蒼白の視界、廊下。響くは足音のみ。
 この静寂の廊下を歩き続けると、突然、視界が揺らぐ。
 立ちくらみだ・・・・・・。
 このクリプトン地下研究所に缶詰となってから、早二ヶ月半。
 僕の精神は、ボロボロになった。
 一日の業務はそこまで大変なものじゃない。ただ、ここにいるだけで、自分でもどれほどストレスを感じているか分かる。
 ここの環境は、人が住む場所とは思えないほど劣悪だ。
 全ての部屋、廊下、場所といえる場所は全て蛍光灯が青白い不健康な光で照らしている。僕の個室もそうだ・・・・・・太陽の光がこれほど愛おしく感じるのは初めてだ。
 もうひとつ、新鮮な空気がほしい。
 地上で、思いっきり深呼吸したい。
 ここの空調は個数が少ないのか、時々息苦しく感じるときがある。 
 場所によっては酸素が十分に行き届いておらず、息も絶え絶えになることもあった。
 加えて、この長大な廊下。
 僕は自分の持ち場以外のことはよく知らない。
 この地下研究所、実際はかなりの規模、数千ヘクタール級だという。
 この前、ここの責任者である鈴木君にあの狂気の研究を見せられて以来、僕の生活は持ち場と個室の往復となった。 
 充実感もなく、ストレスに押しつぶされそうな毎日。
 唯一の救いは、衣食住には困っていないということ。
 食事は味の事を無視すれば割と困っていない・・・・・・味の事を無視すれば。
 ただし食堂も例外なく青白い蛍光灯が照らすせいで、トレーに載せられた食べ物を見て食欲をなくすこともよくある。
 服は、僕はもう完全にここのものを着ている・・・・・・既に、多少のわずらわしさも感じなくなった。
 自分でも、元の自分がどんどん消え去っていくのが分かる。
 このままここにい続けたら、僕はどうなるのだろうか。
 もしかしたら、何も感じない、ただの抜け殻になってしまうんじゃないか。
 そんな気がする。
 にもかかわらず、鈴木君は今日も笑顔で、今日研究を続けている。
 僕は彼を、人間じゃない、何か別の生き物のように見えてしょうがないのだ。
 いや、あんなところにいては、無理も無いかもしれない。
 だが、彼は自らそれを望んでいる。明らかに愉しんでいる。
 僕には、まだ彼の実態が理解できていない・・・・・・。
 いや、そんなことはどうでもいいのだ。
 たった一つ、たった一つだけの望みさえかなえば。
 ミクに、会いたい。ネルさんにも。
 今ごろどうしているだろうか。 
 テレビへの出演がとっくに終わって、有名になっている頃だろうか。
 それとも、僕に会えなくて、さびしい思いをしているのだろうか。
 ネルさんがいるから、大丈夫だと思うけど・・・・・・。
 携帯電話の電池はとっくに底を尽き、会話することさえままならない。
 ああ、ミクと話すことさえ出来たら・・・・・・。
 そう願いながらも、突如襲い掛かった立ちくらみと格闘しながら、僕は長大な廊下を、自分の職場へつくために歩き続けている。
 足が重い。 
 足だけじゃない。腕も、腹も、胸も、頭も、まるで全身に錘が圧し掛かっているように重い。このまま床に倒れそうだ。 
 そんな僕に追い討ちをかけるように、また視界が揺らぎ、意識が遠のく。
 だめだ・・・・・・ここも空気が薄いのかもしれない。 
 どうして慣れないんだ。
 その瞬間、何も無いところで足が躓き、大きく体が前に倒れることを感じた。
 「うわっ・・・・・・!」
 反射的に両手両膝が床に着いた。
 僕は・・・・・・もう限界なのか?
 「網走さん!だ、大丈夫ですか?」
 いきなり後ろから声をかけられた。
 四つんばいの状態のまま振り向くと、僕の顔を覗き込む、英田さんいた。
 「ああ、何でも無いですよ。」
 白衣の埃を払い、何事も無かったように立ち上がる。
 一瞬頭がのぼせたが、今度は大丈夫のようだ。
 「さ、行かなくちゃ。」
 僕達は二人並んで廊下を歩き出した。
 「あまり、ご無理をなさらないほうが・・・・・・網走さん、このごろ調子が悪く見えます。」
 「そうかな?」
 彼女は、この前別の部署に移動にさせられてしまい、おかけで、僕はあのひし形の水晶の面倒をひとりで見ている。
 僕は、彼女がどこへ移され、何をやっているのかは知らない。
 もしかしたら、鈴木君の下で、あの研究を・・・・・・。
 「そういえば英田さん。」 
 「はい?」 
 「この前、君は持ち場を移されたみたいだけど、今は、何をやっているんですか?」
 「私は、忙しい書類仕事ですよ。」
 その時、彼女の顔に、何らかの変化が見えた気がした。
 「そうですか・・・・・・僕は相変わらずあれの管理係ですよ。なまじ暇すぎるよりも、適度に忙しいほうがうらやましいですよ。」
 「そんなことありませんよ。」
 「というか、一人で寂しいんです。あなたがいてくれたときは、こんな思いはしなくて済んだのに・・・・・・。」
 彼女は、ふふ、と笑った。
 「ご心配なさらずに。もうすぐ、地上に出られるそうです。」
 「え、本当ですか?!」
 思いがけない言葉に、僕は驚きを隠せない。
 もう少しで、地上に出られる・・・・・・!
 希望に浮かれているうちに、廊下の途中で彼女と別れ、例の部屋の前へとたどり着く。
 さぁ、今日も一日、あれの管理をしなければ・・・・・・。
 僕のやっていることは、ほぼ閑職だ。 
 
