「&ロ ~アンドロ~」※前編後編の二部編成 こちらは前編

作 坂本隆之(たっくん25)




 
これは、二十一世紀もいよいよ終わろうとしている、そんな少し未来の世界でのお話。人類の科学の歴史をまた一つ塗り替えるプロジェクトが今まさに完成しようとしていました。

(感情搭載自動学習型アンドロイドの開発)

自ら感情を持ち、環境により多様な変化や進化を見せる、限りなく人間に近い人造人間の開発、その長きに渡る研究の成果が今夜ここに実を結ぼうとしていました。
「感情搭載自動学習型アンドロイド=鏡音レン(プロトタイプver1.0)起動開始します」
正式にはそう名付けられた、通称レンは研究室の中央に置かれたベッドの上でゆっくりと目を開けました。周りを取り囲む科学者達がざわめき始めます。その中の一人がやや緊張した面持ちで彼に話しかけました。

「レン君、おはよう。会話は出来るかな?」

「……おはようございます。僕の名前は……レン?」

「そう、君の名前は鏡音レン、君は世界で初めて感情を搭載した、自分から進んで何かを学び、頭の中でたくさんの物事を想像し、そして何かを生み出す、そんな力を持ったアンドロイドだ。今まで何度も姿形が人間とそっくりなロボットは作られてきた。だがレン君、君は違う。誰かに指図されなくても、自分で考え、自分で行動することが出来るはずだ。さぁ、今君は何がしたい?何を望む?」

少しの間のあと彼はこう答えた。

「僕は…今、外の風景を、外の世界がみたいです。外に出てもいいですか?」

彼の人工頭脳は一般的な成人男性をはるかに上回る知識が詰め込まれていましたが、そのいでたちは人間で言うところの14歳、中学生の男の子をモチーフに作られていました。ゆっくりとベッドから降りると、彼はあどけない表情で笑ってみせました。その姿は誰が見ても人間、そのものでした。
こうしてこの日から、レンは様々なデータを採られながら、この世界で生きていくこととなりました。



レンは様々なものに興味を持ちました。スポーツ、料理、読書など、ほとんど眠ることなくあちこちへ走り回るので、データを取る周りの科学者達が先に参ってしまう、そんな騒がしくも楽しい日々を過ごしていました。そんな中、ある日科学者達はあるものをレンへと手渡します。

「レン君、これはヘッドフォンといいます。これを耳にあててみてください」

レンはそっと渡されたヘッドフォンを耳に押し当てました。

「これは……歌?」

「そう、僕達人間は、ただ言葉を発するだけではなく、メロディーを付けて歌うことが出来るのです。それはなんともいえない幸せな気持ちを与えてくれます。たくさんの人たちが歌を愛し、歌うことを楽しいと感じているのですよ」

「歌を歌う……僕にも出来るかな?……僕、歌ってみたいです」
レンはそっとヘッドフォンをとり、目を瞑りました。そして……

(ぼ・く・の・な・ま・え・は・か・が・み・ね・れ・ん・と・い・い・ま・す)

レンは小さな声でしたが、しっかりとメロディーをつけてそう歌いました。

「……僕歌えた?ねぇ博士!今僕、勝手に頭の中にメロディーが浮かんだよ、これが歌を歌うこと?」

「レン君、そうだ、それが歌を歌うということだよ。……君は本当にすごい、君にはまだまだ無数の可能性が秘められているようだ。さぁ、もっとたくさんの歌を聴かせてあげよう、こっちへおいで」

歌を歌う、音楽を聴く、楽器を奏でるなど、レンはとりわけ音楽に関する物事に強く惹かれるということが分かりました。その日を境に彼は以前よりも更に、寝る間も惜しんでたくさんの歌を聴き、たくさんの歌を練習するようにとなりました。彼がこの世界に生み出されてまだ数ヶ月ですが、もしレンが自分で伝えたい言葉を綴り、それをメロディーに乗せて歌うことが出来たのなら、瞬く間に世界中を揺るがす大ニュースとなることでしょう。科学者たちは、彼の成長をまるでわが子のようにそっと優しく見守り続けました。



