「まあいいわ。それよりもがくぽ、お腹がすいた」
そう言って、ルカはがくぽの来ているシャツの裾を引いた。はたと我に返り、がくぽはそうだったと大きく頷いた。
「マグロの醤油漬けは昨夜に仕込んだからすぐできる。あとは、味噌汁でもつくろうと思うが」
「じゃあ私がお味噌汁作るわ」
冷蔵庫の中を見ても良い? そんな話をしながら二人で並んで台所へ立った。
マグロの漬け丼に載せる海苔を切るがくぽの横で、ルカは味噌汁の用意をする。かたかたとんとん、とリズミカルに動き回る音が台所に響いた。がくぽたちの家の台所は、板張りの床に水回りにはタイルが敷き詰められている古い造りのものだ。兄さんの趣味でこういう家になったのはわかるけど冬場など寒くて立っていられない、とぐみがよく愚痴をこぼしている。けれど、夏に向かうこの時期は、素足で立つとひんやりと冷たく気持ち良い。
一度火を止めて鍋の中に味噌を溶き入れると、じんわりとした滋味溢れる匂いが広がった。ひとくち味見をして、ルカはもう少し味噌を足し入れようか迷う。その横で、がくぽは手際よく丼にご飯をよそい、タッパーに用意してあったマグロの漬けや白ごまや刻んだ海苔やらを乗せていた。
「わさびがない」
「あ、私、なくても大丈夫よ」
「いや我が、わさび欲しいのだ」
そう言って、冷蔵庫のドアポケット部分をごそごそと探る。どこの家も、あのドアポケットにいらぬものが溜め込まれていくのね、とその様子を見て、なんとなく嬉しいものを感じながらルカは出来上がった味噌汁を椀に注いだ。
居間の中央に置いてあるちゃぶ台に味噌汁や箸をルカが運んでいると、がくぽがマグロの漬け丼と探し出したチューブのわさびを持って台所から出てきた。
いただきます。と手を合わせて。差し向かいで座ったがくぽはそれぞれに丼を手にとった。ほかほかのご飯に一晩醤油ダレに漬けたマグロが美味しい。ルカが作ったアオサと豆腐の味噌汁は少し味が薄いような気がしたが、マグロの漬けが濃い味なのでこれはこれでちょうど良いような気もする。そうルカが言うと、がくぽが生真面目な顔で頷いた。
「十分に美味しい」
「よかった。漬け丼も美味しいわ」
「それは良かった」
そんなことをぽそぽそとやり取りしながら、二人はしみじみとご飯を食べた。
人でないルカたちは食事を取らずとも生きていける。けれど、知ってしまうともう食べずにはいられなくなる。そんな感覚は本当はないはずなのに、お腹がすいたような気持ちになるし、ご飯を食べるときはみんなで揃って食べたくなる。美味しいね、という自分の言葉に、美味しいなと同調してもらえれば、嬉しくてなんだか笑顔になってしまう。
不思議だなあ、とルカはそんな状況について、時々思う。
それが存在していることを知らなければ。何事もなかったように生きてける。けれど、それを知ってしまったら行動せずにはいられない事、それなしでは生きていけない事。そういう物事とは案外たくさんあるような気がする。
それは、時期が来たら梅酒を漬ける事だったり。台風がやってくるときにはおにぎりを握って皆でひとつの部屋で過ごす事だったり。季節を先取りしながら洋服を買う事だったり。誕生日には鼻眼鏡を用意して主役にかけてあげる事だったり。バレンタインには皆でチョコを用意する事だったり。
誰かを特別に好きになること、だったり。
開け放たれた縁側から初夏の白いひかりが差し込んで、ルカたちのいるちゃぶ台のあたりまで届いてきていた。ちらちらと、風が吹く度に庭木が揺れてひかりと影の境界線が揺れる。
さや、と爽やかな風がルカの白い肌を撫でた。
やっぱり姉さんの気持ちを兄さんに伝えたいな。不意にルカはそう思った。
大切なものを守るために、大好きな人がちゃんと帰ってくるために押し殺した、あの赤く咲いた感情を、やっぱりカイトに伝えたいと思ったのだ。カイトがメイコと気持ちを通じ合わせなくても無事だと知った今、当事者でない蚊帳の外の人間がその気持ちを勝手に伝えてしまうのは無粋なことかもしれない。けれど。
カイトの事を案じたときの震えた指先も、カイトは大丈夫と言い切った瞬間の凛としたその佇まいも、カイトのことを許容するような甘い笑みも。
赤い色を纏った女が青く染まった彼の人を思うとき、どれだけ美しくなるのか。今ここには居ない彼は知ることができないのだから。
あんなにも綺麗で可愛らしい姉さんのことを自分だけが知っているなんて、なんだかとても勿体無い。そうルカは思うのだ。兄さんにも教えてあげたいな。そう思ってしまうのだ。
本人以外の人がこの綺麗な感情を相手に伝えることは、きっと単なるおせっかいで、いらぬお世話だと言われるかもしれないけど。それは重々承知しているけれど。でもやっぱりぐみが帰ってきたら、兄さんのいる研究所にこっそりと忍び込む方法を聞いておこう。それでもって忍者のように夜の闇に紛れてそっと忍び込んでみよう。なんだかとても楽しそうだわ。準備は念入りにしなくては。
そんなことを思ってルカはひとり頷いた。
「ルカ殿? どうかしたのか?」
考えに夢中になるあまり箸が止まり、突然何やらうんうんと頷きだしたルカに、がくぽがそう声をかけてきた。漬け丼が口に合わなかったか、と少し心配げにこちらを見つめるがくぽに、ちゃんと美味しいわ。と言う。
「ちょっと思いついたことがあって」
「その笑顔から察するに、なにやら良いことのようだな」
がくぽの言葉にルカは大きく頷いた。メイコの気持ちを知ったらカイトはどんな顔をするのだろうか。世の中のアイスを全部プレゼントされたような、いや、それ以上の笑顔を浮かべそうだ。とそんなことを考えていると、それだけでルカは幸せな気持ちになった。
世の中にはリア充爆発、とかいう言葉があるけれど。爆発するのって実はとても幸せな気持ちになるのかもしれない。爆発してしまった当事者だけでなく、その周囲で見守っていて巻き添えを食らってしまった人達にとっても。
「特別な好きって気持ちは、本人たちだけでなく私たちも幸せにしてくれるのね。」
そう言って、薄紅の娘が頬をほころばせる。それを受けて、紫の青年もまた穏やかに笑んだ。
さやさやと心地よい風が、ふたりの間を通り抜けていった。
るかとがくぽの日向ぼっこ・7
ルカさんを野放しにしてはいけないと思うよ。また迷子になるから。
世の中は夏を過ぎて今はもう真冬真っ盛り(笑)だというのに、まだこの話の世界では初夏です。そしてばあちゃんマスターと言いながら、ばあちゃん出てきていません。どういうことなのよ。と自分に突っ込みたい気持ちでいっぱいです。
ちなみにこの話。最初はルカとがくぽが二人でお出かけする話でした。なのでファイル名が「るかとがくぽのおつかい」となっています。でもルカさんは日向ぼっこを選んでしまいました。どうやっても出かけてくれませんでした。どういうことなのよ、あなた。とできることならばルカさんに詰め寄りたい気持ちでいっぱいです。
そして、ばあちゃんマスターはもう少しで終わりかなあとか言っていたのですが、なんかまだ続きそうです……どういうことなのよこれ、といろんなエピソードを書き出したメモを見てちょっと途方に暮れました。
次の話はいつ書けるか、自分でも不安ですが。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!
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