アクリルのキャノピーから見下ろす景色は何時からか、黄色から朱に、緑から青に変わっていた。
午後から夕刻となり、樹林を抜け海へとたどり着いた。
俺は方角を見失わぬよう、レーダーのナビゲーションを注視しながら、今尚ブラックホークの操縦桿を握っている。
レーダーの液晶画面に記されたラインの先には、俺たちがこれから行き着く空軍基地があるという。
到着予定時間は残り三十分。最初は三時間だったことから、もうかれこれ二時間半ほど、俺達は空を飛んでいるということになる。
あれだけの戦闘を繰り広げたにも関わらず、大した損傷も無かったことは奇跡といえるだろう。とはいえ、残りの燃料も危うい状況に近づいている。一刻も早く足で地に立ちたい。何より俺のバッテリー残量もあと僅かなのだ。
「ん・・・・・・ぅん・・・・・・ふぁ・・・・・・あ~・・・・・・。」
隣でワラが寝ぼけた声を上げて目覚めた。
「あ・・・・・ねぇ、ここどこ?」
俺の苦労も知らないワラが寝ぼけ眼で訪ねる。
「日本海上空だ。」
「え~・・・・・・じゃあ、敵は?」
「敵の追跡からは逃れた。お前がいいご身分で寝ている間にな。」
皮肉を込めて答えてやるとワラは頬を膨らませた。
「えぇ?あたしだって、セリカちゃんが振り落とされて頭打ったりしないように抱きかかえてたんだからぁ・・・・・・。」
ちらと視線をレーダーからワラに移すと、まだ眠たそうに目をこすっている。
一秒間だけそのワラの姿に見入ったが、俺はすぐにキャノピーに視線を移した。
「そうか・・・・・・それはご苦労だった。」
「ところでさ・・・・・・今からどこ行くの?」
「空軍基地だ。そこで俺の司令官と、お前の戦友が待っている。」
「戦友?」
「ヤミと言うアンドロイドを知っているか。今回の任務で、俺のメカニカルアドバイザーをやっていた。先に空軍基地に到着しているはずだ。」
「うそ・・・・・・ヤミ・・・・・・?!」
彼女の寝ぼけ眼だった瞳がかっと見開かれ、俺に向けられる。
ワラは一瞬、感動と驚愕に囚われてそれ以上の言葉発しない。
「良かった・・・・・・ヤミ、無事だったんだ。」
それだけ、言い漏らすと、彼女は膝に乗せたセリカを起こさないよう、ゆっくりとシートにもたれかかった。
「あれ、でも何であんたが操縦してるの?博士だったんじゃないの?」
続けてワラが質問した。
今の俺には回答に困る質問だ。
「・・・・・・後ろを見てみるといい。」
ワラがそっとシートの後ろ、網走博士やタイト達がいる後席をのぞいた。
「ありゃ~~~・・・・・・。」
ワラの目には、ひしと抱き合っている二人の姿が見えただろう。
同じ状況のタイトとキクも。
「俺はとんだ仲間はずれだな。まったく、人がこうしてヘリを操縦しているときに・・・・・・。」
「まぁまぁいいじゃん?あたしだってミクやタイトさんとそれなりの仲だし。」
慰めになってない!!
「君は・・・・・・俺の事をどう思っている?」
俺の口から無意識な言葉が出ていた。
だが、視線は再び彼女の瞳を見つめ返していた。
俺は我に帰り、意識をヘリの操縦に戻す。
「え。それって・・・・・・好きとか、フツーとか?」
ワラが一瞬途惑う。
「いや・・・・・・俺のことをどう思っているか、それが知りたい。」
「・・・・・・まだ、よく分かんないよ。」
「そうか・・・・・・。」
ワラの不鮮明な答えに、少し落胆した自分がいる。
どこかで、明確な答えを欲していた自分がいるのだろうか。
「そういえば、俺の名前だが・・・・・・。デル。と呼んでくれ。」
「デルかぁ・・・・・・なんか、いい響きだね。」
「そうか?」
「なーんとなく。そんな気がする。」
ワラが暢気に微笑んで見せた
「じゃあさ、デルはあたしのこと、どう思ってる?」
そうワラが訪ねる。
俺の中には、明確が答えが用意されていた。
「最初に出会ったときから君のことが一つ一つ、俺にとって印象的だった。それに、君と別れてから何度か君の姿を思い出したし、無線の周波数を訊いておけばよかったと、思うこともあった・・・・・・なぜか、君のことが印象的なんだ。」
「えっ・・・・・・?」
俺の明確な答えに、彼女はまたしても、不鮮明な反応だった。
俺の言葉のどこが彼女にそうさせたのか、ワラは俺の横顔を見つめたあと、視線を夕空に移した。
暫しの、沈黙が流れ始めた・・・・・・。
何分も、彼女は黙ったままただ水平線に沈み行く夕日を、虚ろなまなざしで眺め続けた。
「夕日。」
微かな声が、沈黙を破った。
どこか、吹っ切れたような声で。
「・・・・・・?」
「きれいだね。」
俺もまた、彼女の言うとおりだと思った。
雲の間からオレンジの夕日をもたらし、海の果てに沈みかけようとしているその姿は、過去の多くを空のない施設で過ごしてきた俺には、とてつもなく壮大で、自分の存在がとても小さなものだと、思わず感じてしまう。
「ああ・・・・・・そうだな・・・・・・。」
そのとき、コックピットの計器パネルからアラームが鳴り出した。
外部からの無線を受信したらしい。
IFF装置を確認すると友軍のものだと示している。
俺はヘッドギアをつけ、無線の受信スイッチを押した。
『こちら、水面コントロール。貴君らのことは陸軍の特殊部隊司令官から聞いている。こちらのヘリポートへの着陸を許可する。風速に注意しつつ着陸せよ。』
水面基地・・・・・・あの水面基地事件の?
「了解。」
俺はマイクに向けて短く応答した。
気付くと、海面の上に、灰色の正方形が僅かな夕日の光を反射している。
あれが、水面基地・・・・・・。
上から見ると、ただの巨大な正方形に見えるそれは、真っ青な海面にたたずむ、異様な存在に思える。
ここは首都から数十キロ離れた場所らしいが、この灰色の正方形はその存在そのものを隠すように、その施設の殆どを海面に埋めている。
突然、その灰色の正方形の中から黒く丸い、円が口のように出現した。
あれがヘリポートか。
俺は操縦桿に微妙な力を加え機体をホバリングさせたあと、両足のラダーペダルで機体の位置を微調整しながら、黒い円の中に機体を寄せていく。
そろそろ、皆に夢から覚めてもらわないと・・・・・・。
「おーいみんな!着いたよ!!ミク!タイトさん!シクも!」
俺が頼むまでも無く、ワラが後席に向かって声を上げると、すぐに全員が目覚め、辺りを見回していた。
同時にワラの膝でセリカも目を覚ます。
「ねぇミク、ここ水面基地なんだって!!」
「え・・・・・・本当?!」
「うん!!」
背後で勝手に会話が弾む中、俺は慎重にヘリを操作し、機体をドームの中へ下ろしていく。ヘリポート下では、待ち構えていた誘導員がランプロッドを振り回しながら、機体を正確な位置へと導いていてくれる。
そして一瞬柔らかな振動が機体を揺らすと、ヘリのギアはヘリポートの床についていた。
「ついた・・・・・・水面基地だぁ!ナツカシー!!」
ワラがセリカを抱いたまま、コ・パイロット席のドアを開け放ち、ヘリポート上に降り立った。
やれやれ、と俺は一度眼を細め、ため息をつく。
「あーー!!」
突然、ワラの大声がヘリポートのドームに響き渡った。
何かと思って彼女の姿を目線で追いかけると、彼女の目の前に二人の人影が立っている。
一人は、紫の長髪に眼鏡をかけ、その髪色に合わせて改造された制服を身に纏う、少女。
もう一人は、陸軍将校の制服を纏い、中年に見えるが精悍で若々しい姿をした男の姿だった。
あれが、少佐と、ヤミか・・・・・・。
ヘリから降りた皆がその二人とに駆け寄り、感動の余りに大声で二人の名を呼び、抱き合ったりしている。
「ヤミーーー!!」
「生きていたのね・・・・・・!!良かった・・・・・・!!」
「久しぶりだな。」
「タイト、生きていたのか!!よくやった!!」
「ミクに、キクまで!!」
「ヤミ・・・・・・少佐・・・・・・!!!」
「お久しぶりです。博士。」
「ああ、その切では、お世話になりました。」
・・・・・・・。
古い付き合いか、何かだろうな・・・・・・。
俺はそうして再会の感動と喜びを分かち合う彼らに疎外感を感じながら、独りコックピットで煙草を咥え、火種を探り始めた。
「おーいデル!!何してるんだ?!お前も来てくれ。」
少佐の声に呼ばれ、俺は無言でコックピットを降り、点火したばかりの煙草の火種をもみ消し携帯灰皿に入れた。
少佐が俺に歩み寄る。
「デル今日は一日ご苦労だった。だが、今すぐ伝えなければならないことがある。ブリーフィングルームを一室借りてある。すぐにそこへ行こう。」
「・・・・・・分かった。」
俺は冴えない返事をすると、まだ喜びの余韻が残る皆に続いて、ヘリポートから施設内へと歩き始めた。
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