この世界には6つの大陸がある。
 昔、7人の大いなる神率いる7つの神々の集団は世界の統治について討論した。
 争いが起きかけたこともあったが、最終的には6つの大陸をそれぞれ7人の大いなる神が統治することになった。
 
   ユッセリター 大陸を統治する     ラー
   ホルミイド  大陸を統治する     オーディン
   ケレオフ   大陸を統治する     ゼウス
   エアディテス 大陸を統治する     ブラフマー
   キウロ    大陸を統治する     ヤーウェ
   サマンカラ  大陸の北半分を統治する ティアマト
   サマンカラ  大陸の南半分を統治する ダグダ

 これから織りなすは、ケレオフ大陸を統治するゼウスに仕える一人の神の話。



 アルテミスは銀色に輝く弓と矢を携え、青空を仰ぐ。
 
 オリュンポス山の頂上に住まうと言われる12大の神々。
 だが実際には、彼らはオリュンポス山には住んでいない。
 そこはただの集いの場であるだけ。彼らにはそれぞれに住む場所があり、また旅をしている者もいる。
 またオリュンポス山に集うことも実際はあまりない。
 その中の一人が狩猟の女神であるアルテミス。
 彼女は弓の名手で、まさに100発100中、狂いなしの狩人である。
 その彼女にはひとつ大きな特徴がある。


 アルテミスは笑わない。

 
 それ以上に、表情すら存在しない。
 いつも無感情でいる。
 どんなことに対しても、表情が変わることも、動揺する様子もない。
 果たして彼女の心境がどんな状態なのか分かる者は誰もいない。
 だが、もちろんその特徴は生まれつきのものではない。
 アルテミスも元は感情豊かな女神だった。ある事件が起こるまでは…………。
 
 アルテミスは遠くを見つめる。その先にあるものは……?


 そう、それはもう今よりも何百年も、もしかすると、千年以上も前のことかもしれない。
 そのころは、アルテミスはいろいろと旅をしていた。
 ニンフを連れたり、兄のアポロンと共に二人旅をしたり、また、一人旅をすることも多かった。
 食料は勿論その自慢の弓の腕前で狩猟して集めたが、町に訪れることもたびたびあった。
 一般の人からはアルテミスは女神には見えない。
 珍しい服装ではあったとしても、神が本当にいると信じている者はどれほどいただろうか。
 一般人から見れば、アルテミスはただの旅の女狩人であった。そして、アルテミスもそれ相応に美しかった。
 だが、アルテミスは兄以外の男は嫌いであり、男性がすり寄ったとしても追い払われるのが落ちだった。
(自分は絶対に結婚はしない)
 そう断固していたアルテミスは、だが、ある男に出会ってから考えが変わる。
 
 そのとき、アルテミスはちょうど一人旅の途中で、森で狩猟をしていた。
 三方向に同時に逃げていく3匹の獣。
 アルテミスはその二匹を軽々と仕留めたが、三匹目はその時点ですでにかなり離れていて、アルテミスが矢を放った瞬間、その獣がたまたま逃げる方向を変えたために、矢は空を切った。
 だが、直後、もう一本の矢がそれを射止めた。
「腕が立つねえ。二匹の獣を軽々射止めるなんて。二頭を追う者は一頭も得ずってことわざはお前には当てはまらないか?」
 声にアルテミスは振り返る。
 そこには黒い弓を携えた男が立っていた。
「あなたは?」
「俺はオリオン」
「オリオン?」
 アルテミスが訊き返したことにオリオンは驚く。
「これでも一応、世界一の弓使いと呼ばれているんだけどな。知らないか?」
「……マイスター?」
「〝弓のマイスター〟だ」
 
 マイスターというのは各大陸で神々がそれぞれ決めた武器の神以外の最強の使い手として選ばれた者の称号、呼び名である。 
  
   ユッセリター 剣のマイスター
   ホルミイド  槍のマイスター
   ケレオフ   斧のマイスター
   エアディテス 弓のマイスター
   キウロ    魔導書のマイスター
   サマンカラ  杖のマイスター

 マイスターに選ばれた者は、神々の戦乱の時にその大陸の神のために戦うことが仕事である。
  
 その男がアルテミスの考えを変えた男である。
「それに少しは顔に自信があるんだけどな」
 そう言ったオリオンは見ると確かに稀にみる美形の男だった。だが、アルテミスは美形ということよりも弓の名手ということが気になった。
「顔は分からないが、なかなかの腕前のようで」
「まあな、だてに〝弓のマイスター〟に選ばれたわけじゃーない」
 自信満々に言うオリオンにアルテミスが一言。
「それでも私には勝てない」
「何だと? アルテミスだろうと負ける気はしないぜ」
 その一言に今度はアルテミスが驚く。
「な、なぜそれを!?」
 その驚きようにオリオンはいい気になって答える。
「そりゃあ、マイスターだからそっちの方には詳しくてね」
「……なるほど」
 ゆっくりとうなずくアルテミス。
 半分考え気味のアルテミスにオリオンは訊く。
「それよりも、狩りに行かないか?」
 アルテミスはきょとんとする。
「狩り?」
「ああ。どっちの方が腕が立つかも調べたいしな」
「いいでしょう、その挑戦受けて立ちましょう」
 アルテミスは弓を引くのだった。

