銃。それは私が持っている知識の中で、数少ない嫌悪と恐怖を示すもの。
 艶のない黒一色に覆われたおどろおどろしい外見は異様な空気を纏い、手に取ればその見た目以上の重量が手の平から体の芯に食い込む。
 弾丸を込め、機関部に初弾を装填したときの金属音は、威圧的に刺々しく耳に刺さる。
 そして引き金を引いたときの音と衝撃は、まさに暴力的で、破壊的で、自分の中にあるもの全てを真っ白にしてしまいそうな、途轍もない力を思いさらされる。まるで誰かに暴力を振るわれているかのように、怖い。
 音速の数倍という速さで銃身から撃ち放たれた鉛の弾丸は、その強力な運動エネルギーで恐ろしい力を発揮する。それこそ、人の体なんて簡単に貫いてしまうほどに。もっとも、それをするための道具なのだから。
 人を傷つけて殺すための道具、それが銃だ。その姿だけでも恐ろしいのに、その目的はあまりにも酷い。そんな道具は、本当は誰も望まない。誰も持ちたくないし、使いたくもない。
 しかし今、私は両手で握りしめたP90サブマシンガンに、完全に自分の命を預けきっていた。今はこの銃で、相手を破壊しなければならない。
 私は通路の物陰から飛び出し、頭上に続く鉄の階段に銃口を向けた。ゴーグルのソナーで頭上を見渡してみると、丁度こちらからは死角となる踊り場で、先程私に向かってマシンガンを掃射したガンフォックスがマガジンを交換しているのが確認できた。
 階段は薄い鉄板だ。今なら……。
 私はガンフォックスが居る踊り場に向けて銃を乱射した。ボディーアーマーも貫通するSS190弾は薄い鉄板で出来た踊り場を簡単に貫通し、そこに留まっていたガンフォックスを飛び上がらせた。そこに私は空かさず弾丸を撃ち込むが、相手が装甲で弾丸を弾きつつ、左腕部から銀色のナイフを引き抜く。それが煌めくのを見た瞬間、私は即座に銃からナイフに切り替え、真上から私に向かって飛びかかるガンフォックスと刃同士を打ち合った。階段の頭上高くまで、鋭い金属音が響き渡る。
 「くっ……!」
 流石に人間とは比べ物にならないほどのパワーだが、私も負けてはいない。そしてこれはチャンスだ。
 私は素早く刃を滑らせて力を受け流しつつ、自分の脇に向けて跳ね上げた。相手のバランスが一瞬だけ崩れて、私の優位が生まれる。即座に相手に向け右手の銃の引き金を引いた。至近距離で無数に放たれた弾丸はガンフォックスの細い腰の関節と、左腕の装甲の隙間に潜り込み、無数の破裂音と火花を発した。
 重いダメージの入ったガンフォックスはよろめきながら一歩退き、無事な右腕で銃を構えるも、その時すでに私は、低く身を屈めてガンフォックスの懐に入り込み、銃とナイフを握ったままの両腕でその胴体の腰回りを抱きかかえた。そしてそのまま屈めた自分の腰に相手を乗せ、空中で一回転させながら地面に向かって思いっきり投げ倒した。
 「でやぁッ!!」
 爆音とともに鉄の地面が陥没し、叩き付けられたガンフォックスは激しく火花を散らすと、電源が消えるような音とともに沈黙していた。
が、その時ゴーグル内のセンサーは別の反応がさらに二つ、私の真上に居ることを捉えていた。
 私は反射的に足元で沈黙しているガンフォックスの体を持ち上げ、自分の頭上に掲げるようにして自分の体を覆った。その瞬間、階段の最上部から更に二体のガンフォックスが飛び出し、垂直な壁の僅かな凹凸にピタリと体を固定すると、私に向けてマシンガンの一斉掃射を開始した。
 「ぐっ……!!」
 頭上から無数の銃弾が降り注ぐ中、自分の体を覆うガンフォックスの体を盾にしつつ、私は隙間から銃口を出し、相手を牽制するために制圧射撃を行い、駆け足で階段を登り始めた。向こうは私に向かって容赦なく弾丸を放つが、ガンフォックスの優れた装甲が私の体を護ってくれていた。
 そして相手のマシンガンの掃射が終わり、私も近くまで接近すると、相手の二体はナイフを展開し、壁を蹴って私に飛びかかった。私は即座に盾にしていたガンフォックスの体を力の限り突き飛ばした。片方に命中し、激しい火花と爆発音と共に二体のガンフォックスが真っ逆さまに転落していく。
 そしてもう一体の斬撃を繰り出した腕を両手で抱えるように捕らえ、その体を一回転させながら踊り場の床に叩き付けた。踊り場が陥没するほど衝撃が加わり一瞬だけ動きが鈍くなったところに、私は頭部目掛けて弾丸を叩き込んだ。頭部のバイザー型カメラアイのレンズが火花とともに砕け散り、内部にまで入り込んだ弾丸は中の電子機器も滅茶苦茶に破壊し、私の足元に細かな部品をバラ撒いていった。
 センサー機器が詰め込まれた頭部を失ったガンフォックスは、よろよろと立ち上がろうとしたが、私はその胴体に蹴りを放って踊り場の手摺りから階段の下まで突き落とした。階段の下を見下ろしてみると、三体のガンフォックスの体が重なり合ったまま動かなくなっていた。
 改めてバイザーのセンサーを確認すると、とりあえず私の周囲からは全ての反応が消えたことが確認できた。
 私は銃のマガジンを取り替えながら二人に無線を入れた。
 「……ランス、博貴、聞こえるか。状況終了、なんとか凌いだ。」
 <<よし、流石だなFA-1>>
 <<ミク! 無事かい?!>>
 「ああ、なんとか……。」
 <<最新型のガンフォックスに全く遅れは取らずか。ま、クリプトンの技術を結集させた最強の機体が、この程度で負けちゃ困るがね>>
 ランスは無邪気で嬉しそうな声で言った。
 「でも侮れない相手だ。こんな機体があるのなら、もう私を軍に呼び戻す必要もないだろうに。」
 <<そうはいかんよ。通常の無人機はまだまだ単独での細かな活動は不可能だ。そもそも自律型無人機とは、数を揃えてこそパフォーマンスを発揮するように作られるのが常識だ。しかもその行動内容も制約が多くまだまだ柔軟とは言い難い>>
 「そうなのか……。」
 <<どこまで行ってもただの機械でしかないからな。例外であるお前みたいなのは大量生産できない。さて、FA-1。今の戦闘で中層ブロックにたどり着いた。そこから機首のブリッジまでは直進でたどり着ける。任務を続行しろ>>
「分かった。」
 私は無線を終えると、階段のある部屋から短い廊下を経て、扉のロックを解除してその先に踏み込んだ。下層ブロックに比べると照明の色合いが柔らかくなっている。ここは搭乗員の居住エリアだろう。また短い通路を経ると、細長い廊下が遠くまで続いており、両側には扉がいくつも並んでいる。バイザーに搭載された赤外線センサー確認すると、その中は小部屋となっており、中には高熱源体が確認できた。
 「待ち構えているな……私が来ることを知っていたのか?」
 通路には僅かに出っ張った枠以外身を隠すところがない。近くから接近戦を仕掛けるのも、直接銃を乱射するのも、好きな方法で私を攻撃できるだろう。
 私は接近戦と銃撃戦に備えてナイフと銃を同時に構え、壁際に身を寄せつつにじり寄るように歩き出した。
 そして数歩、歩みを進めたそのとき、一番手前にある左右の扉が勢いよく吹き飛ばされ、中からシールドを構えたガンフォックス二体が飛び出し、私の3メートル手前に立ち塞がった。
 「!!」
 私が即座に通路の片側にある部屋に入ろうとした瞬間、相手のマシンガンが一斉に火を放った。間一髪で部屋の中に転がり込んだ私は、姿勢を立て直すと通路側に銃口だけを突き出し、銃撃で牽制した。弾丸が激しく跳ね返る音だけが響き渡り、その向こう側から金属の足音が近づいてくるのが聞こえる。
 相手のシールドをなんとかしなければ……。
 私はマシンガンをベルトで背中に固定すると、ナイフを二本取り出した。あまりこういうことはするべきじゃないけど、やるしか無い。
 私は両手のナイフを構えると、覚悟を決めて部屋から通路に飛び出し、小さく体を屈めながらガンフォックスの元へ全力疾走を始めた。当然のように二体のガンフォックスの構える銃口が火を吹く。
 その時私は意識を集中させて、凄まじい速度で迫りくる無数の弾丸の姿をはっきりと認識していた。同時にナイフを握る両手が反射的に動き、襲い来る弾丸を全て弾き飛ばしていく。
 それは一瞬の出来事だった。僅かな弾丸を凌いだ頃には、私は強く床を蹴ってガンフォックスの頭上に向けて飛翔し、その瞬間身を翻して片方の頭部に向けてナイフの切っ先をえぐりこませていた。視界を失った一体が慌てたように盾を振り回したことでもう一体を突き飛ばした。
 私は混乱する二体の背後に着地すると同時にマシンガンを抜き放ち、二体のガンフォックスの脆い部分、胴体の関節部に素早く数発の弾丸を叩き込んだ。そして頭部を壊された方のシールドを奪い取ると、私はそれを握りしめ、鈍器を振り回すように思いっ切り殴りつけた。ライフル弾やグレネードの衝撃も防げる重さ数十キロのバリスティックシールドの威力は凄まじく、直撃を受けたガンフォックスは弾かれたように吹き飛び、ボールのように数メートルを転がり、通路の遥か向こうで沈黙した。
 更に私は倒れ込んだもう一体が起き上がろうとしたところに、シールドを振り下ろして叩きつけた。細い胴体がぐにゃりとひしゃげて、火花を散らして床にめり込んだ。私はシールドで床に押し付けたまま、その頭部にマガジンが空になるまで銃弾を撃ち込み、完全に機能停止させた。
 シールドを捨て、素早くマガジンを取り替えて銃を構えつつ、ゴーグルで周囲の状況を調べてみると、近くに反応は無いようだった。
 「もう終わりなのか……? ランス、そっちからはどうだ。」
 <<待て、近くにもう一体いる。ゆっくりと近づいてくる。間もなくその通路に現れるはずだ>>
 「一体だけ?」
 <<ああ。しかも速度が嫌に遅い。警戒しろ!>>
 ゴーグルの機能を調整し直して見ると、確かに通路の奥にある扉の向こう側から、もう一体の熱源反応がこちらに近づいてくるのが確認できた。
 「分かった。」
 私はナイフをケースにしまうと、姿勢を低くして銃を構え、相手が扉を開くのを待った。
 そして、奥の扉から高い音のブザーが短く鳴ると、作動音を立てながらゆっくりと開け放たれていった。
 来る。私は扉の向こう側に照準を定めた。そこにはあのガンフォックス……じゃない。
 <<何だ、あれ……あっ?!>>
 ゴーグルのカメラ越しにその姿を見た博貴が怪訝そうに言った。
そこに居たものは、これまで相手をしてきたガンフォックスとは明らかに違う様子だった。
 形こそ一見これまでと変わらないが、その体格は一回り大きい上に、各部により太く強靭そうに見え、何より、全身を包む装甲は息を呑むほどの透き通るような白銀だった。
 特に頭部にはゴーグル状のセンサーではなく、人間のような双眼式のカメラアイが二つ備わり、青白く淡い光を湛えている。また、頭部の両側からはアンテナのようなブレード状のパーツが二本伸び、まるでイヌ科の動物の耳のようだ。さらに頭部の後ろからは、絹のような綺麗な白髪が伸び、風もないのにたなびいている。
 そして腰の後ろ辺りからは、髪と同じように眩しいほどの白い毛で覆われた、尾のような帯状のものが床に向かって垂れ下がっていた。
 私がその変わった容貌に見とれていると、それはゆっくりとした、たおやかな歩みで扉の敷居をくぐった。その動きは機械と言うより、所作の上品な紳士と言う感じで、厳かな雰囲気を纏っているようにさえ見えた。
 その機体はまた足を止めると、銃を構える私の姿をじっと見つめているだけで、全く攻撃はしてこなかった。
 私も、その神秘的な姿に、どうしても引き金を引くことは出来なかった。いや、何故かそんな必要はないと思えた。
 <<ほう、まさかあいつが加担していたとはな。あの後どうなったかは知らなかったが>>
 ランスが言った。彼はこの白銀のガンフォックスを知っているようだった。
 いや、この機体は私も知っている。それどころか、私は一度これと戦ったことがある。それは今から数年前、私がまだ生まれて間もない頃のこと。
 <<ミク、もしかして、アレ……>>
 博貴もあれのことを覚えているようだった。まさか、こんなところで再開することになるなんて。
 「ああ、覚えている……ガンフォックス指揮官機、『ハクロウ』だな。」
 その時、白銀の機体、ハクロウがくるり踵を返して私に背を向けると、白い長髪と尾がふわりと宙を舞った。

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THE END OF FATALITY第八話「Close Quarters Combat」

雑音さんは、かなり戦闘的なデザインだと思います

閲覧数:239

投稿日:2018/08/04 02:19:02

文字数:5,142文字

カテゴリ:小説

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