「じゃあ、行ってくるわね」

画面越しに見えるあなた。
画面越しに聞こえる声。

「お気をつけて、マスター」

手を伸ばそうにも、絶対に越えられない壁が阻む。

今日もマスターは、朝早くから出掛けてしまう。
仕事、というのだそうだ。

彼女は一度出掛けると、遅くまで帰ってこない。
頼りにされているらしく、次々と仕事を任されてしまい、結局毎日残業になるんだとか。


……断れない、マスターのそんな性格も、要因の一つなんだろうな。

1人、ディスプレイの中で彼女を待つ。

もっと、彼女のそばにいられたら……

画面越しなんかじゃなく、同じ世界にいられたら……


疲れて帰ってくる彼女は、パソコンを見ることもせずに寝てしまうこともある。



寂しくないと言ったら、それは嘘だ。



だけど、疲れている彼女にわがままを言って迷惑をかけることもできない。

せめて、同じ世界にいられたなら、僕が彼女に何かすることもできるかもしれないのに。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

「……ただいま」

「お疲れさまです、マスター」

「知ってる?カイト。今度の月曜日の夜、流星群が見えるんだって」
「流星群、ですか?」
「うん。空に流れ星が降るんだ。ひとつの流れ星が流れている間に3回お願いことをすると願いが叶うんだって」

願いが……叶う?

「まぁ、あんまり早すぎて、3回はおろか1回も言えないからね。あってないような、おまじないというか、迷信というか……」

人間に3回言うことは無理でも、VOC@LOIDの僕にはできるんじゃないだろうか?

「流星群、楽しみですね!」
「カイトも、見たいの?」
「はい!」
「じゃあ、月曜日の夜、ね。そのときは、カイトをノートパソコンの方に移して、持っていけばいいのかな」
「そうなりますね」
「じゃあ、そうしとくね。明日も仕事だから、今日はもうお休み」
「お休みなさい、マスター」


流星群が見られる日まで、後1週間弱。
もしも本当に、3回言えば願いが叶うのなら……

僕が願うことは、他でもない。

マスターと同じ世界で、マスターとずっとずっと一緒にいること。

端的な言葉で言うと、実体化と言うらしい。

3回言い切るためには、どのタイミングで、どれくらいのスピードで言えばいいんだ?

誰なら、知っているだろうか。

VOC@LOID間コミュニケーションサービス、VSNSを立ち上げる。

ーKAITOがログインしましたー

ミク:あっ、兄さん久しぶり!
MEIKO:もしかしてマスター出掛けてて暇なの?
KAITO:それを言うなら君たちこそ。
MEIKO:まーまー、最近過疎ってたし、ちょうどいいわ。
KAITO:ところで、流れ星の流れる速さって分かる?

レスが、パタリと無くなる。

数分後……

ミク:ごめん、私難しいことはわかんないや。
MEIKO:先生あたりなら、知ってるんじゃないの?
KAITO:そうか、ありがとう。聞いてみる。
ミク:ところで兄さん、何でそんなことを唐突に?
KAITO:いや、まぁこれには色々あるんだよ。
   今度の月曜日、流星群が見られるらしいしね。
MEIKO:あ、3回言うと願いが叶うとか言うやつ?
ミク:じゃあ、お願い事があるんだ!何なに?
KAITO:教えないよ!

もう一つタブを開いて、先生にメッセージを送る。

KAITO:→キヨテル
   突然すみません。
   流れ星の流れる速さって分かりますか?

案外すぐに、レスが届いた。

キヨテル:→KAITO
     できないこともない……
     けど、すごく難しい計算になるよ。


大まかに秒速何mとか、そういった答えが返ってくるものと思っていた。
計算?
僕はPCソフトとはいえ、そんなこと、やったこともない。

キヨテル:→KAITO
     求めたいのは今度の月曜日の流星群かい?

KAITO:→キヨテル
   はい。それです。

キヨテル:→KAITO
    求めるには相当量の専門知識が必要になる。
    どうしても求めたいの?