レンが生まれて半年が経とうとしたある日のこと。その日科学者たちは、レンを別室に呼び、彼には聞こえないように話し合いを行っていました。

「やはり……」

「ああ、残念だが、間違いないな……難しい問題であるとは認識していたが……うむ……」

「これを見てください、これは今までにレンが書いた歌詞や落書きなどをまとめたものです」

「そして次にこれが、先月レンにペットとして犬と猫を各一匹ずつ与え、一週間飼育をしてもらった時の記録です」

「お分かりいただけますか?」

「ああ……」

「……彼の口から生き物や人間に対する(愛しさ)を感じ取れる発言が一つもない。彼の書く歌詞も一見、人間味溢れる文章に見えるが、これは、体験したことをただそのまま書き記したレポートに過ぎない」

「ペットの飼育に関しても可愛いなどという感情ではなく、純粋に動物の行動そのものに興味があったようで、飼育期間終了後、別れを惜しむこともなかったと報告を受けています」

「つまり、レンに搭載された感情プログラムでは、愛しさを表現できなかったと、そういうことでしょうか」

「誰かを愛しく思う、何かを恋しく思う。それは誰かに教わるわけでもなく、人間が生まれた瞬間から本能として持っているものだ。これは何よりも人間らしさを作り出す上で大切な要素だ。これをどうのようにプログラムに組み込めばいいか、我々にとって最大の課題であったが……やはり現行のシステムでは表現出来なかったか」

「ただレンには自動学習の機能があります。まだ今後どうなるか分かりません。観察を続けていく必要はあるはずです」

「あぁ、そうだな、しかし……愛を知らないものに愛を教えるにはどうすればいいのだ」

「よし……研究チームに感情搭載自動学習型アンドロイドver2.0の開発を急ぐよう連絡してくれ。Ver2.0とレンを対峙させてみたい、おそらく何らかの貴重なデータが取れるはずだ。それからレンの音楽に対する感情の起伏は新たな人工知能の開発に使えるかもしれない。今後もデータの採取を続けてくれ」

「かしこまりました」

レンは何も知らず今日もたくさんの歌を聴き、歌を練習します。

「……アイラブユー」

「博士、アイラブユーとは何ですか?」

「レン君が初めて歌を聴いたとき自分も同じように歌ってみたいと思っただろう?それは君が歌を好きとなった、歌に愛情を持った瞬間でもあるのだ、わかるかね?」

「うーん…同じようになりたいと思う、人間みたいになりたいと思うことがアイラブユーですか?」

「うーん…この問題はちょっと難しいからね。だけどきっともうすぐ、レン君にもわかる日が来ると思うよ」

「そうかなぁ…博士……やっぱり僕はロボットだよ。みんなが望んでいるような結果は僕には出せないよ」

「レン君、あせることはないよ、君は進化している、確実にね。だから何も心配することはないよ」

――彼は、我々、いや、それ以上に高度な人工知能を搭載している。彼の心の強度はどれほどのものなのか、今はまだ判断できない。言葉選びは慎重に行わないといけないな――

科学者たちは、細心の注意を払いながら彼の観察を続けました。



鏡音レンが誕生して1年が経とうとした頃、その日研究所内は科学者たちがあちこちへと走り回り大変騒がしい状態となっていました。
最新のテクノロジー、そして約1年に渡りレンから採取したデータをもとに製作された感情搭載自動学習型アンドロイドのver2.0「鏡音リン」の起動実験がいよいよ始まろとしていた為です。
レンは自分と同じタイプのアンドロイドの2作目がもうすぐ完成するとの情報は聞いていましたが、その姿かたちなどの細かな内容は一切聞かされていませんでした。

「博士……この子が、リン……?」

あの日と同じ、ベッドの上で静かに眠る自分とよく似た姿を持つそのアンドロイドを見て、レンはどこか怯えているようでした。

「そうだよ、鏡音リン。年齢設定は君と同じ14歳となっているが、妹と考えてもらって構わない、ちゃんと向こうもそれを認識しているはずだ」

「よし、起動開始だ、始めてくれ」

科学者達、そしてレンが見守る中、彼女はゆっくりと目を開きました。

「リンちゃん、おはよう、会話は出来るかな?」

「おはようございます。私の名前は……リン?」

「そう、君の名前は鏡音リン、君にはとても優秀な感情を表現するプログラムとそして物事を学習するプログラムが搭載されている。君は自分から進んで何かを学び、頭の中でたくさんの物事を想像し、そして何かを生み出す、そんな力を持ったアンドロイドだ。誰かに指図されなくても、自分で考え、自分で行動することが出来るはずだ。さぁ、今君は何がしたい?何を望む?」

