注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
リンの長姉、ルカ視点の短編で、彼女がまだ子供の時の話です。
ちなみに……ルカが相当アレですので、そういうのでも構わない、という方だけ読んでください。
【わたしはいい子】
ある日のことだった。わたしがお部屋でお勉強をしていると、パパが部屋にやってきた。わたしのパパは、大きな会社の社長さんをしている。ふだんはお仕事がいそがしいから、あんまりおうちにいないし、わたしのこともかまってくれない。
「パパ、わたしね、この前のテストで百点とったのよ」
「そうか、ルカはえらいな。ちゃんとお勉強してるのか」
でも、わたしがお勉強をして、テストでいい点を取ると、こんなふうにほめてくれる。だから、もっとがんばらなくちゃって、思う。
「次も百点取るからね」
「よしよし。ああ、ところでルカ。パパはな、ルカに大事なお話があるんだ」
大事なお話? なんだろう。
「なあに?」
「今度な、おうちに新しいママが来ることになった」
新しいママ……。新しい、にせ物ののママが来るのね。前のにせ物のママが出て行ってから、半年。わたしにはにせ物のママだったけど、妹のハクやリンには本物のママだった。リンはまだちっちゃいから、ママがいなくなったこともわかってないみたいだけど、ハクは泣いてばっかりいる。
……あの子たちにもにせ物のママができるんだ。
「パパ、新しいママって、どんな人?」
パパは、わたしが何もわかっていないと思っている。まだ小さいから、りこんとか、さいこんとか、そういうことは全然わかっていないって。でもわたしはちゃんとわかってる。パパが前のにせ物のママとりこんして、今度の新しいにせ物のママとさいこんするんだってことぐらい。
「いい人だよ。きっとお前たちのいいママになってくれるだろう。ルカはいい子だから、新しいママとちゃんと仲良くできるな?」
わたしはうなずいた。今度の新しいにせ物のママの前でも、いい子にしてれいぎ正しくしていろってことでしょう? わたしはちゃんと言われたとおりにできるわ。
「わかった」
本当は新しいママなんていらないし、来なければいいって思ってる。でも、それを言ったらパパは怒っちゃう。だから、わたしはそんなことは言わないの。
わたしの、本物のママってどうしているのかな。パパに一度きいてみたけど「お前を捨てて行ったやつのことなんか気にするな」って、言われちゃった。前は信じられなかったけれど、今ならわかる。だって、前のにせ物のママ、ハクとリンを捨てて出て行っちゃったもの。
あれで、わたしは理解した。ママっていうのは、子供を捨てるものなんだって。
おやつの時間になったので、わたしは部屋を出て、下の食堂に行こうとした。あ、泣き声が聞こえてくる。……ハクが、また泣いているんだ。
ハクは、六才になるわたしの妹。ものすごい泣き虫。前のにせ物のママが甘やかしたせいじゃないのかな。それに、お勉強が全然できないの。きっと、ハクは頭が悪いんだわ。わたしはハクの部屋の前に立って、そっと中をうかがった。ハクが、パパの前で泣きじゃくっている。
「あたらしいママなんていらないよう……」
「ハク、いいかげんにしないかっ! お前のママは、お前たちを捨てて出て行ったんだっ! もう二度と帰って来ないっ!」
パパがハクにどなっている。バカなハク。いい子にしてれば怒られないのに、そんなこともできないんだから。わたしがハクの年には、もっとちゃんとしていたわ。
「だって……ママがいいんだもん……ママはどこなの?」
ハクは泣きつづけている。けっきょく、ハクはパパに「おやつぬき」を言い渡されてしまった。パパがハクの部屋から出てきそうだったので、わたしはそっとそこをはなれた。立ち聞きはいけないことだからね。
食堂に行くと、お手伝いさんが下の妹のリンにおやつを食べさせていた。リンはまだ二才。さっきも書いたけど、ママがいなくなったこともわかってなくて、今日も機嫌よくおやつを食べている。
「ルカお嬢様の分をすぐにお持ちしますね」
お手伝いさんはそう言って、食堂を出て行った。わたしはリンのほっぺたをつついてみる。
「ねえ、リン。新しいママが来るんだって」
リンは首をかしげている。言われた意味がよくわかってないんだろう。だから言ってるんだけどね。
「その新しいママに子供ができたら、きっとあんたたちはほったらかしにされるわ」
「……おねえちゃん? どしたの?」
そういうものだもの。前のにせ物のママは、いつもわたしを放っておいて、ハクばかりかわいがっていた。だから、きっと、今度くる新しいママに、妹たちはほったらかしにされる。にせ物のママというのは、そういうもの。それがわかっているから、期待なんかしない。
また、新しい妹とかができるのかな。弟かも。どっちも別にほしくないのに。