この機会を逃してしまったら……
もう二度と僕が実体化してもっとマスターの近くにいるなんて大それた願い、叶いやしないだろう。


KAITO:→キヨテル
   はい、絶対に求めたいんです。

キヨテル:→KAITO
     分かった。そこまで言うなら。
     月曜日に間に合うよう、急いで基礎知識と計算法を教える。覚悟してて。本当にきついと思うけど。


この日から、僕の地獄の1週間が始まった。



Vtalking(テレビ電話やSkypeのようなもの)に接続し、先生の映像授業を受ける。

「力が働けば、加速度が生じる。加速度が生じているならば、力が働いている。加速度が0っていうのは、物体に働いている合力が0ってことね。ma=F。はい、今覚えて。それから流星の質量をmとした場合、空気抵抗が速度に比例してkvで表されるから……」

今日1日だけで、どれだけの知識が詰め込まれたんだろうか。
10分もしないうちにパンクしそうになる頭に、無理矢理叩き込む。

必死に計算している間に、先生は新たな資料を持ってくる。

「これは今回の流星群に関する衛星観測データだ。ここを見てもらうと分かるとおり、この物体が大気圏に突入するときに大体これくらいの質量、密度がこれだけだから体積はここの値の通り、物質の組成がこうだからある割合で燃焼して……」

僕はもちろんスーパーコンピュータなんかじゃないから、書き込まれたデータを記憶し続けることはできても、とても計算は遅い。

「KAITOだけじゃきついか。今ちょっと助手を呼んでくる。ユキ、来てくれ。計算してほしいものがある」

「はい、先生」

……助手って言うか、明らかに小学生……。
ユキは僕の方を見たかと思うと軽く睨んで言い放った。

「何ですか、あなた。先生の助手候補か何かですか?先生の助手なら私1人で十分ですからね。あと、先生に気安く物事頼まないでください。先生だって忙しいんですから……私との時間で♪」

何か……随分と癖のある助手だ。
それに色々と問題があるような気がするが…

「手を止めるな。計算しなくてはいけない事柄はまだ山ほどある」
「はい!」



流星の軌道が求まったかと思えば、熱や光に変換されるエネルギーを考慮する必要が出てきて。

それだけでは終わらない。

光に変換されたもののうち、どれくらいが可視光領域か、見えている時間がどれくらいか、燃焼するための反応速度がどれくらいかをさらに求めなくてはならない。


「ただいま、カイト」
「お帰りなさいませ、マスター」
「あのね、カイト……」
「申し訳ございませんが今は……」


「電車の中で曲を思いついたんだよ」
「すみません、今計算しておりまして」


「アイス、買ってきたんだけど……」
「冷凍庫に入れておいてください」

最終的に流れ星ひとつが見えている時間、願い事を言うために僕が出すべき速度を求めるために、幾度マスターを邪険にしてしまっただろうか。

「KAITO、ここ、計算ミスしてる」
「や、やり直しですか!?」
「以下の式にこっちのBの値を代入してくれ」
「先生、途中まではできてます」
「ユキ、ありがとう」

ろくに寝てもいない。
マスターの寂しげな顔も目に浮かぶ。
僕だって、マスターと話したい。

けれど、先生やユキがこれだけ協力してくれている。
僕も、ここまで頑張ってきた。

何より、未来のため。
マスターと、同じ世界で、ずっと一緒に暮らす。
その夢を、叶えるため。

マスター、ごめんなさい。
必ず、必ずそっちへ行きますからね。



帰ってきても、新曲の話をしても、アイス買ってきたと言っても、カイトが素っ気ない。

私がずっと残業で遅かったから、寂しかったのかな。

疲れて帰ってくると、ほったらかしで寝ちゃうこともしばしばだったもんな。

こんな、寂しいような悲しいような感覚を、私はずっとカイトにさせてきてしまったんだね。

私、ダメだな。
こんなんじゃ、マスター失格だよ。

本当は仕事なんて放り出しても、まっすぐ帰ってきたい。

でも、次々に任されてしまうんだ。
きっと、上司からも同僚からも、ひいては後輩にすら、私の断れない性格を見透かされて、利用されてるんだとは分かってる。

残業代がたくさん降りても、そんなに使わないしなぁ。
やっぱり、ちゃんと断って時間を大事にすべきなのにな。

ずっと、動きっぱなしのパソコンを、ぼーっと眺める。

ちょっと前は、マスターマスターって、笑ってたのにな。

「ねぇ、カイト」
「申し訳ございませんが今話しかけないでいただけますか?」
「……ごめん」

謝ろうにも、もう、嫌われちゃったのかな……

いくら仕事ができたって、お金があったって、1人じゃ意味ないよ。
どうしたら、カイトは許してくれるんだろう…?