 マイスターは神々の戦乱を手助けする役目だが、神々が戦うこともないこの平和な時代において、マイスターは全くと言っていいほど仕事がない。
 アルテミスもただ一人旅をしているだけで誰かに旅をせかされることもない。
 特別な用事もない二人はそれからというもの、時折あっては共に狩猟し、腕を競い合った。
 オリオンの腕前はアルテミスと並ぶほどで、競い合いは勝ったり負けたりと勝負らしい勝負になった。
 何かを賭けているわけではないが、それでもアルテミスにはプライドというものがあり、悔しい思いをもうしないために必死に練習をしたり、オリオンの技を研究したりした。
 オリオンをよきライバル、勝負相手としてアルテミスは思っていた。
 そう、思っていたのだ。
 だが、感情というものは知らないうちに変化し、そして、新たに芽生えるものである。
 それにアルテミスが気付いたのは、オリオンといつものように競い合って狩猟をしていたときだった。
細い獣道を逃げていく獣にアルテミスはゆっくりと弓を引き、狙いを定め、そして、一閃。
 ばたりと獣の倒れる音がした。
「おお。さすがだね」
 そう言ってオリオンは体を傾けてその獣道を覗いた。
 その時だった。
 たまたま、オリオンの顔がアルテミスに近づいた。
 正確には横顔。
 顔はアルテミスと同じように獣道を見つめている。
一般の男なら、そして、会ったばかりのオリオンならアルテミスはどうも思わなかっただろう。どうも感じなかっただろう。
 いや、むしろ嫌悪したかもしれない。

 だが…………その時は?

 オリオンの顔が近づいた瞬間、アルテミスの顔が赤に染まり、胸の鼓動がいつもより速く激しくなったのだ。
(この感情って…………?)
 アルテミスは瞬間、自分のその状態、変化に驚き、戸惑い、そうなった理由が分からずに大いに混乱した。
(も、も、もしかして、わ、私、オリオンに……!?)
「どうした?」
「!? あ! い、いえ、大丈夫」
 オリオンの言葉にハッと我に返ったアルテミスは慌てて答える。
「そうか」
 オリオンはまた、獣道を覗く。
 あまり気にしている様子のないオリオン。
 そのオリオンの胸にはどんな感情が抱かれているのか、アルテミスには分からない。だが、アルテミスには分かっていることが一つ。それは自分の胸に抱かれている感情の意味すること。
 気付くと、アルテミスの中でオリオンは、赤の他人からライバル、勝負相手、毛嫌いしない男、仲の良い友達を経て、束の間、気になる、思いを寄せる、そして、恋する相手になったのだ。
 しかし、アルテミスにはその感情をオリオンに伝えようとはしなかった。
 それはライバルでもあるからか、神としてのプライドからか、それともただ勇気がなかったのか。
 いずれにしても、二人の狩猟対決は変わることなくその後も続いた。
 思いもよらぬ事件が、殺し合いという名の本当の対決が起こるまでは……。
 
 二人の仲は神々の間で有名になった。
「あの、男嫌いのアルテミスがオリオンと仲良さげに狩りをしているらしい」
「えぇ。わたくし、たまたまその場を見ましたが、本当に仲良さそうでしたわよ」
 神々は二人がいずれ結婚するだろうと噂した。
 だが、それを気に喰わないと思う神が一人いた。
 名をアポロン。
 竪琴の神にして弓の名手であり、アルテミスの兄であるアポロンは、唯一自分だけがアルテミスが許す男であったのに、オリオンが現れてからというもの、オリオンも許す男になってしまったことを恨んだ。
 だが、もちろん表だってオリオンをアルテミスから遠ざけるような無粋な真似は出来ない。
(ならばどうすれば?)
 考えを巡らすアポロンは、そして。
(なるほど)
 一つの策を思いついて含み笑いする。
 アルテミスとオリオンを引き裂く事件が起ころうとしていた。
 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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AuC 金のダイヤモンド  外伝 双死双哀 1/2

ヘルフィヨトルです。
今回もまた「AuC 金のタイヤモンド」の外伝ですw

今回は世界観がたくさん入っています!
後半もあるのでそれも読んでくれると嬉しいです。

追加:最新バージョンはエメルさんの指摘によって三か所ほど直したものです!

閲覧数:162

投稿日:2009/08/06 00:11:06

文字数:3,815文字

カテゴリ:小説

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