  
 立体投影されたホログラム映像。
 その中央には、海の如く蒼く輝く、水晶のような管理プログラムがある。
 その水晶の蒼さを眺めているうちに、僕はある昔話を思い出した。
 その話は、ここに来る前に鈴木君から聞いた話だった。
 最初は、まじまじと聞いていて、興味をそそる話だった。
 だけど、最終的には、背筋を凍らせた。
 
 「僕や博貴さんがまだ少年だった頃、科学が進歩し、ついに人間と同じ感情をもつプログラムの開発に成功したんです。人と同じように成長し、様々な経験によって、喜怒哀楽を示す、まさに第二の人間でした。そして、それは早速進化したアンドロイドに組み込まれ、様々な実験が行われたんです。」
 
 ここまでは僕の知っていることでもあった。
 感情プログラムというと、ミクにもあるものだ。それの開発秘話ということだろう。
 彼がさらに詳しいことを話しくれると期待し、僕は彼の話に聞き入った。

 「その実験とは、なんとたった一つだったんです。で、肝心の無いようですが、それは、とある居住区で、数名の家族構成を作り、共に生活することだったんです。そこで、人と同じように生活することで、どのような感情の変化が現れるか、研究するためだったんです。」
 
 彼もそうだが、僕もまだクリプトンへ入社していない、本当に昔の話だった。
 彼がどこからその話を聞いたのかまでは聞いていなかったけど、話はまだ終わってはいなかった。

 「まだ、ボーカロイドのように食事をすることも、五感もありませんでしたが、研究員と会話したり、共に過ごすことで、徐々に感情を露にするようになったんです。その周りの研究員も、感情移入していきました。そして、アンドロイド同士でも、共に笑ったり、協力したりするようになったんです。」
 
 この後からだ。その話に、恐ろしさを感じたのは。
 
 「ですが、ある事件が、起こってしまったんです。彼らが居住区で生活していく内に、外の世界を見たいと言い出したのです。ですが、それはまだ許されてはいませんでした。ですから、彼らにとっては、狭い鳥かごの中に、閉じ込められている気分だったのでしょう。次第に彼らは反抗的になり、そしてついに、研究員の一人に暴力を振るい、重傷を負わせたのです。」
 