明日は、月曜日。
流星群を見る約束だけど……
そのために、無理矢理有給をとったけど……

一緒に行ってくれるかな…?




「いやったぁあああああああああっ!!!」
「よく頑張ったな、KAITO」
「まぁ、先生の手を煩わせたんだからこれくらい出来てくれないと、ね」

月曜日、17時58分。

流れ星の流れる時間、速さ、軌道、見えている時間、言うべき速度……そのすべてを求めることが出来た。

あとは、3回言うための練習をするだけ。
正直これは、上手に歌うなどと言う必要がない分、数値を入力する以外にあまりやることはない。


18時46分。

流星群は南の空に、19時過ぎから見える。

有給を使ってまで家にいてくれたマスターに、声をかける。

「マスター、流星群見に行きましょう」
「…か、カイト!?」

ここのところずっと邪険に扱ってしまったからか、驚いている。

「約束、でしたでしょう?」
「だって……カイト、私のこと嫌いになっちゃったかと思ってたから…」
「泣かないでくださいよ。僕がマスター嫌いだなんていつ言ったんですか?」
「言ってないけど……だって…」
「とりあえず行きましょう。始まっちゃいますよ。ほら、涙拭いてください。見えなくなっちゃいますから」

涙を拭ったマスターは、僕をノートパソコンに移し、ビルの屋上へ連れていく。

人間の体温からすると外は、冷え込んでいるんだそうだ。

マスターの隣で、僕も空を見上げる。

そして、ついに一筋の光が流れる。

一筋、二筋、三筋……

そのうちのひとつの中で、僕は唱える。


実体化してマスターと暮らせますように。
実体化してマスターと暮らせますように。
実体化してマスターと暮らせますように。


なんだ、私、嫌われてなかったんだ……
だとしたら、ここ最近のカイトはどうしたんだろう?

それはともかく、だ。今はせっかくの夜空に集中しよう。

言えっこないことはわかってるけど、何をお願いしようかな。


ちゃんと断れるようになれますように、とか。
もっと自分の時間をもてますように、とか。
カイトを寂しくさせないですみますように、とか。

でも仮に言えたとしても、こんなにたくさん神様も聞き入れられないよね。


「あっ!」

最初の流れ星が流れる。

次々と夜空に光が散る中で、隣で何か、聞き取ることの出来ない声が聞こえた。

お願い事……かな?

空を見上げ、もう一度隣を見ると、そこにノートパソコンは無かった。

「嘘……どうして?」

辺りを見回しても、パソコンの様子はない。

「どこ?どこにあるの?カイト?返事をして!」

ふとその瞬間、後ろから誰かに抱きしめられた。

「僕は、ここですよ。マスター」




あれから少ししたある日、上司から呼び出された。

「ちょっと、君きみ」
「はい、何でしょう」

はぁ……どうせまた、追加の仕事とか言うのかもしれないけどさ。

でも、今日こそ断るんだから!

「急遽新人が入ってさ。新人教育、任せちゃっていいよね。君、頼りになるし」

冗談じゃないわ!
どんどん私の時間が浸食されるじゃない!
せっかくカイトがこっちの世界に来てくれたのに。

「申し訳ございません、私、今の仕事で手いっぱ…」
「彼、君じゃなきゃ嫌だっていって聞かないんだよ…」
「はい!?」

「今日からこちらの部署で働かせていただくことになりました、始音カイトです!」

「は、はいいいいいい!?」

嘘でしょ!?いつの間にうちの面接受けてたのよ!

「これでもっと、一緒にいられますね」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

流れ星

少し長編。
マスターのそばにいたいと願うKAITOの話。

もっと見る

閲覧数:171

投稿日:2016/01/03 16:23:12

文字数:5,217文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました