部屋中に広がるあの香り。喉まで這い上がってきた吐瀉物となるものをまた胃に戻す作業はこれで5回目。血に染まったソファに平然と座り、紅茶を啜る彼女。僕は床にコンビニの袋を放り投げ、そんな彼女に、ゆっくりと近づくき、横に腰掛ける。

「あら、ミクオ。どうかしたの?」

「どうしたの、ってこっちの台詞だよ。このひと、どうしたの?」

彼女は、目線を紅茶から足元の中年男に目線を移した。男を足でつつき、再び紅茶を啜る。

「足元に転がる包丁、あれは誰のだと思う?」

「ミクのじゃあないのかい」

「違うわ、このひとのよ」

彼女の柔らかい素足が、男のたるんだ腹へ減り込んで行く。頭の中に嫌な憶測が浮かぶ。まさか、まさか。彼女の爪に塗られた赤いペディキュアは乾燥し、変色した男の血により何とも言えぬ色になっていた。

彼女は、横たわる男を冷めた目で見つめていた。

「勝手に入ってきて、ナイフをつきつけてきて、襲ったわ」

「そう」

「だから、私殺したわ。何度も刺したの」

ティーカップを持つ手がカタカタと震え始める。ああ、可哀相に、そんなに震えて。

「これって、いけないことかしら?」

心の奥底でいつも考えていた疑問。昔からこの地球には、いつ誰が決めたのかも分からない奇妙な掟があった。人を殺すと、罰せられる。人を殺すと、「人殺し」と罵られる。教師達は、道徳の授業で口を揃えて「人を殺してはいけない」と教えるがこれはどうしてだろうか。

どうして、人を殺してはいけないのだろう。

人は豚や牛を殺して、食す。害虫だって駆除する。実際僕もそうしてきた。どうしてと問われれば、生きるのに必要だし、邪魔だからと僕は答える。人だって彼らと同じ、地球の住人だ。

ならどうして殺してはいけない?

邪魔だから、危険だから、それで殺して罪に問われる。なぜだ。

「私、昔母から虐待を受けていたの。仕方ないわ、再婚相手の邪魔以外の何者でもなかったもの私。あるとき、母は私の顔をガスコンロで焼こうとしたわ。じゅわじゅわって音が頭の中に流れてきてぞっとした。だから、まな板の上に置いてあった包丁を掴んで母の腹にさしたわ。痛いのは怖い、死にたくない。だから殺そうとした」

「母は生き残り、再婚相手との子は死んだわ。あの子は、生まれなくてよかった思うわ。だって生まれてしまったら、きっと腐りきった両親のせいで彼女まで腐ってしまうだろうから。それから、母の私への対応はますます悪くなった。母は、外面だけはよかった。だから最初のうちは誰も信じてくれなかった。母が悪いと分かった途端、待遇が変わったわ。それが妙に面白かったのを今でも覚えてる」

僕は立ち上がり床に放り投げてあった袋から、某有名菓子店の大衆的なチョコ菓子の箱を取り出し、再びソファに座る。箱を開け、袋を歯で噛みちぎって開ける。そのうちの一本を彼女に渡し、こう言った。

「まぁ、ポッキー食べようか」

彼女がポッキーを受け取り、一口。

「そういえば、今日ポッキーの日だったね」


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ライセンス

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ひでぇ

閲覧数:196

投稿日:2012/11/11 21:07:55

文字数:1,270文字

カテゴリ:小説

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