あたしとめーちゃんは、結局この日もハクちゃんにつきあうことにした。幸い予定は入ってないし。乗りかかった船というか、単なる好奇心の赴くままにというか。
 一度めーちゃんの家に寄ってから――だって、昨日と同じ格好というわけにもいかないでしょ、お酒の匂いもするんだし――ハクちゃんの家に向かう。ちなみに家を出る前に携帯をチェックすると、アカイからメールが入っていた。ごめん、報告はもうちょっと待って。
「ハク、お帰りなさい。頼めるかしら?」
 ハクちゃんの家では、心配そうなカエさんが出迎えてくれた。……ハクちゃんがはっきり「嫌」って言ったら、ゴリ押しはしないんじゃないかな、カエさんという人は。でもまあ……ここまで恐縮されてしまうと、逆に「嫌」なんて言えなくなってしまうわね。もっともカエさんは計算してるんじゃなくて、自然にこうなってるんだけど。
「……うん」
 ハクちゃんはぶっきらぼうに頷いて、それから、あたしとめーちゃんも一緒でいいかと尋ねた。カエさんはびっくりしていたみたいだけど、了承してくれた。家にあがらせてもらって、居間に向かう。ミカちゃんは床の上で遊んでいた。
「あ……お昼は……」
「カエさん、あたしだって、三人分のお昼ぐらい作れるって」
「そう。冷蔵庫の中に一通りのものは入ってるから、使いたいものを使って。それと必要そうなことは全部メモに書き出しておいたから、後でこれを見てちょうだい」
 カエさんはメモ帳を取り出すと、テーブルの上に置いた。よく見るとテーブルの上に、絵本が数冊置いてある。この家にはもともと絵本はなかっただろうし、ガクトさんが持ってきたとも思えないから、昨日あの後で、カエさんが買って来たんだろう。
「それじゃあ、行ってくるから。留守をお願いね」
 カエさんはミカちゃんを抱き上げて「行ってきます」と言って軽く揺さぶった後、ミカちゃんをソファに降ろして、ばたばたと出て行った。
 ハクちゃんは少し困った表情で、ミカちゃんの隣に座った。ミカちゃんがハクちゃんを見上げる。
「あ~、えーと……」
 対応に困るハクちゃん。ミカちゃんはソファを滑り降りると、床に置いてあったぬいぐるみを持ってきた。
「みーちゃん」
 どうやら、このぬいぐるみは「みーちゃん」というらしい。ミカちゃんはぬいぐるみで遊び始めた。遊んでいるというより、振り回しているという感じだけど。
「どうしたらいいんでしょう?」
「とりあえず、危ないことをしないように見ていればいいんじゃない?」
 一人で機嫌良く遊んでいてくれるというのなら、それに越したことはないしね。


