緑春神殿。来る「春」に向けて、新しい「歌い手」を迎えた筈のその宮は、何故か混乱に陥れられていた。
「どういう事だ! なぜ一人しか見つからない!?」
神官の怒号。頭を垂れたままひたすらに謝罪を繰り返す神兵。
その中で異彩を放つ、どう見ても鳥籠としか思えない形状の巨大な檻の中で、きょとんとした表情のままそれを見ている少女……。
「歌い手」は通常、「歌い手」候補に選ばれるのと同時に、季節を象徴する色を身に纏う事になる。
現在最も長く「歌い手」を勤めている明衣子(メイコ)は太陽の赤を、対となる海斗(カイト)は名の通り海の青を。
次いで、「冬」の琉香は冬の夜明けを思わせる紫がかった淡いピンクを、対となる神武已は逆に冬の夕暮れを思わせるピンクがかった紫を。
最も若く在位の短い「秋の歌い手」は双子の姉弟で、共に金色の髪を持ち、姉は実る穂のような、弟は冬に備える木々の葉のようなと称されている。
しかし、今檻の中に囚われている少女は、緑の……「春の歌い手」としてこれ以上ない程の鮮やかな緑の……髪を持っていた。
生まれつきではなく、成長する内に徐々に変わったのだと言うが、そんな事は前例がない。
その上、少女は言葉が話せないのだという。確かに、彼女がまともに喋っているのを聞いた者はいない。
こちらの言葉をそれなりに理解はしているようだが、どうも幼児を相手にしているような感覚なのだと彼女を連れてきた神兵は言った。
「冗談じゃない! そんな状態の者に季節を委せられるか!」
神官が激昂するのも仕方のない事だった。
季節を廻す「歌い手」は、その時々によって歌い方を変え、且つ間違うことなく歌いきる事が求められる。
一つ間違えば急激な気候の変化を巻き起こし、甚大な被害をもたらしかねない。
「歌い手」に選ばれた者は、そこから更に特別な行を修めてようやく正式にその座に着く事を許可される。
時に、その行を積むまでもなく「歌い手」として立った者もいると文献には残っているが、それは飽くまでも幼少より歌に秀で、楽をよく修め、且つその時代に他に立てる実力者がいなかった時の例外的措置、または非常手段だった事も、神官である彼はよく知っていた。
既に暦は一の月も半ばを過ぎ、あと一月弱で「冬」からの引き継ぎが始まる。
最悪でも二の月半ばまでには対となる「歌い手」を捜し出し、共に行を修めてもらわねばならないというのに。
「何故対が見つからない!? 彼女の傍に候補になりそうな人材はいなかったのか!」
「それが……、彼女は生まれてすぐに母を亡くし、以来伝手のある女性が育てていたそうなのです。父親は判らず、育て親も教育を放棄しており、周囲の者もなるべく関わらぬようにしていたとかで…」
「…何という事だ……」
脱力して椅子に崩れ落ちた神官に、神兵は慌てて言い添える。
「しかし、「歌」については、よく歌っていたそうです。誰に教えられるともなく歌い始め、ある時には洪水が起こりそうな程の大雨が、彼の「鳥」が歌った途端に止んだとか、日照りで川すら干上がりそうになった時にも歌で雨が降ったなど、幾つかの証言は上がってきております。「歌い鳥」としての実力に関しては疑いはないと思うのですが…」
しかし、神官の口からは変わらず苦しげに呻くような声が漏れている。
神兵は、これ以上口出ししても、尚更神官に負担をかけるだけだと判断し、一礼して部屋を後にした。
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