ピアノを弾いてほしい。
 ある日、ルカがそう言った。
 仕事が立て込んでいて、休みの日も返上でパソコンと向き合っていた頃のことだった。シンは微かに眉を顰めて、いつの話?と尋ねた。
「、、、こんどの水曜にやる、ライブの話。ねぇシン、私、その日はシンのピアノで歌を歌いたい。」
突然のルカのお願いに、シンはため息をついた。
 最近のルカはわがままばかり言っている気がする。あれがしたい、ここに行きたい、こうして欲しい、あっちは嫌、こっちがいい。全てを聞くのは無理があるわがままの数々。一つ一つをじっくり聞いてやる余裕はなく、更に仕事で忙殺される毎日を過ごすシンは、そのほとんどを聞き流してしまっていた。
 今回もその我侭の一つだと思い、シンはパソコンの画面を見たまま、無理。と首を横に振った。
「ピアノなんてカイトがいるじゃないか。」
「シンのピアノがいいの。」
そう語気を強めてルカは更に言い募る。しかしシンは無理、とため息をついた。
「今、俺が忙しいのをルカも知ってるよね。それに、ピアノだって最近弾いてないし。」
「、、、分かった。じゃあいい。」
そう言うルカの声は明らかに不機嫌だ。何なんだ、どうしたいんだ。とシンがルカに向き直ると、ルカは顔を歪めてシンのことを見つめていた。今にも泣き出しそうなその様子はどう見ても、言葉とは裏腹に納得しているわけではないようだ。
 ルカ。とシンが名前を呼ぶと、ルカはふい、とそっぽを向いた。
 こんな口論をしている場合ではないのに。とシンは再びため息をついた。小説の締め切りが迫っているし、仕事の書類も作らないといけない。
「、、、ライブには行くから。」
「いっぱいため息ついちゃうぐらい、忙しいんでしょ。来なくていいわ。」
そう背中を向けたままルカがそっけなく言い放つ。
「、、、行くから。」
「もういいわよ。」
頑ななルカの態度に、苛立ちを感じながらシンはどうしたんだよ。と、背を向けているルカの肩に手をかけた。
「ルカ、何で怒ってるんだよ。」
「、、、怒ってなんか、ないわ。」
そう振り返ったルカはしかし、確実に怒っていた。大きな瞳は釣りあがり、唇をきりりとかみ締めている。
「なによ、、、シンなんか、忙しくて忙しくて過労死すればいいんだわ。」
そう言い捨てて、ルカは上着を手に取ると足音高く部屋から出て行った。ばたん、と荒々しくドアが閉まる音が響く。
 取り残されたシンは何度目になるかわからないため息をつき、しかしルカを追いかける余裕もなく、罪悪感をほんの少しだけ感じながらパソコンに向き直った。
 ルカがわがままを言って、シンが窘めて、それでも怒りが収まらないルカがかんしゃくを起こす。頭のどこかで、最近こんなことばかりだ。とシンは思った。
 あれ、最後にルカの笑顔を見たのはいつだったろう。
ふとそんな疑問が頭をよぎったが、深く考えずにシンは再び作業を開始した。
 それがライブの日の2週間前の事だった。

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ひかりのなか、君が笑う・7~Just Be Friends~

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投稿日:2009/11/12 19:22:02

文字数:1,231文字

カテゴリ:小説

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