午後3時30分。すでに黄金色に染まりつつある高度6万フィート上空を、私は亜音速の速度で飛行し続けた。硬いスーツ越しでも、風が摩擦し、体を締め付けるGの感覚が心地よい。
 しかし、あまり自由な飛行を楽しんでもいられなかった。ディスプレイに表示された通りの航路を飛行しなければならないし、高度も速度も固定されている。いわばクルーズ状態を維持しなければならない。
 それに、もうすでに見え始めている。高性能偵察カメラの映像に微かに映り始めた、巨大な機影が……。
「こちらFA-1。例の機体らしき機影にビジュアルコンタクト。かなり大型。IFF作動。アクティブジャマーも使う。」
 私は無線の向こう側に居るランスに向かって言うと、自分の意志でスーツに内蔵された各機能を働かせた。
 使いやすい。昔のより全然使いやすい……。私はすぐにそう思った。
電極によって私の体と接続されたスーツは、基本的には手足と同じように、頭脳から下した電気信号によって作動する仕組みになっている。翼を羽ばたかせるのも、エンジンの出力を調整するのも、レーダーや兵装の操作も全て「思う」事によって動かしている。
 でも、機械である以上遅延が発生するし、時にはスーツのコンピューターが私の意志を誤認し、思ったこととは別の操作が実行されてしまう時もある。私が水面基地で最初に来ていた試作型のスーツは実際そうで、改めて命令し直すことで細かい誤差を直す、なんていう手間の掛かることをしていた。
 でも、これは違う、軽く思うだけで望んだ機能が確実に作動するし、細かい調整もピタリと決まる。昔なら0.数%という単位で必ず誤差が出て、後から微調整していたところでも寸分も狂わない。的確に私の意志を汲みとっていて、むしろ予知までしてくれているようだ。スマートフォンもパソコンもこれには敵わない。
 そして目の前のバイザーには、視界を邪魔しないように、綺麗に整頓された見やすいインターフェイスによって、適度に情報が表示されてくる。画面解像度も上がっていて見やすい。
 便利で、簡単で、しかも性能もぐんと上がっている。進化しているんだ。こんな兵器が、私なんかに使われるために……。 
 複雑な気持ちだ。私の大好きな翼が、戦う道具としてより進化してしまっている。何より虚しいのは、私がそれに少しでも感心して、良いとしまったことだ。やっぱり私は、兵器として、兵器に共感してしまうサガでもあるのだろうか?
 「了解FA-1。こちらでも反応を確認。形状からネブラと断定した。接近しつつ速やかに識別せよ。警戒を怠るな。」
 「了解。」
 私はスロットルを開放して加速すると、敵味方識別装置と、攻撃の可能性を下げるための妨害電波装置を作動させて、レーダーの先にある物を開放して確認しようとした。
 「IFFは確認。空軍の大型輸送機と認識……。」
 カメラを最大望遠モードにすると、ブーメラン状の飛行物体があるのを確認できた。白い塗装が施されたそれは、確かに空飛ぶイージス艦ともいうべき大きさだった。その姿は徐々に大きくなっていき、カメラに頼らなくても十分機体の全貌を確認できる距離にまで私は接近していた。
 静かだ……無線の信号を送っても反応しない。攻撃を仕掛けてくるならすでに火器管制レーダーが照射されて、バイザーの中に対レーダー警戒装置の警報が鳴り響いているはず。
 「ランス、本当に無線にも何も反応しないのか?」
 <<本当だ。先の1時間で散々試された>>
 「攻撃してくる様子もない。向こうのレーダーならとっくにこちらを捉えているはずだ。」
 <<先の偵察機2機も、着艦寸前のところで撃墜された。おびき寄せて撃つもりだろう。更に接近しろ。レールガンの準備をしておけ>>
 「了解……。」
 レールガン……またこれを使う事になってしまうのか……。
 私は兵装制御システムを開放して起動させると、背中に搭載された2門のレールガンを展開し、いつでも発射できるように充電を開始させ、いつでも30mmタングステン弾を亜光速で撃ち出す準備を整えた。
 そして、敵からのミサイルを避けられるように、腰に装着した電子妨害装置、EMPも作動……もう戦闘は避けられない。私は確信した。できれば、一発も撃つことなく終わらせたい。でもそれもたぶん無理だろうとも思った。それに、向こうがもし撃ってくるとしたら、私を破壊するまで攻撃の手を緩めないだろう。そうなったらもう、撃つしか無い。
 速やかに四門ある相手のミサイルランチャーにレールガンを叩き込んで攻撃手段を沈黙させ、内部に続くハッチをレールガンで吹き飛ばし、侵入する……。
 頭の中で即座にシミュレーションを展開し、組み立てた私は、更に加速してネブラの下方から急接近を始めた。
 しかしその瞬間、バイザーの中に、外部からのレーダー照射を始めた告げる警報が鳴り響いた。不穏なテンポと音が、私にずしりと重い緊張感を抱かせる。向こうもまた、いつでも引き金を引く準備ができているんだ……。
 <<警告! ネブラのレーダーにロックオンされている!! 先手を打てFA-1!>>
 「分かっている……。」
 それでも加速は止めず、私はレールガンの安全装置を解除し、レーザー照準器でミサイルの発射口に狙いを定めた。後は、撃つだけ……。
 「こちらFA-1。ランス、レールガンの発射準備が整った。」
 <<了解、直ちに……>>
 ランスが言いかけた瞬間、レーダー警戒装置の警報が、レーダー照射の警報から、高速で飛来する熱源、ミサイルの接近へと変わった。バイザーの中に、けたたましく甲高い音が鳴り響く。
 同時に、ネブラの機体の中腹から、白い飛行機雲を描く無数の物体がこちらに接近しているのが見えた。速い。数は8。
 <<ネブラから対空ミサイルが発射された! 回避しろFA-1!>> 
 <<ミク!!>>
 ランスと一緒に博貴が声を上げた。
 「大丈夫だ。反転しつつ攻撃!」
 私はウイングのスラスターを瞬間的に最高値まで叩き込み、ぐるんっ、と体を翻した。体の各部に、局所的かつ強力なGが、図太い荒縄となって重さ50kgもない私の体を瞬間的に締め上げ、天と地の認識が瞬間的に二回転する動きに合わせてざわざわと蠢き、カーボンナノチューブの筋肉と複合マグネシウム合金の骨格で出来た私の体にも容赦無い負荷が轟いた!
 「グゥッ……!」
 そして即座に体勢を立てなおすと、私はミサイルに背を向けて急加速した。マッハ6まで数秒で加速できるこのスーツの性能なら、軽量で速度に優れたミサイルでも機動力で回避できる。
 私は襲いかかるミサイル達から十分な距離を取ると、急制動して一瞬だけ体を遥か背後のミサイル達に向けた。そして二門あるレールガンの照準を最も近いミサイルに向けて、私は初弾を撃ち出した。
 2mに及ぶレールから電磁気の力を持って弾き出された弾丸は一筋の雷撃となって空を突き進み、その進行方向には幾つもの爆発が連なった。更に同時に、ネブラの左翼側上部のミサイルランチャーの「眼」となる光学センサーユニットが、木っ端微塵に粉砕されたのを確認した。
 長い距離を取ってミサイルを引きつけたことで、8発のミサイル全弾は一直線の列として連なり、私を追いかけていたのだ。そこに私がレールガンを撃ちこむことで、亜光速の弾丸がそれらを一気に貫いて撃墜したのだった。亜光速で空中を直進する弾丸は、たとえ直撃しなくても、付近を通過しただけで強烈な衝撃波を発生させ、ミサイルの機動力を完全に圧殺する事ができる。最近のミサイルは一度回避しても反転して再度追尾してくるから、何度も回避するより撃墜したほうが楽だ。
 更にネブラのミサイルランチャーにも命中するように角度を調整したことで、たった一発の弾丸で、相手のミサイル消耗とランチャーの破壊という結果を出すことが出来た。
 「ミサイルの全撃墜を確認! ネブラの左翼上部のランチャーも破壊され、近接防御火器システムもダウン!」
 「すごい……ミク……。」
 ランスが興奮気味に声を上げ、博貴も思わず感嘆の声を漏らしたようだった。あの光学センサーは、接近するミサイルを迎撃するための20mm機関砲の眼も兼ねていたようだ、
 「こちらFA-1。引き続きランチャーの破壊に入る。」
 私が無線に告げている内にレールガンの再充電が完了し、私は続けて2発を同時に発射した。光に近い速さで直進する雷光が、ネブラのミサイルランチャーにある光学センサーを撃ちぬいていく。敢えて直接ミサイルランチャーを狙わないのは、内部のミサイルに誘爆してネブラに必要以上のダメージを与えないようにするためだ。
 しかし、ネブラからは尚も立て続けにミサイルが発射されていた。
 <<第二波来るぞ>>
 「分かってる。」
 私は速度を速め、一度距離を離したネブラに再接近しつつ、レールガンを放ち迫り来るミサイルを撃ち落とした。高速接近するミサイルが、空中で花開くように爆炎と化してく。粉砕されたミサイルの破片が当たらないように、細かく翼を動かして緩やかな回避運動を取りながら、私はただ黙々と、この巨大な銃による破壊を行った。
 銃声、炎、爆音……耳心地良くない轟音が、何度も胸の奥底にまで響き渡る。
 そして、最後のミサイルランチャーが完全に無力化されると、私はネブラの後部ハッチへと距離を狭めた。
 <<全光学センサーの破壊を確認。火器管制システムにも甚大な損傷が発生し、ネブラの対空攻撃能力は完全に沈黙した。FA-1、見事だ>>
 「ハッキングの方はどうだ?」
 ここまでやって中に入れないとなったら、いくらなんでも少し嫌だな……。
 <<今やっている。スーツを介して内部に侵入する。発着艦完成プログラムにアクセスしている……よし、特に妨害もないようだ>>
 「行けそうか?」
 <<行けるぞ。機体後方下部にあるアンドロイド用の着艦システムに接近してくれ。警戒は怠るなよ>>
 「了解。」
 私はエンジンの推力を上げてネブラの後方に接近した。その下面には、確かにアンドロイドや航空機を格納するための特殊な設備が見える。
 しかし不気味だ。攻撃をしてきたということは私の侵入を拒んでいるはずだ。ランスがわざわざハッキングするぐらいだから、妨害しようと思えばできるはずだ。敢えて私を招き入れている……? まさか。ちゃんと攻撃はしてきた。でも、だからこそ絶対に中に入らなければならない理由が出来上がってしまっていた。
 ネブラの後部ハッチに接近すると、今度は私がランスに無線をかけた。
 「内部の様子は把握できるか?」
 <<それは無理だ。流石にセキュリティ関係には外部からは手が出ん。今は無線同様完全なオフラインになっている。その手の情報を管理している端末やサーバーが物理的に接続できない状態になっているのだろう>>
 「中に入って直接見て回るしか無い、か……。」
 <<そうだ。ハッチを開く。注意しろ>>
 <<ミク…気をつけて…>>
 ランスと博貴が言うと同時に、ネブラ後部のハッチが、上下に折りたたまれる形で開きはじめた。私はレールガンを展開していつでも発射できるようにした。が、ハッチが開ききるとそこは空洞で、他にアンドロイドや航空機の姿も見当たらなかった。
 「中は大丈夫だ。」
 <<よし、今から着艦用フックアームを展開する。お前のスーツにも対応しているから、現在の飛行を維持しつつ、アームに身を任せて内部に引き込まれろ。いいな?>>
 「了解だ。」
 すると、ハッチの奥から手前に敷かれたレールの上を、二本のアームを備えた機械が移動して私の前にやってきた。そして二本の黒いアームが伸びると、私のスーツの両脇と腰にある懸架用のコネクターに接続し、私の体を完全に固定した。
 <<よーし、FA-1。エンジンの出力を徐々に下げていけ。体が機内に完全に取り込まれたらエンジンカットだ>>
「分かった。」
 私を掴んだアームが、私の体を徐々に内部へと引き込みはじめた。そして私を完全にネブラの内部へと引き込み、アームが伸びる台座へと固定し、前進すると、一番手前の駐機ポイントへと移動してから停止した。そして、このネブラの後部ハッチが緩やかに閉じられていく。
 空の中の時間が終わった。これからは、冷酷な鉄の箱の中で任務だけが待っている。
 私はバイザー越しに、ネブラのハッチが閉ざされるその瞬間まで、彼方に広がる空を眺めていた。外はもうすっかり夕方だった。
 ……これからどうなるのだろうか。この広大な機械の中で何が起こっているのだろうか。

 ◆◇◆◇◆◇

 <<マスター。例のアンドロイドが艦内に侵入した>>
 <<みたいね。ミクと逢うのも久しぶり……>>
 <<しかし、マスター。本当にあの娘をあなた側に引き入れるつもりか。もし成功したとしても、大問題になろう>>
 <<多少のことなら仕方ないしね。ミクはそんなに安い存在じゃないよ?>>
 <<このまま民間に彼女を居させても、事態が深刻化すればいずれそちらにも届けられただろう>>
 <<それじゃ遅いの! もう……もう悠長にしていられないの……一つでも多くの力を集めて、不安を取り除かないと……私達はいつまでたっても……>>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

THE END OF FATALITY第五話「Enemy In Bound」

【雑音ミク】
巨大複合企業対クリプトンと空軍が共同で開発した戦闘用アンドロイド。元は家庭内労働用に開発されたが、数奇な運命を経て軍に渡り、戦闘用に改造された。以降は様々な実験や戦闘に参加している。
人間の少女と見分けがつかない外見ながら、最新鋭技術の粋を集めて開発された体により高い戦闘能力を有し、過去に行われた実験、実戦問わず極めて高い成果を出している。そこから得られたデータにより数々の戦闘用アンドロイドが開発されたため、それの祖とも言える存在でもあり、軍需産業や機械工学の世界では一つの金字塔と言われる。
見た目だけでなく、人間同様の豊かな人格を持つが、戦いを嫌い平穏な生活を愛するため、できれば少しでも長く軍から離れていたいと常々思っている。ただし、正義感は強く任務には忠実で、いかなる逆境においても諦めず最善を尽くす戦士としての素質を持つ。
自身の開発者であり、保護者でもある男性、網走博貴を父のように親愛している。
軍を離れている時は、本人の希望でクリプトン参加の企業であるクリプトン・フューチャー・メディアが展開するメディア活動に参加しており、主にラジオパーソナリティーを務めていた。
趣味は音楽鑑賞や散歩、ドライブなど。

閲覧数:233

投稿日:2015/12/12 20:53:49

文字数:5,463文字

カテゴリ:小説

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