電気屋の音楽機器売り場にはたくさんのイヤホンやヘッドホンが並べられている。予算は千円から三千円。もっと高い物のほうが音質はいいが、バイトをしていない学生にはそのぐらいが限度だ。
数ある物の中でも、カナル型のイヤホンに絞って探してみる。うーん、どれにしようか……
「ねえ、これ」
そんな中で差し出された、淡いオレンジのイヤホン。リンはこういう機器に詳しくないからカナル型のものを探しているとは一言も言わなかったけれど、偶然にもそれはカナル型だった。
「……何、それ」
「レンに似合うと思って」
「俺には派手じゃない?」
「ううん。似合うよ」
そう言って俺にイヤホンを渡す。強い意思を持った瞳。やっぱりリンは頑固だ。
「……ごめん、予算とか好みもあるし、好きなの選んでいいよ。私、ゲームソフトの方見てるから、買い終わったら連絡して」
と思ったのもつかの間、今日は珍しく素直だ。そしてやっぱり元気がない。
「……」
似合うよ、とリンは言った。オレンジ色の服なんて着たことがないし、なんでオレンジが似合うと思ったのだろう。淡いとは言っても、オレンジは目立つ。俺だって派手なものはあまり好きじゃない。
でも、純粋に、綺麗な色だなとも思った。あの強い意思を持った瞳に、間違いはないと感じた。
「あー……」
リンのセンスだって当てになんねぇからな、と心の中で吐きながら、俺はレジに向かった。
イヤホンはバッグの中に閉まって、リンに連絡をする。少し経つと姿が見えた。こっちこっち、と声をかけると、駆け足で近づいてくる。
「お待たせ。何買ったの?」
「……お前もさっき教えてくれなかったから、俺も教えない。“後で”教えてやるよ」
「うっ……わかった、“後で”、ね」
居心地が悪そうに視線をそらす。言い返してこないリンは貴重だ。明日は今日と打って変わって大雨なのかもしれない。まさか雪? なんて、こんなことを言ったらうるさくなることは目に見えてるので心の中に留めておく。
なんとなく空腹を感じて時計を見てみると、短い針が二を指していた。
「そういえば、もう二時じゃん。お昼食ってないけどどうする?」
「フードコートってあそこでしょ?まだ混んでそうだよ」
見ると、人で溢れかえっている。
「うわ、本当だ。あ、じゃあ、家向かう途中にあるバス停で降りて、ファミレスとか」
「そっちのほうが良さそう。あそこ、いつもあんまり混んでないし」
「それはそれで大丈夫なのかって話だけど」
「本当にね」
二人で小さく笑い合う。正直に言おう。なんだかんだ言ってリンとは何でも言い合えるし、気を使う必要もなくて、居心地はいい。今日が楽しい一日となったのは確かだ。
帰りのバスはタイミングよくバス停に止まっていた。リンが窓際の席が好きなのは知っていたので、バスに先に乗らせる。本当は俺も窓際のほうが好きだけど(まあ通路側のほうが好きという方が少数派だろうが)、行きに座れたからいい。イヤホンを選んでくれたお礼、ということで黙って譲ってやろう。
座って一息吐いたと同時に、ヘアピンのことを思い出す。後で、と言っていたが、気になるものは気になる。バスに乗っているのは俺たち含めてまだ数人しかいないから話しやすいし。
「……今がちょうどいいんじゃない?」
「……ああ、何買ったのか見せ合うのがってことか」
言ってから主語がないなと思ったが、汲んでくれたみたいだ。よくわかったな。
「うん。じゃ、リンからどうぞ」
「えっ、待って! ……せーの、で同時の方が平等でいいよ。うん、そうしよう」
「いや、一人で勝手に完結させんな。……まあいいけど」
俺がリンの薦めたやつ買ったって知ったら、どんな反応するんだろ。口をぽかんと開けた間抜け面が思い浮かんで、口元が緩む。
「準備できた?」
「できた。じゃあいくよ……せーのっ」
俺の視界に入ってきたものは、淡いオレンジ色のイヤホンと、──黄色くて青い星がついたヘアピン。
「……え」
「……は」
どうやら間抜け面になるのは俺もだったみたいで、無意識に口が開いていた。え、でも、なんでこのヘアピンがここに? 気に入らなかったんじゃないのか?
