――――――――――#10 /第5話fin

 懐石料亭『竹櫓』。地方都市エルメルト、暫定行政区分エルメルト州本庁市エルメルトの、ほぼ片端で営業している飲食店である。業態は伝統的な様式に則る飲食の接待を供する。

 地方都市エルメルト。正式名称を暫定行政区分エルメルト州エルメルト本庁市と呼称する。今ではメディソフィスティア戦争として知られる先の大戦による戦禍の為、行政区分を再編する過渡期の処置としてエルメルト本庁市はエルメルト州の行政も管掌する。

 エルメルト本庁市の首長はエルメルト州全域の選挙人によって選出される。初代エルメルト本庁市は巡音ルカ、退役したばかりの「VOCALOID」、元攻響兵である。

 本庁市の主長、エルメルト本庁市長はエルメルト州全域に渡って官吏の人事を統括する。戦災直後の向こう10年を時限とする特例であって、その趣旨は速やかな復興を念頭に置いた苦肉の策であったが、醜悪な利権争いによって選挙戦は策略の嵐であった。

 その時、元攻響兵を名乗る被選挙人が、ピックアップトラックに乗って街頭演説を行い、顰蹙を買った。誰も擁立してないし、地盤など無かった。ただの若い女であって、綺麗事を並べるのが能と言う評判で、誰も相手にはしなかったし、伝説の英雄「VOCALOID」初音ミクと共に戦ったなどという話を、誰も信じなかった。

 ある時、ピックアップトラックでネギを売って歩いていた少女が、その元攻響兵に話しかけた。会話を始めて1分もしない内に、話しかけられた女は、ネギを奪い取って、歌った。

 ほんの一フレーズ歌うと、車もろともネギが吹っ飛んだ。元攻響兵のピックアップトラックも突然、吹っ飛んだ。

 軍で将校をやっていたという老人が至近距離まで近づいて一喝するまで、街頭演説の周辺は壮絶に破壊され続けた。

 その次の日から、巡音財閥というのが露骨な支援を開始した。例の『自称攻響兵』という元攻響兵に、全力の資金援助をした。ピックアップトラックが引っくり返った話は、居合わせた人間を焼き殺したという噂を伴ってよろしくない拡がり方をした。対抗候補も野蛮だという論拠で非難したが、それもかえって追い風になった。彼女が『先の大戦で英雄だった』という裏打ちになった。そして、彼女はエルメルト市長になった。

 結局、力こそが全てで金が全てなのか?いや、UTAUではそのようにはなっていない。人々は疑心暗鬼の中で、力も金もその目で見なければ信じない。他人の裏書を過剰に値踏みして貶めて都合のいい伝聞ばかりを集めて、つまりは信用が成り立つ余地が無い。

 湯が煮える。吹く蒸気の音を聞いて、炉壇から茶釜を取り出す。客人が入ってから下火から火を起こして茶を沸かすという、とんでもない長い旅は今ようやく終わりを告げたのだ。

 「湯を沸かすというのは、大変な仕事だな」
 「は。何分、仔細至らず申し訳が立ちません」
 「いや、いい。沸いてないのを沸かす所から見たいと申し付けたのは私だからな」
 「は。若輩にて御座いますので、不調法を悪しからず願い申し上げます」
 「うむ。苦しゅうない」

 竹櫓唯一の茶室、投筆の間。風炉が切ってあり、廊下に面した障子から立って出入りする珍しい造りの茶室である。一段天井の低い人一人分が通る廊下を突き当たり右に折れると障子一枚の間口があり、それが貴人口という形式の入り口である。間口の右に造った石庭は半畳の枯山水で、須弥山に見立てた小さな岩を砂紋で囲んだ至極簡単な造りである。吹き抜けの下にあって雨ざらしであるが、互い違いの屋根が廊下に水を入れないように造作してある。

 「それにしても、立派な造りだ。母屋の中に茶室を置くのも、面白い」
 「由緒ある屋敷の茶室を譲っていただいて、母屋に建て込んだと聞いております」
 「ふむ、それはなかなか思い付かぬな。雨でも濡れずに茶が頂けるのだな」
 「ええ、女将が師匠の免許を持っておりますので、お褒め頂いてきっと喜びます」
 「ほう、茶の師匠か。私などはただ茶碗を持って飲むぐらいしか作法を知らんでな。ははは」

 にこやかに相槌を打ちながら、内心話が茶室から逸れたのに安堵した。こんな訳の分からない位置にある茶室、由緒などどうにも言いようがない。どこそこの茶室を移築したのだという程度を聞いていただけで話を合わせているので、これ以上茶室の話はしたくなかった。

 「ところで、健音テイ殿」

 危うく釜環を取り落としそうになる。

 「ええ、白々しいとは思っていましたが、なんでしょうか神威がくぽ殿」

 スパイ映画のようなバリバリする特殊メイクなどしていないので、最初から分かりきっている。

 「UTAUの将たる任務があるのに、なぜクリフトニアの侵入を企てるのだ」
 「戦略を企画する為に情報を集めるのも将の任務ですから。それ以外の理由が?」
 「この間の重音テトもそうだが、立て続けに急戦を行っても甲斐なかろうにな」
 「そちらに預けた植木鉢の様子も見に来たのですが、よいお手入れをなさったようで」
 「ちょっと除虫剤が利きすぎたのか、大分枯れてしまって面目ないな」
 「気候がいいので育つものと決めていましたが、考え直さなければなりませんか」
 「ま、壁に耳あり障子に目ありという事だ」

 神威が言い終わるのを待たず、テイは立ち上がって炭道具と共に給仕口へ下がり、菓子盆をすすめ、また茶碗と三器などを持ち出し、茶を練る。樂焼のような縁など手で整えた風の、無骨な味のある黒く分厚い茶碗である。

 円を描いたり千切るように茶杓を振り、頃合にのを書いて泡を整える。点てた茶碗を出して、「頂きます」に返礼する。

 「結構なお点前であった。どうぞご自服召されい」
 「お相伴いたしします」
 「お菓子を召されよ」

 神威は菓子盆を差し出す。

 「お気遣いなく」

 差し出された菓子盆を給仕口に置き、自前の茶を練る。「いただきます」と挨拶をして同じ口から頂く。一応それなりには点てている。

 「改めさせていただきます。本日の宴席は燕の間にてご用意いたしますので、燕の間にてそのままお待ち合い下さい」
 「うむ。よしなに」

 テイは立ち上がって貴人口に向かい、障子を開けると先に出てお辞儀をした。

 「では、こちらに」

 投書の間を一歩出た先は料亭であり、亭主を務めたテイは客を案内する女中として先に立つのが自然である。

 と、ここにいたって、テイは女将のめいこにここまで教えてもらっただろうかと気付く。いや、教えてもらってない。ただ嬉しそうにそこの枯山水はこの茶室はこの茶碗と、自慢話を聞かせながらテイに点前させて一服しただけだ。この神威ですら目で指図したのに、そういう事すら一切なかった。廊下に出る直前、ふと振り返る。

 「茶碗を持って、飲むだけでは詰まりませんでしょう。いずれご招待願いたいものです」
 「茶など菓子だけが目当てでな」

 よもや、敵地で宿敵に遭遇して茶の稽古など付けられるとは思わなかった。しかも、勝負ではなく稽古としか言いようがないくらいに格が違う。この敵を客としてもてなさなければならないのも、気が重い。

 今晩の、おそらく最後になる奉公は、長くなりそうだった。

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機動攻響兵「VOCALOID」第5章#10 /第5章fin

壮絶なバトルシーンよりもしんどい茶道描写(作者は死ぬ)

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投稿日:2013/05/27 03:45:30

文字数:3,005文字

カテゴリ:小説

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