 ミカちゃんのお守りは、心配していたのと比べると、ずっとすんなり行った。ハクちゃんはぎごちなかったけど、それなりに頑張ってミカちゃんの相手をしている。表情を見る限り「可愛くてたまらない」とはさすがに思えないようだけど「傍に寄らないで! あんたなんか仕方なく面倒を見てやってんだから!」という風でもない。
 やがて昼食の時間になった。ハクちゃんは「今日はあたしが作ります。その間、すみませんがミカを見ていてください」と頼んで、台所に行ってしまった。あたしとめーちゃんで、ミカちゃんの監視をしつつ、話をする。
「どうやら、ハクちゃんとミカちゃんに関しては、そんなに心配しなくても大丈夫そうね」
「ええ……」
 めーちゃんはまだ不安そうだ。今回は妙に神経質ね? いつもはもっとどんと構えてるのに。あまり口出しできる範囲のことじゃないから、困ってるのかしら。
「めーちゃん、大丈夫?」
「あ、はい、平気です。ただやっぱり、気がかりというか……」
 心配そうに台所の方に視線を向けるめーちゃん。そろそろ別れ……というか、遠くに行く時期が来ているから、仕方ないか。長い間面倒を見続けてきたから、めーちゃんにとって、ハクちゃんはただの後輩というより、妹のようなものになっているんだろう。
「あんまり親身になりすぎるのもよくないわよ」
 めーちゃんは、気遣わしげな表情なままで頷いた。そこへハクちゃんが、料理ができたと声をかけてきたので、運ぶのを手伝う。ハクちゃんは、この三年で料理の腕が大分あがった。一流シェフとはいかないけど、ちゃんと美味しい食事が作れるようになっている。初めて会った時は、卵のゆで方すら知らなかったけど。やればちゃんとこなせるようになるのよ。問題は、ハクちゃんのお父さんが、料理を作るのなら一流シェフ並のものを求める人だったってだけで。
 昼食を食べてしばらくすると、ミカちゃんはお昼寝を始めてしまった。……この半日ミカちゃんを見た感じでは、別に妙な行動も見当たらない。やっているのは、どこの子供でもやるようなレベルのことだ。あたしは子供はいないけど、弟たちが小さかった時のことは憶えている。……すぐ下の弟の帯人は癇の強い子で、子守りをさせられた時、かなり苦労したのを憶えている。あれと比べたら、ミカちゃんはずっと扱いやすそう。
「ハクちゃん、どう?」
「……平気です、あたしは」
 ぼそっとハクちゃんは答えた。不機嫌ではないわね。ただなんていうか、困ってるみたい。
「やってけそう?」
「……多分」
 これまたぼそっと答える。……何とかなるかな。ハクちゃんを見ると、困惑しているような表情を浮かべている。……と。
「カエさんのことなんですけど……」
 ハクちゃんは、不意にそんな話を始めた。
「カエさんがお父さんと再婚した時、妹のリン、ちょうどこれくらいの年齢だったんです」
「似てる?」
「外見は……そんなに。ミカちゃん、どっちかっていうとお父さん似ですよね。で、カエさんは家に来たその日に、おやつを作ってリンに食べさせてました。一週間ぐらいで、リン、完全にカエさんに懐いて。当たり前みたいに『ママ』って呼んで、抱っこされてました」
 普通に考えれば、いいことよね。ハクちゃんからすると複雑だったんだろうけど。
「それは、再婚で家に来たことを考えると、理想的な流れよね。ハクちゃんにはそうは思えなかっただろうけど。でも、それはもう、ハクちゃんにとって問題ではないでしょ?」
 めーちゃんがハクちゃんにそう指摘する。ハクちゃんは頷いた。
「それはいいんです。でも、ミカちゃんをここで預かると、カエさんは多分、また同じようにしますよね……」
「……そりゃ、そうでしょうね。何、ハクちゃん。まさか、ミカちゃんに焼き餅?」
 ハクちゃんはぶんぶんと首を横に振った。さすがに、二歳児に焼き餅焼くほど物好きじゃないか。
「あたしはいいんですけど……姉さんはどうなのかなって。娘を取られたとか、思ったりしないでしょうか?」
 ふむ、興味深い話だ。ハクちゃんのお姉さんのことはよく知らないけど……。
「それはお姉さんの責任よね。そもそもこんな問題起こさなければ、こんな事態を招かなかったんだし」
 とはいえ、この手のタイプは自己の責任を認めたがらない。……ややこしいことになるかも。
「ハクちゃんとしては、ガクトさんが離婚してミカちゃんを引き取った方がいいと思ってるんだ」
 そうすれば、ここは蚊帳の外ということになる。カエさんはミカちゃんを可愛がっているけど、ガクトさんの性格だと、会わせるぐらいのことはしてくれそうだし。
「……波風立ってほしくないんです」
 思いつめた表情で、ハクちゃんはそう言った。確かにハクちゃんたちが実家を出てからは、かなり平穏だったしね。ハクちゃんもそのせいか大分落ちついたし。
 あたしたちが考え込んでいると、玄関のドアが開く音がした。カエさんが帰って来たようだ。

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ロミオとシンデレラ 外伝その四十一【好きという気持ち、嫌いという気持ち】中編

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投稿日:2012/11/05 02:53:48

文字数:3,132文字

カテゴリ:小説

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