【小説】シンデレラ~another story~中編
屋敷に戻るとそこには誰もいません。
テーブルに一枚の手紙が置いてあります。
――シンデレラへ。私達は明日朝一番でお城へ向かうために今から出発します。旅行中はきちんと家事をすること。一週間後に帰るのでその時に部屋が汚れていたら承知しませんからね。
「ひどいね、とても母親とは呼べないわね」
老婆はそう言うと屋根裏へと飛んでいき、またすぐに戻ってきました。
「シンデレラ、今からあなたに魔法をかけます。ここに私が言うものをもって来なさい」
老婆に言われた通り、シンデレラは破れたドレス、カボチャ、ネズミのガスを連れて来ました。
「よし、準備は出来たね。では……おや、あんたもついていきたいのかい?仕方ないねえ、疲れたなんて情けないこと言うんじゃないよ」
老婆はブルーノをガスの隣へと座らせてそして大きな声で叫びました。
「ビビデバビデブー!」
老婆が手に持っていた杖を一振りすると、なんと破れていたドレスは新品の綺麗な白いドレスに、カボチャはおおきな馬車に、ガスとブルーノは、白馬へと変身していました。
「すごい、これはどういうことなのでしょう」
シンデレラはびっくりし、目を丸めて綺麗になったドレスを見つめています。
「いいかい、シンデレラ。今から話すことはとっても大事なことだから絶対に忘れてはいけないよ、わかったかい?」
「ええ、絶対に忘れないわ」
「今私が使ったこの魔法は明日の十二時までしか効果が持たない。魔法が解けるまでに必ず噴水の前に向かい、そこで手を組んで(ビビデバビデブー)と唱えるのです。いいかい、もし間に合わないと大変なことが起きるから絶対に帰ってくるのだよ。今からこの馬車とドレスでお城に向かって、思う存分パーティを楽しんできなさい。そして必ず明日の十二時までに戻っておいで、いいかい?わかったね」
「わかったわ、フェアリーさん、本当にありがとう」
シンデレラは何度もお辞儀をした後、早速ドレスを身にまとい、馬車に乗りチャーミング王子の待つお城へと旅立っていくのでした。
――ダンスパーティ開催日の朝、噂を聞きつけ遠いところからはるばる何日もかけてやってきたものや、こんなチャンスはない、王子を一度は見てみたいといった野次馬の人々、地元の人々も集まり、お城の前には延々と開場を待ちわびる人々の姿がありました。
その行列の最前列には一際目立つ、紫色のドレスと黄色のドレスを着た二人の姉妹が並んでいました。
アナスターシャとドリゼラの二人です。
「早く家を出たかいがありましたわね」
「ええ、私たちは必ず王子の目に留まるはずよ」
「だけど私もう疲れちゃった、門が開いたら教えてくれない、ちょっと向こうで休憩してきますわ」
「ずるいわお姉さま、私だってもう疲れましたわ」
あちらこちらから笑い声や話し声が聞こえてきます。
長蛇の列は色とりどりのドレスによってまるで虹がかかったかのように見えました。
「予想以上の人々が集まって来ております、予定より開場を早めましょうか」
王子に一人の兵士が声をかけます。
「そうですね、はるばる遠いところから来られている方は、疲れも溜まっているでしょう。案内して食事を取ってもらいましょう」
王子の掛け声とともに門が音を立てて開かれました。
お城の広間では、たくさんの人々がダンスを踊っています。チャーミング王子はその間を縫う様に、挨拶をして回っていきます。
「とても美しい色のドレスですね、お名前は?」
王子はアナスターシャに声をかけます。
「はい、アナスターシャといいます。お声をかけていただいて感激です」
「アナスターシャさん、良ければご一緒に踊りましょうか」
「はい、ありがとうございます。お願いします」
二人の踊る様子を、面白くなさそうにドリゼラは眺めていました。
「……お姉さまだけずるいわ、きっとすぐに愛想をつかされるに違いないわ」
「……もう疲れたわ」
ドリゼラはその場を去って奥の広間へと消えていきました。
そして、入れ替わるようにシンデレラは広間に到着しました。
「この中に、お姉さま達はもういるのかしら」
シンデレラは辺りを見回します。
もし見つかればまたひどい目に会うかも知れません、二人を見つけようときょろきょろと辺りを見回します。
ですが見つかりません。
先ほどまで王子と共に踊っていたアナスターシャはこの時すでに、すぐに別の人の下へ行った王子に腹を立て広間を後にしていました。
辺りをさまよいながら歩いていると、シンデレラは踊っていた人の足につまずき、転んでしまいました。
「大丈夫ですか?怪我はありませんか」
顔を上げるとそこにチャーミング王子の姿がありました。
「ありがとうございます。すいません、人を探していたもので、前をきちんと見ていませんでした」
シンデレラは王子に深々と頭を下げました。
「どなたをお探しですか?」
「私の二人の姉妹なのですが。名をアナスターシャとドリゼラといいます」
「アナスターシャ……その方でしたら先ほどお会いしましたよ、姉妹で並んで紫と黄色の目立つドレスを着ていました。私はこのパーティに心の優しい女性を求めて来たのですが、彼女は妹のことなどほったらかしで、ダンスの最中もまわりの女性にぶつかってもそちらが邪魔をしてきたというような態度をとっていたので、その、妹さんの前で言うのも失礼ですが私の理想とする人ではないと判断いたしました。……ですがあのお二人にもこのパーティを楽しんでいってもらえれば私は幸せです。あなたも是非今日は素敵な一日をお過ごしください」
王子は手を差し伸べました。
「お名前は?」
シンデレラは手を差し伸べていいました。
「私の名前はシンデレラといいます。こんなにも楽しくて幸せな一日は初めてです。感謝しています」
「……シンデレラ。あなただけ、先ほどの二人と違って、手にたくさんの傷が見えます。もしかして、家ではあなたが家事などを任せられているのですか?」
「いいえ、これは……その……」
「もしよければ、もう少し私と踊りながらお話をしませんか?」
「はい、王子様にお声をかけて頂いて本当に嬉しいのですが、私ダンスの踊り方を知らないのです」
「踊りならば簡単ですよ、私が教えます。だからあなたは私の知らないことをお話してくれませんか?どんなことでも構わないです」
「わかりました、ありがとうございます」
シンデレラはダンスを教わりながら、王子にたくさんのことを話しました。
本当は綺麗なドレスを着て、お城でたくさんの人とお話し、王子様の姿をひとめ見ることが出来たらそれでいい、もう二度と味わうことの出来ないようなこの瞬間を楽しむだけのつもりでいました。
ですが、王子のその優しい言葉遣いや紳士的な振る舞いに、シンデレラは気づけばたくさんのことを話していました。
両親が亡くなってから本当に毎日寂しかったこと。
仕事が辛くても誰にも相談出来なかったこと。
二人の義理の姉妹と新しい母親とうまく関係を作れずにいたこと。
だけど、魔法のことだけは言えませんでした。
誰かに漏らせば解けてしまうかもしれないと思ったからです。
「今までたくさん辛い思いをしてきたのですね。でも大丈夫です、今日からきっとあなたもまた毎日を笑って過ごせるようになるはずです。あなたの瞳はとても綺麗な色をしています。きっと心の中も同じように綺麗な色をしているはずです。その瞳の奥に確かな強さを感じます。まだ出会って間もありませんが、私はあなたに本当に幸せに、もっと毎日を楽しく過ごしてほしいと思いました。まだ、時間はありますか?私と一緒に食事をしませんか?シンデレラ、あなたのことがもっと知りたいのです」
王子とシンデレラは広間を抜け出し、二人きりで食事を取りました。豪華な今まで見たこともないようなその料理にシンデレラは固まってしまいました。
「今日は、遠いところから本当にありがとう。最後までごゆっくりと宴を楽しんでいってください。それでは乾杯」
時計の針は刻一刻と残り時間を刻んでいきます。
日付が変わるその瞬間までもうそこまで迫ってきていました。
シンデレラは今自分に起こっている出来事、その全てが夢じゃないかと思いました。こんなこと起こるはずがないと、夢ならば覚めないで欲しいと、そう思いました。
どんな話でもまるで包み込むように、親身になって聞いてくれる、王子のその優しさにすっかり心を奪われていました。
もう、街には戻りたくない、このままずっと王子のそばにいたいと思いました。
王子もまた、その天使のような美しい姿もさることながら、真面目で、どんな困難にも、折れることなく耐え続けたシンデレラの心の強さと、目から伝わる優しさにすっかりとりこになっていました。
ふと、壁にかかった時計を見て、シンデレラは悲鳴をあげました。
「大変、今すぐ帰らないといけない!」
王子は突然の出来事に戸惑っています。
「どうしました?急に、何か用事があるのですか」
「チャーミング王子、本当に今日はダンスも教えてもらい、食事にも誘っていただき、これほどまでに幸せな一日は他にありませんでした。本当はもっと……ずっといつまでもこの場所にいたいのですが、どうしても今すぐ帰らないといけない用事があります。本当に急がないともう時間がないのです」
「シンデレラ、私もずっと運命の人を探し、いつまでもずっとそばにいたいと思えるような人を私も探していました。今日は今まで生きてきて一番幸せでした。シンデレラ、行かないでおくれ。もう少しだけそばにいてくれませんか」
「必ず、必ずもう一度あなたの元へ戻ってきます。その時はもっとたくさんの事をお話します、失礼ですがどうしてももう行かないといけません」
シンデレラは部屋を飛び出し急いで門へと駆け出していきます。
「いつまでも私は君を待ち続ける、必ず戻ってきておくれ」
シンデレラはドレスの裾で転びそうになりながらも懸命に走りました。
「……これは一体どういうこと?」
門の外に待たせていた白馬のガスの姿が見当たりません、そして何者かによってカボチャの馬車はボロボロに壊されています。
「ガス、ブルーノ、どこにいってしまったの!?」
シンデレラの叫び声も虚しく反応はありません。
「そんな……このままでは噴水までとても間に合わないわ」
シンデレラは溢れる涙を堪えてドレスの裾を破り、懸命に街に向かって走りました。
「ああ、神様、私が全て悪いのです、フェアリーのいいつけも忘れて夢中になっていました。ガスもブルーノもあんなにも美しい白馬に変身したのですもの、きっと誰かに連れ去られてしまったのでしょう、ほったらかしにして、なんて私はひどいことを……」
「……どうしよう、どうしよう」
馬車に乗っても数時間かかる距離です。人の足で簡単に戻れる距離ではありません。
噴水までもう少しという所で、遂に運命の時は訪れてしまいました。
「苦しい、胸が痛い……誰か助けて」
シンデレラは突然、息が出来ないほどの胸の痛みに襲われ、その場に倒れこんでしまいました。
――翌朝――
シンデレラは目を覚ましました。
知らぬ間に、夜が明けてしまったようです。
一体何が起こったのか自分でもわかりません。
重い頭をおこして辺りを見ようとしました。が、何やら様子が変です。
視線がいつも見る世界よりずっと地面に近づいているように感じます。
(……これはどういうこと?)
自分の手を目の前にかざして見ました。
(これは、猫?)
自分の手が猫になっています。
いいえ、手だけではありません。そっと顔に触れてみました。
頭の上に大きな耳が付いています。振り向くと長いしっぽが見えます。
(私、いいつけを守らなかったから、罰として、猫になってしまったの?)
水たまりの前に走って行き、改めてシンデレラは自分の状況を確認しました。
(そんな……どうしよう、これから私どうすれば)
とにかくシンデレラはあの妖精と出会った噴水へ走っていきました。
何度も噴水の周りを歩き回りましたが、そこにフェアリーの姿はありません。
(ビビデバビデブー)
シンデレラは唱えてみるものの自分の口から聞こえるのは(ニャー)という猫の鳴き声だけ。
屋敷にも戻ってみましたが誰もいません。
シンデレラは余りの悲しみに、その日の夜までずっと一人噴水の前で泣いていました。
(どうしよう、もうずっとこのままなの?せっかくチャーミング王子と出会えたのに、もっと色んな話がしたかったのに、もうこれで終わりなの?)
(……どうしよう、私はこれからどうやって生きていけばいいの?)
シンデレラはとぼとぼと力なく、無意識のうちにお城に向かって歩いていました。
後編に続く
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