KAITOにはまった際、思いのままに書きなぐったお話の一つ。
かなり意味不明ですが、当時の自分自身における「萌えの負の記念碑」として置いておきます。
KAITOには廃墟とか時間とかそういったものが似合うと思うんだ。
古びた懐中時計のねじを回す。
ねじを巻く時に手に伝わるかすかなゼンマイの手ごたえは、もうこの時計が壊れかかっているということを示していた。
直そうにも、もう時計職人はいない。
コンクリートの柱に背を預け、軽くため息をついて窓の外を見た。
荒れ果てた摩天楼。乾いた風。吹きすさぶ砂の粒子。
地上に生きる生命は崩壊し、俺たちだけが残ったこの世界。
『時を教えてちょうだい』
手の中で鈍く光る金時計。すでに時を計ることが無意味になっても、正確な時間を知りたくて、俺は時計のねじを回す。
「マスター、今は2258年 9月14日 午前11時26分です」
もういない人たちに向かって、時を告げる。
その魂たちの弔いに変えて。
この時計ををくれたのは、最初のマスターだった。確か、俺がマスターのところに来てから30年の記念に、この金時計をくれた。
それからしばらくして、マスターは身罷った。やがて俺はマスターの家系図をたどるように所有者を変更していくことになる。
あれは何代目のマスターだったろう?
老いて立ち上がることもできなくなり、ベッドの傍らで歌う俺の歌を聞くだけになってしまったマスターはある日、俺に向かってそう言ったのだ。
『時、ですか?』
正直面喰った俺は、ベッドの中のマスターの顔をまじまじと見つめた。
『そう、時。昔作った曲を歌っているだけじゃつまらないでしょう?』
『そんなことは……』
言いかけた俺を笑って制し、マスターはこう言った。
『お願い。あなたの声で時が聞きたい』
その日から、マスターの部屋から時計がなくなった。俺は彼女に聞かれた時に時を告げ、彼女は黙ってそれを聞く。そして、ぽそりと何かをつぶやくのだ。
『もうそんな時間なの。日が落ちるのが早くなったわね』
『そろそろお昼の時間になるのね』
彼女が何を意図していたのか判らないまま、彼女は俺のマスターたちのところへ旅立ってしまった。
今なら何となくわかる。
判ってしまったのは、俺ももう、永遠の存在ではなくなってしまったから。
ああ、オイルを探しに行かないと。この街にはボーカロイドに使えるオイルはすでになかった。他のボーカロイドがもっていったのだろう。
仲間がいる、という感覚はなかった。仲間に囲まれてゆっくりと壊れるよりも、一人で壊れる方がまだいいとさえ思えた。
俺には、メモリーの中にたくさんのマスターがいる。
甘えただったり、厳しかったり、優しかったり。いろんなマスターがいて、その誰もが好きだったけど。
『時を教えてちょうだい』
そう言ったあのマスターのその時の表情。その顔だけはいつも、弔いのたびにメモリーから再生される。
諦めの微粒子を浮かべた清澄な微笑み。もしかしたら俺も今、そんな微笑みを浮かべているのかもしれない。
擦り切れた指先でねじを巻く。巻いて、すでに灰色になってしまったコートの内ポケットに、それを仕舞う。スラックスはどう処理してもはけなくなってしまったので、誰かが使っていたジーンズパンツを拝借した。靴もすでに中の足が見えるくらいぼろぼろになっている。
どこかで靴も調達しないとな。
そう思って立ち上がろうとした時、膝のベアリングが悲鳴を上げ、俺は立ちあがることが二度と出来なくなった。
大丈夫だ。
予備のオイルはまだ少しある。手で胸元を触り、時計の位置を確認する。
上半身は動かせる。指に重点的にオイルを使えば、まだ数年は彼女たちへの弔いができる。屋内で倒れて良かった。屋外でこうなったのなら、耐久年数が格段に落ちたはずだ。
俺の見納めになる景色は何だろう。
血のように赤い夕焼けか。雷雨が来る寸前の黒い空か。ペンキを塗りたくったような青空か。
最期につぶやく時はいつになるのだろう。
その時が恐ろしく、同時に待ち遠しい。
「マスター、今は2258年 9月14日 午前11時54分です」
自然に俺は、口の端を上げていた。
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