「……ごめんね。本当は、このヘアピン、かわいいなって思ったんだけど。……あんなこと言っちゃった」
リンが沈んだ声で謝る。なるほど、本心じゃないことを言ったから元気が無かったのか。リンは嘘つくのが苦手だった。
「何かそこまで素直なの、気持ち悪いな」
そう言うと少しムッとした顔をする。うん、見慣れた顔になった。
「……俺は、リンの似合うって言葉、信じて買った」
「レンに言っておいてなんだけど、私のセンス信用できないよ」
その言葉に軽く笑う。自分で言っちゃうんだ。
「そうかもな。……ちゃんとデザイン的にも気に入ったから選んだ」
「あっさり肯定したね。まあそれならいいんだけど」
黄色は俺の好きな色で、オレンジはリンの好きな色。本と同じで結局好みの押し付け合いだ。でも、きっとそれでいい。これがいい、こっちのほうがいいと気を使わずに語り合えるのはリンしかいない。
「レン、約束してほしいことがあるの」
ちょうどバスが発車してすぐのことだった。真剣な顔をしている。
「なに?」
「私のセンスも、レンのセンスも、信用できないんだから、今日のことはみんなにないしょにしよ?」
「出かけたことを、ってこと?」
「それもそうだし、そのイヤホンをどこで誰と買ったのか、とか、全部。私もヘアピンのことないしょにする」
なるほど。確かにリンと出かけたと言ったら詮索が面倒くさそうだ。だってクラスメートの俺らの印象はきっと『いつもケンカしてる二人』だろう。
「わかった。言わないことにする」
「約束ね」
小指を立てて差し出してきたので、俺も小指を出してそこに絡めた。くだらない約束事。まあ、俺らにはお似合いだ。
「レン、おはよ」
「ああ、ピコ。おはよ」
月曜の朝。音楽を聞きながら勉強してると、ピコがやって来た。物珍しげにイヤホンを眺めている。
「そのイヤホン、新しく買ったの? レンの好みとは違う感じするけど」
好みじゃないのは当たり。おそらくリンに薦められなかったら買っていないだろう。しかしイヤホンのことは秘密にするという約束だ。何も語れることがない。
「……なあ、このイヤホン俺に似合ってる?」
「俺の質問は無視?」
ピコは苦笑しながらも、「似合ってるよ」と答えた。
「珍しい感じはするけど、合ってると思うよ。オレンジだけどキツくないし綺麗な色だね」
「そっか」
なんだ。リン、お前中々センスあるんじゃねぇの? もしこれで俺が選んだヘアピンも好評だったら、身に付ける物を薦め合うのもいいかもしれない。服に無頓着な者同士、コーディネートし合うのも面白そうだ。どうなるかまるで予想がつかないけど。
今日は体育があるし、同じ種目だからリンに会える。まずはヘアピンの評判を聞いてみよう。リンから言い出した手前、約束を破ることはまずないだろうが、万が一破っていたら──そのときは何か奢ってもらうこととしよう。
「レン、楽しそうだね。何考えてるの?」
「別になんも。」
「顔がにやけてるよ」
マジか。完全に無意識だった。
「別になんだっていいだろ」
「隠されると余計気になっちゃうんだよねえ……」
──その前に、まずは俺が秘密を守りきれるかが問題だな……
「んー……そうだな……ねえ、そのイヤホンは誰かからのプレゼント?」
頭の回転が早い友達を相手に、どこまで隠せるのか。ピコのニヤリとした顔を見て、俺は小さくため息を吐いた。
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