 そして、今となっては非常に気にかかる言葉を残した。 

 「それで、その暴力を振るったアンドロイドは、他の研究員達によって、その場で破壊されたそうです。他のアンドロイド達が見ている前で。それからというもの、彼らの行動をチェックする、監視者、という人員が配置されたのです。」
 
 監視者・・・・・・。

 「監視者達は、社員や研究員ではない、どこか軍の人間だったそうですが、彼らは、アンドロイド達の生活に、何か異常が無いか、徹底的にチェックし廻ったんです。ストレスがたまりかねたアンドロイドの一体が、監視者に歯向かえば、その場で破壊されました。なんと、素手で。しかしそうしているうちに
アンドロイドの数は減っていき、研究員達は実験は失敗したと見なしました。研究員たちは残りのアンドロイドの電子頭脳から感情プログラムのみを吸出し、本社の奥深くへと保存し、実験の再開を試みたのです。」

 クリプトンは、過去にもそんなことをしていたのか・・・・・・。
 保存、ということは、サーバーだろうか。

 「しかし、いざ実験を再開しようとした時には、不思議なことに、この感情プログラムが全て消えていたのです。全く持って不思議です。その後新たに今ボーカロイド達に搭載されているものが開発されました。ちなみに、その時は実験の類は行いませんでしたね。そして、博貴さんの雑音ミクに、家庭用アンドロイドとして初めて搭載され、その後開発されたボーカロイドにも搭載されていって、今に至るわけですが・・・・・・。」

 最後に、彼は恐ろしい一言を付け足したのだ。
 
 「話で出てきた実験ですが、今もどこかで続けられているようです。」
  
 あの実験が、今もどこかで続いている。
 何のために?
 僕は、監視者、と聞いたときから、何か引っかかるものを感じていたが、なかなか浮かび上がってこなかった。    
 とにかくその話は、鈴木君が僕に何気なく話した昔話だった。
 僕としては、保存したはずの感情プログラムがサーバーから消え去ったというのが、まるで怪談話のような寒気を感じたのだった。
 消え去ったのではなく、どこかへ移ったのか。
 感情プログラムだから、自らの意志でどこかへ言ってしまったのではないだろうか。
 今も、クリプトン内部のどこかを彷徨っている・・・・・・まるで幽霊だ。
 いや、幽霊なのだろう。
 そんなことを思い浮かべていると、突然、部屋のドアがノックされた。
 「お邪魔します。」
 そう陽気な声と共に入ってきたのは、英田さんだ。  
 「ちょっと、手が空いたので、様子を見に来ました。」
 「いいのかい?」
 「大丈夫ですよ。網走さんも、寂しかったでしょう?」
 「言われてみれば、ね・・・・・・。」
 そのとき僕は、またあの話を思い出した。
 彼女に話してみたら、どんな反応を示すだろうか。
 「そうだ、英田さん。ちょっと、僕の話を聞いてくれますか?」
 「あら、何ですか?」
 「ちょっと、昔の話なんですがね・・・・・・。」
 僕は語りだした。
 が、そのとき、彼女の白衣のポケットからアラームが鳴り出した。
 「ちょっと、すいませんすぐ戻らないと・・・・・・!」
 彼女はわき目も振らず、この部屋から走り去っていった。
 何があったのか、問いかける間もなく。
 僕には分かった。彼女の持つ仕事は、書類仕事なんかじゃない。
 あの焦り方を見れば分かる。
 僕に嘘をついているんだ・・・・・・。
 嘘をついてまで、僕に何を隠すというのだろうか。
 彼女のしていることが、気にかかって仕方がない。 
 

 「・・・・・・もうすぐ、目覚めるのね・・・・・・でも・・・・・・なんて可愛そうな子達なの・・・・・・。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

I for sing and you 第二十七話「昔話」

この回、超重要です。
しっかし字数多いなぁ・・・・・・。

もっと見る

閲覧数:128

投稿日:2009/04/22 23:13:46

文字数:4,749文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました