第三章 東京 パート6
寺本の話が終わると、藍原は凝り固まった疲労のように重たい吐息をその場に漏らした。寺本はなんと言ったか。ミルドガルド。異世界から来た少女。そんな話はSF小説の中だけの出来事だと思っていたのに。まさか、すぐにその事実を信じられる訳もない。
「二人は明後日の便で札幌に向かう。それまで信頼の置ける人のところに二人を置いておきたいんだ。」
沈黙を破るように寺本はそう言った。続けて、藤田も補足する。
「お願いできないかな、藍原さん。無理なら断ってくれてもいい。」
藤田はいつも優しい。それはこの半年近くの間でよく分かっている。だけど、あたしが受け入れることを拒否すればこの二人はどうなるのだろうか。別の一人暮らしの女性を当てにするのだろうか。それともこの中の誰かの家に泊まるのだろうか。
「構いませんわ。」
結局、彼らが、立英大学でも一番の実力を誇るバンドを組んでいる彼らが頼りに出来る唯一の人間があたしだったということなのだろう。なら、あたしはそれ応えるべきなのかも知れない。それに、二日くらい来客が増えたところで、たいした手間ではないし。
「部屋は汚いですけど、それでもよければ。」
続けて、藍原は全員に向かってそう言った。それに合わせて、リンとリーンという名を持つ二人の金髪の美少女に向かって笑いかける。年の頃合はあたしと同じころだろうか。
「すまない。ありがとう。」
藍原がそう告げると、寺本は心から安堵した様子でそう答えた。続けて、リンとリーンも嬉しそうに表情を綻ばせた。心から安堵したように。
藍原の自宅は先ほどまで会話していたカフェから歩いても徒歩十分程度の場所にある、立英大学からも至近の距離にあるマンションに住いを構えていた。寺本とは二日後、再び立英大学で落ち合うことになっている。寺本と藤田、そしてリンとリーンが札幌に暮らしているという鏡蓮という人物に会いに行くというのである。この異世界から訪れたという二人の少女と鏡という名の青年がどう関係しているのか、藍原は勿論、その場にいる全ての人物が理解しきってはいなかったが、少なくともこの二人にとっては重要な人物であるらしい。最低限それだけを理解した藍原はリンとリーンを引き連れて、帰宅の道を歩むことにしたのである。
「不思議な街ね。」
カフェから出て、暫く歩いていると、唐突にリンがそう言った。リンとリーン、余りにも姿格好が似ているために判別がどうもつきにくいが、中世西欧の農婦のような麻の着物に身を包んでいる方がリンという名を持つらしい。確かによく見ると、リンとリーンは微かにその性格が異なっている。リンはその瞳にどこか深い影があった。それが、リーンには存在しない。よく似た二人だけれど、その人生で経験したものは大きく異なるものなのかも知れない、と藍原は考えながら、リンに向かってこう言った。
「たいした街ではないわ。」
「そうなの?」
不思議そうな表情で、リンはそう尋ねた。先ほど寺本から聞いた話では、この少女は科学がまだ未発展の、産業革命が開始する以前の世界から来たという。立ち並ぶビルも、車道を走り去る車ももの珍しい物体であることには変わりないのだろう。藍原はそう考えながら、リンに向かってこう答えた。
「あたしはもっと田舎で育ったから、この街は窮屈で仕方ないわ。」
「田舎?」
「ええ。ここからだと新幹線で二時間くらいのところ。」
「遠いの?」
「徒歩なら相当遠いわ。今は交通が発展しているから、それほど遠さは感じないけれど。」
藍原はそこまで言って言葉を一度区切ると、リンとリーンに向かってこう言った。
「ちょっとスーパーに寄ってもいい?夕食の材料を買わないと。」
「このあたりはあたしの世界と一緒ね。」
藍原が指差した、日本の何処にでもあるようなスーパーマーケットの看板を見上げたリーンはそう言うと藍原に向かって楽しげに笑いかけた。
「リーンさんも学生なの?」
「リーンでいいよ。」
リーンは笑顔でそう言うと、藍原に続けてこう言った。
「ええ。ミルドガルドでは少し有名な大学の一年生よ。」
「あたしと同じね。」
「藍原さんも?」
「玲奈でいいわ。」
藍原もまた、瞳を細めながらそう言った。知性の溢れる瞳が光に溢れる夜の街を照らし出す。そして、続けてこう言った。
「ええ。あたしも大学一年生だから。」
「不思議な縁ね。それにね、あたしも田舎から出てきた人だから。」
「一人暮らしをしているの?」
藍原がそう尋ねると、リーンは寂しげに視線をアスファルトに向けて僅かに下げた。寂寥の表情を一瞬浮かべたリーンは、続けてこう言った。
「本当は、幼馴染とルームシェアしていたの。もう、一月以上戻ってない。」
「そう・・。」
なんと答えればいいのだろう。藍原はそう考えて、思わず息を飲み込んだ。車が走り去る音が妙に強く藍原の耳に残る。その沈黙を破ったのは、それまで二人のやり取りを大人しく耳にしていたリンであった。
「大丈夫よ。」
リンはそこでリーンを励ますような笑顔を見せると、続けてこう言った。
「レンに逢えばきっと何かが動くわ。だから大丈夫。」
心から確信している様子でそう告げたリンに向かって、リーンは無理に見せるように笑顔を見せた。果たして、鏡蓮という人物にそれだけの力があるのだろうか。藍原はついその様に考えた。寺本の話では、謎の多い人物ではあるというが、それだけで何か不思議な力があるとは限らない。いずれにせよ、自分が会うことの無い人間でしょうけれど、と藍原は考えながら、リーンに向かってこう言った。
「不安なときは美味しいご飯を食べるに限るわ。そろそろ空腹も限界でしょう?」
藍原がそう言うと、リーンはくすりと小さく笑い、そしてこう言った。
「本当にそうね、玲奈。なら、沢山ご馳走になろうかしら。今日は朝ごはん以来何も食べてないから、もうお腹ぺこぺこよ。」
リーンはそう言うと、空元気を出すような態度でスーパーの自動ドアを潜り抜けた。日本では珍しい金髪蒼目の美少女の突然の来訪に、買い物を終えたばかりらしいサラリーマン風の男がぎょっと瞳を瞬かせたが、リーンはその視線を無視するようにリンと藍原に振り返ると、こう言った。
「さ、早く行こう、リン、玲奈。」
その言葉につられるように、藍原とリンもスーパーの中へと進入する。途端に素っ頓狂な声を出したのはリンであった。
「わぁ、新鮮な野菜が沢山!」
そう叫ぶと、野菜が並ぶ棚に駆け寄り、そしてまじまじと野菜を眺め始めた。
「不思議。まるで一年が一箇所に集っているみたい。」
「技術の発達が、野菜の通年栽培を可能にしたのよ。」
買い物籠を一つ手に取った藍原は感無量という様子であるリンに向かってそう言った。野菜は季節のものを食べる以外に方法がない。それがリンにとっては常識であったのである。
「リンとリーンは、普段どんなものを食べているの?」
じっくりと野菜を吟味し始めたリンを横目に眺めながら、藍原はリーンに向かってそう訊ねた。その言葉にリーンは少し首をかしげながら、こう答えた。
「ミルドガルドは小麦が主食だけど、美味しければ何でも食べるわ。」
「それなら、せっかくだし、和食にチャレンジしてみる?」
「和食?」
聞き慣れない言葉だ、という様子でリーンは首を傾げた。地球の西洋人なら和食と聞けば何らかの反応を起こすものなのかもしれないが、ミルドガルドにはその様な文化の流入が起こっていないらしい。藍原はそう考えながら、リーンに向かってこう答えた。
「日本の伝統料理よ。お米を中心に献立を作るの。」
「いいわ。」
リーンは楽しそうにそう答えると、続けてこう言った。
「お米は余り食べたことがないけれど、せっかくの機会だし。」
リーンの言葉に藍原が優しげに頷いたとき、キャベツを手にとってじっくりと眺めていたリンが唐突にこう呟いた。
「変な野菜。」
「変?」
藍原がそう尋ねると、リンが強く頷きながらこう答えた。
「これと同じ野菜はミルドガルドにもあるけど、こんなに大きくないし、何より虫食いが一つも無いなんて。どうやって栽培しているのかしら。」
「農薬を使っているからね。」
「農薬?」
「虫を近寄らせないための薬といえばいいかしら?」
リンはそこで理解できない、という様子で眉を顰めると、続けてこう言った。
「変なの。虫食いがあるほうが美味しい野菜なのに。」
リンはそう言うと、見飽きた様子でキャベツを元の位置に戻した。本来、野菜はそうあるべきなのだろうな、と藍原は考えながら、今日はキャベツの味噌汁でも作ろうかな、と考えた。
小説版 South North Story 46
みのり「第四十六弾だよ!危なかったぁ・・^^;」
満「今回は無理だと思った。」
みのり「今まで一週間に一度の投稿ははずしたことがなかったからね。」
満「ぎりぎりセーフということで・・。ご迷惑をかけて申し訳ない。」
みのり「頑張って執筆するので見捨てないでね!では、来週もよろしく♪」
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ご意見・ご感想
ソウハ
ご意見・ご感想
こんばんは。更新お疲れ様です。
先週はコメントできなくてすみませんでした。
先週職場体験で忙しくなってしまって。
今週は大丈夫かなと思っていましたけど、待っていて正解でした。
更新ペースは落ちても大丈夫ですよ。
私なんか、サイトの小説ネタ思いつかなくてスランプ状態ですから。
まぁ、それは置いといて。
とにかく、ゆっくりと更新すればいいんですよ。
私はレイジさんの作品大好きですから。
なので、これからも頑張ってください。応援しています。
2010/10/19 20:55:56
レイジ
お返事大幅に遅れてすみませんでしたぁああ!!!
事情あってここ数週間全く書けず。。。
本当にすみません。。
ってか更新ペース遅いなんてもんじゃないですよね汗
完全に止まってました。。。
本当にいつもコメントいただいてありがとうございます!
いつも励みになります。
これからもよろしくお願いします!
2010/11/14 15:08:22