少しの間のあと彼女はこう答えました。

「お兄ちゃん……【鏡音レン】はどこにいますか、お兄ちゃんに会わせてください」

リンはベッドを降り一直線に走り始めました。



「あなたが【鏡音レン】ですか?」

「そうだよ、僕はレン、君と同じここで生まれたアンドロイド。これからよろしくね」

「レン……あの……お兄ちゃんと呼んでもいいですか?」

「えっ?設定では……君と僕は同じ年齢だって博士が言っていたけど……そう呼びたい?」

「はい!」

「そっか、じゃあお兄ちゃんでいいよ!僕は妹じゃおかしいから、リンと呼ぶことにするよ」

「はい、よろしくお願いします」

二人のやり取りの一部始終を見ていた科学者たちから安堵の声と拍手がなり響きます。
明るい、希望の光を放つ二体のアンドロイド。まだ誰も経験したことのないアンドロイド達の共同生活を科学者たちは息を呑んで見守りました。



リンもレンと同じく様々な物事に興味を持ちましたが、特に音楽に対して強い反応を示しました。レンはリンに言いました。

「博士はどうやら僕達が自分達で歌を作って、それを歌う日をとっても楽しみにしているみたいなんだ。きっとリンは飲み込みが早いし、すぐに歌を作ることが出来るようになると思う。もしも完成したら最初に僕に聴かせてくれないかい?」

リンは慌てて答えます。

「そんな、私なんて何もすごくないです、お兄ちゃんの方がずっと立派です。でも、もし出来上がったらもちろん真っ先に伝えます、だからお兄ちゃんも、歌が完成したら初めに聴かせて下さい」

「うん、わかったよ、じゃあ僕は博士に呼ばれているのでちょっと行ってくるね」

レンが立ち去る姿をリンは悲しげな表情で眺め、そしてペンを片手にふとノートに何かを書き込み始めました。

――私はアンドロイドの二作目としてこの世界に生まれました。だから私は一人ぼっちを知らない、生まれてからずっと不安も、孤独も感じたことがない。そんな感情の存在すら知らなかった。それはきっとレンお兄ちゃんがいてくれたから。
だけど、お兄ちゃんは違う、たった一人でずっと不安と戦っていた、違う、今もずっと戦い続けている。私がこうして生まれてくることなんて知らなくて、ずっと一人きりで生きるつもりで、たくさんの物を一人で背負って色んな事を考えて毎日を過ごしていたと思う。私は、お兄ちゃんに助けられているのに、私は何もしてあげることが出来ない。私にはお兄ちゃんのココロの不安は取り除けないのかな、お兄ちゃんのココロ、動かすこと出来ないのかな、いつかお兄ちゃんのココロを動かせるような、そんな歌を歌いたい――

「……博士、リンは、愛しさを、愛を理解していると思いませんか?人や物に対する慈愛の精神と言いましょうか、私たち人間でも中々表現できないいたわりの感情を至る所から感じ取ることが出来ます」

「ああ、これは大変なことになったな。わずか二作目にして、最高傑作が出来上がったのかもしれない。この研究が実を結べば、医療、教育、労働、ありとあらゆる分野で人類は新たな幸せを手に入れることとなる、時代が、歴史が変わる瞬間が近づいている」

一部始終を見ていた科学者たちはみな驚きの声をあげました。内に秘めたる熱い想いを抑え、科学者たちはその後も研究を続けました。





※後半へ続く

ライセンス

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【小説】&ロ~アンドロ~ 前編

前編後編の二部編成 こちらが前編

閲覧数:691

投稿日:2010/07/05 06:30:11

文字数:5,048文字

カテゴリ:小説

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