注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
外伝その二十三【メイコの思案】に登場した、キヨテルの過去エピソードです。
なお、このエピソードは本編からは完全に独立していますので、単独で読めると思います。
重めの話となっていますので、そういうのが苦手な方は読まないことをお薦めします。
【やまない泣き声】
あれは、僕がまだ高校に通っていた時のことだ。授業が終わり、いつもと同じ道を歩いて家に帰る。ほとんど無意識に家のドアを開け、靴を脱いで、「ただいま」と言った。そんな僕の視界に入ったのは、見慣れない小さな女の子だった。
「…………」
女の子は居間の畳の上にきちんと正座して、僕をじっと見ている。髪を二つに結んだ、可愛らしい子。小学校低学年ぐらいだろうか。一体、この子は誰なんだろう? 僕は唖然として、その子を眺めていた。親戚にはこんな子はいないはずだし。そう思っていると。
「キヨテル、お帰り」
母さんが台所から出てきた。手にはクッキーの缶がある。
「ただいま。……その子は?」
「ああ、あのね。歌愛ユキちゃんていって、この近所に越してきたそうよ」
母さんは何だか嬉しそうだった。クッキーの缶を開けて、中身をお皿に乗せ始める。
「キヨテルも帰って来たことだし、一緒におやつにしましょうね。ユキちゃん、こっちはうちの息子のキヨテルよ。高校二年生なの」
「はじめまして、歌愛ユキです。小学校の二年生です」
ユキと名乗った女の子は、ぺこっと頭を下げた。つられて僕も頭を下げる。
「氷山キヨテルです」
小学生相手に何をやっているんだろうと思ったけど、なんとなく、そうしないといけない雰囲気だった。母さんが「何あんた、お見合いじゃないのよ」と笑い出す。
「キヨテルもクッキー食べる?」
「ああ、うん」
頷くと、母さんは僕の分のお皿を取りに行った。僕は落ち着かない気分で、ユキを眺めていた。僕は一人っ子で、親戚筋にも年の近い子はいない。だから、こんな小さな子と接した経験なんてほとんどなくて、どういう態度を取ればいいのかもよくわからなかった。
しばらく無言で見つめあっていると、母さんがお皿を持って戻ってきた。僕の分のクッキーを皿に乗せて、それから紅茶を淹れてくれる。あ、ユキのカップ、以前母親が衝動買いした、小鳥とバラの模様の奴だ。買ったはいいけど、誰も使わなくてしまわれっぱなしだったカップ。
ユキは「いただきます」と手をあわせて、お行儀よくクッキーを食べ始めた。そんなユキを、母さんは嬉しそうに眺めている。
「母さん、どうしたのこの子」
「それがね、ちょっと行ったところにアパートがあるじゃない? 買い物帰りにあの前を通りかかったら、ユキちゃんが所在なさそうにうろうろしていたの。聞いたらなんでも、鍵を忘れて家に入れないって言うのよ。それで『良かったら、お母さんが帰って来るまでうちでおやつでも食べない?』って誘って、来てもらったのよ」
いいんだろうか、そういうことをして。誘拐とかと間違われたりしないのか?
「ユキちゃんのお母さんが戻ってきたら、娘がいないって心配するんじゃないか?」
「大丈夫よ。ドアに事情と連絡先書いたメモ貼っておいたから。戻ってきたら、うちに連絡くださいって」
母さんもそれなりに考えているようだ。ユキの母親が戻ってきても、それなら心配しないで済むだろう。
「ユキちゃん、クッキーは美味しい?」
「はい」
デパートで買ってきた奴だろ、と思いつつ、母さんが嬉しそうなので、僕は口を挟めなかった。母さんが「じゃあ、もう少しあげましょうね」と、ユキの皿にクッキーを追加してやる。
僕たち二人がおやつを食べ終えると、ユキは母さんに、ここで宿題をしてもいいかと尋ねた。母さんは当然「いい」と答える。そして、とんでもないことを言い出した。
「わからないところがあったら、キヨテルに教えてもらいなさい」
「ちょっと母さん!」
勝手に決められてしまい、僕は慌てた。なんで僕が、会ったばかりの子のおもりをしなくちゃならないんだ。
「いいじゃない。あんた高校生でしょ。まさか小学生の勉強がわからないっていうの?」
「そんなわけないだろ!」
「じゃ、お願いね。母さんは晩御飯の支度があるから」
そう言うと、母さんはさっさと皿を下げに台所に行ってしまった。なんでこう、強引なんだろう。途方にくれていると、くいくいと制服の裾を引っ張られた。
「うん?」
見ると、ユキが僕の制服の裾を引っ張っているのだった。
「……ユキ、いたらめいわく?」
なんだか泣き出しそうな顔をしている。僕は慌てて首を横に振った。こんな小さな子を泣かす趣味なんてない。
「そんなことないよ。いきなりだったから驚いただけで」
僕の言葉を聞いたユキは、ほっとした表情になった。そして傍らに置いてあったランドセルを引き寄せて、中から教科書とノートを取り出し、卓袱台の上に広げた。
……やれやれ。これは、つきあわないといけなそうだな。仕方がないので、僕もユキの隣で自分の教科書とノートを広げる。いつもは自分の部屋で勉強するので、少し落ち着かない。しかも隣に、会ったばかりの女の子がいるんだし。
ユキの様子を伺いながら、僕は勉強した。ユキは大人しくて、ひどく静かな子供だった。僕には子供というとやかましいイメージがあったので、実をいうとかなり驚いてしまった。ユキはもくもくとノートに漢字の書き取りをし、それが終わると計算ドリルをやり始めた。一度だけ「ここ、これであってる?」と訊かれたので、僕はざっと視線を走らせて、「あっているよ」と答えると、嬉しそうに微笑んだ。
そうこうするうちにユキは宿題を終えた。宿題を終えると、ユキはノートと教科書を閉じて、所在なさげにし始めた。
こうなると、僕も集中できない。相手をしてあげればいいんだろうけど、僕は子供、それも女の子と接した経験なんて皆無に等しいから、何をすればいいのかがわからない。うーん、どうしたらいいんだろう。
「……ユキちゃんは、何が好き?」
することがないのなら、作ってあげればいい。そう考えたので訊いてみると、ユキはしばらく考えて「歌うのがすき」と答えた。歌か……僕も好きだが、高校生と小学生じゃ、当然、聞く音楽だって違うだろう。それに、歌なんか歌われたら、僕が勉強に集中できない。
「他には?」
ユキはまたしばらく考えてから、「お絵かき」と答えた。お絵描きね……僕はユキに断ってから自分の部屋に行って、古いプリントの束を引っ張り出すと、それを抱えて戻った。そのうち捨てようと思っていた奴なんだが、裏は真っ白だ。
「これあげるから、裏に何か描いていいよ」
「……ありがとう」
プリントを受け取ったユキは、早速紙に色々と描き始めた。僕はそれを横目で眺めながら、勉強を続ける。ユキが描いている絵は、女の子なら誰でも描きそうな感じの絵だった。花畑が広がっていて、その中にドレスを着て冠を被った女の子が立っている。周りには何だかよくわからないけど、動物がたくさんいた。
それが、僕とユキの出会いだった。
ユキはその日、結局、晩飯まで家にいた。要するに、ユキの母親が迎えに来たのがそれくらい遅い時刻だったってこと。だから、晩飯は四人で食べた。父さんも「こりゃ可愛いお客さんだなあ」と、ユキの存在を歓迎していた。いいんだろうか……。
「やっぱりもう一人、産んでおけばよかったわ」
ユキの母親がユキを連れて帰った後で、母さんは淋しげにそんなことを言った。それを僕に言われても困るんだけど。そう思いつつ、自分の部屋に戻る。戻ったところで、僕はユキがお絵描きをしたプリントを、自分の部屋に持ち帰ってしまったことに気がついた。古新聞入れに入れておこうと思っていたのに。
ユキが描いたいかにも子供らしい拙い絵を、僕は深く考えずにぱらぱらと眺めていた。女の子とか動物とか、そんな感じの絵。説明がないとよくわからないけど。でも、その中に。
卓袱台とおぼしき四角い台を前にして、背の高い男と小さな女の子が並んでいる絵があった。男は眼鏡をかけていて、女の子は髪を二つに結んでいる。そしてその絵の下に、こう書いてあった。
「ユキとお兄ちゃん」
……何故だかわからないけれど、僕はその絵を取り出して、机の引き出しにしまった。
ロミオとシンデレラ 外伝その二十八【やまない泣き声】前編
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える
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