でもいい。わたしがお勉強ができるいい子でいれば、パパはわたしをほめてくれる。ハクには無理だろうけどね。リンは、どうなるのかな。……どうでもいいわ、妹たちのことなんて。わたしには関係ないもの。
新しいにせ物のママは、想像していたのとはちがった。まず、見た目がぱっとしない。早い話、きれいな人じゃないってこと。着ているものも、そう。パパったら、どうしてこんな人にしたのかな。前のにせ物のママみたいな人が来るのかと思ったのに。
前のにせ物のママは、パパとけっこんする前は、「モデルさん」という、お仕事をしていたって、お手伝いさんが言っていた。流行のきれいなお洋服を着て、写真に映ってたんだって。でもこの人は、とてもじゃないけど、そんな風には見えない。
「長女のルカ、九才だ。こっちは次女のハク、六才。それから三女のリン、二才になったばかりだ。ルカ、ハク、リン。お前たちの新しいママになる人だぞ」
パパがわたしの背をおしたので、わたしはていねいに頭を下げた。
「初めまして。ルカです。これからよろしくおねがいします」
新しいにせ物のママはびっくりしたみたいだった。
「よ……よろしくね、ルカちゃん」
わたしはいい子だから、これくらいちゃんとできるのよ。当然でしょ。
「パパ、あたらしいママなんていらないよう。ママはどこにいったの? ママにあいたいの」
ああ……ハクがまた泣き出しちゃった。本当に泣き虫なんだから。しょうのない子ね、泣かないでよ。パパが怒っちゃうじゃないの。
「ハク、わがまま言うんじゃない」
パパの声がぴりぴりしてる。多分またカミナリが落ちるんだわ。ハクってば、いつになったら学習するのかしら?
「やだやだやだ! あたらしいママなんていらないの!」
すごい勢いでハクは泣きわめきはじめた。……あーあ。しくしく泣いてるだけならまだましなのに、こうなると手がつけられないのよね。本当にこまった妹だわ。
「いい加減にしないかっ!」
あ、やっぱりカミナリが落ちた。ハクが泣きながら部屋を飛び出していく。どうしようもない子だわ、本当に。
「ハクちゃん!」
新しいにせ物のママが、心配そうにそうさけんでいる。……変な人。ハクなんて、放っておけばいいのに。にせ物のママって、そういうものでしょ?
リンはこのさわぎにびっくりして、目をぱちぱちさせている。いっしょになって泣き出さないだけでもまだましなのかな。泣き声ばっかり聞きたくないもの。あれ。リンったら、新しいにせ物のママのスカートを、ひっぱっている。
「……だっこ」
ねえ、その人、だれなのかわかってるの? 小さすぎて、何もわかんないのね。
新しいにせ物のママは、リンをだきあげて、頭をなでている。……来たばっかりだから、いきなりじゃけんにもできないのね。ここではだんとかになっても困るだろうし。
「リンちゃん、初めまして」
「ハクには、後でよく言っておく。とにかく、子どもたちのことをたのんだぞ」
パパ、ハクには言ってもむだだと思うよ。
――三年後――
新しいにせ物のママ――この呼び方は長くて使いにくいので、カエさんと呼ぶことにする――が、わたしの家に来て、三年が過ぎた。わたしは小学校の六年生、ハクは三年生、リンは幼稚園の年中さんになった。
「ただいま」
家に帰って居間に行くと、カエさんが、リンをひざに乗せて絵本を読んでいた。リンったら、もう一人で絵本ぐらい読めるはずなのに、いつまで甘ったれてんのかしら。カエさんもカエさんだわ。ちゃんとにせ物のママらしくしてよ。
「こうして、王子様とお姫様は、いつまでも幸せにくらしました。おしまい」
リンがぱちぱちと手をたたいてよろこんでいる。いいわね、ちっちゃい子は。
「お帰りなさい、ルカ。学校はどうだった?」
今日もかんぺきよ。決まってるわ。
「いつもと同じ、問題ないわ」
こう答えると、カエさんは、何か言いたそうな顔になる。
「……そう」
「ママ、こんどはこっちのごほんよんで!」
リンが絵本を手にせがんでいる。……そうしていられるのも、カエさんに子供ができるまでなんだからね。
「リン、ちょっと待ちなさい。ルカ、今日はおやつにクッキーが焼いてあるの。今出してあげるわね。ハクも呼んで、みんなでおやつにしましょう」
カエさんは、おかしを焼くのが好きだ。カエさんが来てから、おやつは大体カエさんの手づくりになっている。まあいいけど。ちゃんと食べられるものを作ってくれるから。
「おやつ~。リンね、ママのクッキーだいすき!」
リンはむじゃきにはしゃいでいる。……なんだか面白くない。なんでよ。どうしてなのよ。
カエさんはリンをひざからおろして、ばたばたと出て行った。しばらくして、クッキーを盛ったはちやティーセットが乗ったおぼんを持って、もどってきた。そんなの、お手伝いさんにたのめばすぐやってくれるのに。
「ハクを呼んでくるから、ルカ、リンがまだ手を出さないように見ててね」
言われたことはちゃんときくわ。わたしはいい子だから。でも、呼んでもハクは来ないわよ。いつもそうでしょ? カエさん、いつになったら理解するの?
リンがクッキーを取ろうとしたので、わたしはその手をぺしっとたたいた。言っとくけど、軽くだからね。いい子は妹を痛めつけたりはしないの。
「つまみぐいはだめよ。ママがそう言ってたでしょ?」
リンがうらめしそうにこっちを見る。だめなものはだめ。
しばらくして、カエさんがもどって来た。思ったとおり、ハクはいっしょじゃない。
「ママ、ハクは?」
「……おやつはいらないんだって」
だからいい加減におぼえてよ。あの子は、カエさんが作ったものは食べないって。この三年間、ハクがおやつを食べに来たことがある?
カエさんはため息をつきながら紅茶をいれて、わたしの前においた。リンにはミルク。紅茶は小さな子にはしげきが強すぎる、というのが、カエさんの考え方だ。
「リンも、おねえちゃんとおなじのがいい!」
あんたが飲んでもおいしくないわよ。
「リンはまだ小さいからだめ。ルカお姉ちゃんと同じ年になったら、紅茶をいれてあげますからね」
カエさんが食べていいと言ったので、リンはクッキーを食べ始めた。わたしも一つ手にとる。カエさんのことは好きじゃないけど、クッキーに罪はない。
「ルカは、勉強はどうなの?」
「順調。学校の先生も家庭教師の先生も、まちがいなく志望校に入れるでしょうって」
わたしは、今年中学受験する。受けるのは、パパが通っていた中学だ。レベルの高い学校だけど、きっと合格してみせる。受かったら、きっとパパは喜んでくれるだろう。
「ルカは頭がいいから、きっと合格するわね。そうしたら、ごほうびは何がいい?」
……ごほうび?
「なんでも、ほしいものを言っていいのよ。パパだって、きっと喜んで買ってくれるわ」
それはそうだろう。でも……。
「いらない。ほしいものはないから」
必要なものは買ってもらっている。勉強道具も、洋服も。だからわたしに、新しく入り用になるものは何もない。
「ルカ……何もないの? あなたくらいの年ごろなら、ほしいものがいっぱいあるんじゃないの? 本当に、なんでもいいのよ。ちょっとしたアクセサリーとか、新しいバッグとか、本当にいらない?」
カエさんはそんなことを言い出した。でも、本当にほしいものなんてない。パパがほめてくれれば、それでいい。
「本当にいらないの」
「……そう」
どうして、カエさんは悲しそうな顔をするんだろう? 変な人。わたしはクッキーを食べ終えると、カップの紅茶を飲みほした。
「ごちそうさま」
「もっと食べていいのよ?」
「もういらない。じゃあ、勉強があるから」
わたしは席を立って、階段を上がっていった。背後から、リンがカエさんにクッキーをねだる声が聞こえてくる。……最近、リンとカエさんを見ていると、なんだかいらいらする。
ああ、でも、こんなことを考えたらだめだわ。だって、わたしはいい子だから。意味もなくいらいらなんてしちゃいけないの。だって、そういうものでしょう?
ロミオとシンデレラ 外伝その一【わたしはいい子】
……そんな子はトカゲになっちゃいますよ。
この、『ロミオとシンデレラ』のノベライズで、一番割を食っているキャラクターはルカです。もともと補助線として配置していたから、仕方のない側面があるんですが。
ちなみに、この設定は考えたものの、本編の中で出すことはなさそうなので、ここに書いてしまいますが、ルカの実母はルカを捨てて出て行ったのではありません。
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ご意見・ご感想
苺ころね
ご意見・ご感想
なんかルカ可愛そうですね・・・
「さいこん」とかを子供らしくひらがなで書いた表現はすごくいいと思います!参考にします。
がんばってください~
2011/08/20 22:16:22
目白皐月
納豆御飯さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
この話で、一番不幸なキャラクターはルカです。いい子ということでしかアイデンティティーが無いので、それが崩れるようなまねはもうできなくなってしまっているんですね。
続きも順次アップしていきますので、お待ちください。
2011/08/20 23:29:00