職を見つけ人並みの恋愛もして子供を持つまで至った。

家族の愛というモノが欲しかった。
当たり前のように愛されて、信頼して。
家族を理想郷のように思い描いていた。
その理想は目の前までやってきていた。

出来る限りの愛情を注いだ。
そこに不自由は無かった。
やがて子供は自己に意識を持って行動するようになる。
手間が掛かる事が増えたがそれでもそれを苦痛とは思わなかった。
愛情を注げばそれに応えてくれる。そう信じていた。

それは植物のように。 それは道具のように。

やがて子供は反発するようになった。
反抗期。自分には無かったものだった。その余裕が無かったから。
情報は知っていたが、その本質は知らない。
愛情を注ぐというスタンスは変えずに接し続けた。

親子の距離感の明確な指標は何処だろうか。
それは気付けば既知として存在し、不動のモノ。
だからそれはどうだと聞かれても明確に答える事は出来ない。
それを最初から知らないのであれば、手探りで見つけ出すのは困難を極める。
そんな問答に突き当たった。
甘やかしか。スキンシップか。躾か。
どれをどう使用し当たり前の家族の関係を持つことが出来るのか。
やがて疑問は渦になり進むべき方向に靄が掛かり始めた。

そんな時だった。あまりの反発に手を上げたのは。
子供は泣きながら視界から消える。
自分の手を見つめる。
これは動物的な反応だったのか、理性を働かせたものだったのか。
分からなかった。
分かる事は、子供との間に溝が出来た雰囲気が生まれた事だけだった。

親子の傷の修復をしなければならなかった。仲直りだ。
それはどうすれば出来るのだろうか。
友達と仲直りする時はお互い本音をぶつければそれで良かった。
でも家族は?
もうお互いの本音は聞いているのでは無いだろうか。
分からないまま愛情を注ぐ行為を続行した。

何故か親子の溝は塞がらなかった。
いや、寧ろ広がったようにさえ思える。
煮え切らない状況に歯軋り。ストレスは徐々に溜まっていた。

また、手を上げた。
間違いなく動物的な本能に従っただけだった。
自分の愛情に子供は応えてくれない。
もし自分がこれだけの愛情を与えていればどれだけ幸せだっただろうか。
意味が分からない。
だけど、もう手を出してはいけない。
だからストレスを溜めてもいけない。
やがて愛情は注がれなくなった。

親子の関係は冷え始めていた。
勿論それに耐え続ける事は出来なかった。
これは自分の望んでいるものではない。
ここで愛情を注いでも反発されるだけと言うのは先の経験で分かっている。
果たして、親子の絆を得る為に取った手段は躾だった。
怒りの矛先を自分に向ける事で同時に関心を引き付ける、そう自分に思い込ませていた。

「ごめんなさい」
子供がその言葉を発するようになった。
既視感。
頭の中で古めかしいフィルムが取り出され映写機にかけられる。

ーーーーー。

自分の姿が自分の親に重なる。
仇敵ともいえるその存在に。
私は勘違いに気が付けなかった。
私は間違いを経験したからこそそれを修正出来るのだと。
自分の欠損に気が付けなかった。
自分が望むものを手に入れる。
まるでゲーム。
自分の目的を何とかして達成するため。
子供を道具として認識するような人間に成り下がっていたことにも気が付かない。

はたと、思う。
自分自身の始まり。
どうして虐待を受けたのだろうか。
少なくとも健全な状態で物心付くまでは育った自分。
始まりは何だったのか。
やはりそこで自分と親が被るような気がしてならない。
輪廻。
止まらない。
止められなかった。

ライセンス

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ある輪廻

しょーとしょーとです。
元来は歌よりこんな感じの小説を書いたりしてます。
短くして歌詞版を書きたいなと思ったり。

閲覧数:250

投稿日:2010/06/08 23:26:34

文字数:1,973文字

カテゴリ:小説

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