はい、お待ちどうさま。お客さん、コーヒーですよ。あとこれ、ガムシロップね。
え、甘いのはいらない?これは失礼。お客さん、大人なんだねぇ。
私は砂糖が入ってなきゃ飲めないんだ。現実の苦さには慣れても、コーヒーの苦さに慣れることは出来ないんだよ。
だけど珍しいね。お客さんくらいの年齢だったらね、ガムシロップお願いしますって人、よくいるんだけど。あ、もしかしてアレ?中二病ってやつ?大人になりたくて調子乗っちゃう系?
あ、違うの?元々ブラック好きな嗜好なの?ふーん、そうなんだ。これは失礼。
だけどやっぱり珍しいよ、お客さん。
ブラックが本当に好きな中学生なんて、私はそうそう見ないね。お客さん、年はいくつ?
中三?ふーん。それじゃ今年から勉強が大変だね。私がお客さんくらいの年だった頃は、それはもう死に物狂いで勉強したよ。それで、なんとか受かって、私立の難関高校に合格したんだよ。
合格発表の日は今でも覚えてる。色々あったからね、あの日は。
あれは天気のいい朝だったね。校舎の入り口に、合格者の受験番号が書かれた紙がドーンと貼ってあってさ。それを見た時、私は別の意味で驚いたよ。
私の名前が、どこにも書いてないんだ。いくら見てもなかった。それで、ああ、私は落ちちゃったんだって思った。理解するのにさほど時間はかからなかったね。
そしてその瞬間に涙がぶわってこみ上げて来てさ。人前で涙を見られるのは恥ずかしかったから、走ってその場から逃げだしたよ。今思えば、涙で前もろくに見えないのに、よく走ったもんさ。駅まで全速力で走って、そこから電車に乗って、電車を降りたらまた走って、家に着いた。
途中人にぶつかりそうにもなったけど、謝っている暇なんてなかった。
そりゃそうさ。第一志望の学校を落第すりゃ、誰だってショックで頭も混乱するだろ。
心の中では謝ってたけど、私はひたすら泣きじゃくったままなにも出来ずに走りぬけていったんだ。
今思うとホント非常識だね。
家に着いても涙は止まらなくて、それで一人悲しみにくれていたら、親が帰ってきた。
合格発表は母と一緒に行ったんだけど、私が一人で帰っちまったもんだからさぞ戸惑ったろうね。
私はその時リビングにいたんだけど、帰ってきた母もリビングに入ってきて、一瞬目があった。
ちょっと気まずかったね。私はショックで胸が詰まって言葉が出てこないし、母も母でなんて声をかけりゃいいのか戸惑ってるみたいだった。
でも実際、全然そんな事はなかったんだよ。母は私を見ると、微笑んだんだ。そして私に声をかけたんだけど、その時なんて言ったと思う?
「受かってるよ、高校」
って言ったんだ。最初は何の事か分からずに聞き返しちまったよ。どうやら母が言うには、不合格なんてしていないって言うんだ。そんなのおかしいと思ったよ。だって私の受験番号は書いてなかったんだからね。
でも後で分かったんだ。私の受験番号、一番最後に書いてあったんだね。実際そこまで見たわけじゃないけど、右端にの最下部に私の番号がぽつりと書いてあったそうだ。でも順番上でいくとそれはあり得ない。
普通はさ、こう、合格者の受験番号が順々に書いてあるじゃないか。
3011
3012
3015
3017
……みたいに。ちなみに私の番号は3016だった。
それが向こうの手違いで、どうやらプリントミスしてしまったらしい。全く、迷惑な話だよ。
そんなわけであの日の事はとってもインパクトが強くてね、今でも覚えてるんだ。
ははは、ちょっと話が長くなっちまったね、ゴメンゴメン。ま、そんな手違いがあるかもしれないから、合格発表の時は紙をすみずみまで見る事をお勧めするよ。
……って、お客さん?どうしたの。そんな悲しい顔しちゃって。なにか悩みでもあるの?
なんなら私が相談に乗るよ。なに、遠慮なんてしなくていいさ。あ、もしかして受験の事?
え、そうじゃないって?思春期の男の子の考える事は複雑だね。でも悩みの種が受験じゃないとするなら、何だい?やっぱり恋かい。まぁまぁ、何でも話してみなよ。聞くからさ。
見ず知らずの人間に包み隠さず話してしまえば楽になるよ?さぁ、なんでも言ってごらん。ほら、恥ずかしがらずに。
……え?
お客さん、今なんて言った。
死にたい、だって?今、そう言ったのかい?お客さん、何か悪い事があったの?
ん、いじめ?そうなのかい?へぇ、いじめ、ねぇ……。
なに、物をよく盗まれる?時には金もとられるのかい。それは確かに、れっきとしたイジメだね。
相手は何人なんだい。……五人?これまた多いね。
でもそんなやつら、二度とそんな事させないように殴ってしまえばいいじゃないか。気のすむまでガンガンと。
殴る勇気が無い?いいんだよ別に。相手は悪行を働いてるんだから、こっちも悪行働いたっていいじゃないか。目には目を、歯には歯を。ってやつかね。
いじめをする奴らなんて、ホントは気の弱いやつばっかなんだ。だからこっちから脅して逆さに吊るしあげてやれば、どうとでもなるもんだよ。活路はいくらでもあるんだよ。
そんなことでいちいち死にたがってちゃ、この世界は生きていけないよ。
なに、もう抵抗する力も残ってないって?このまま死にたいって?楽になりたいって?
そう。そこまで辛いなら、好きにすればいいんじゃないか。
私は他人の人生に口を出すほど暇ではないし、まして今日会ったばかりの人間にそんな口出しをする義理もないしね。
まさか自分が死ぬのを引きとめてくれるなんて思ってたりしないだろうね。もしもそうだったら、お客さん、アンタは甘ったれてる。誰かが自分の事を助けてくれるのを待ってる、かまってちゃんだよ。
私はそういうのが大っ嫌いなんだ。
ホントは自分で立つ余裕がまだあるくせに、「私立てませーん、助けてくださーい」とか言って助けを求めてる。本当は助けなんていらないのに、誰かの愛が欲しくて叫んでるような人間がね。
そういうかまってちゃん見るとね、ひっぱたきたくなるんだよ。
甘ったれなさんな。世界はそんなに甘くないよ。ま、お客さんがかまってちゃん思考じゃなければそれでいいけど。
……あぁ、もう、お客さんのせいで昔の事を思い出しちゃったよ。
まぁ、いいか。これも何かの縁って事でね、何の縁かは知らないけれど。
いい機会だし、お客さんに聞いてもらいたいんだ、この話。イヤとは言わせないよ。
なにしろ思い出したくない過去を思い出させたんだからね。それにお客さんの為にもなるはずさ。きっとね。最後までちゃんと聞いておくれよ。
じゃあ、話そうか。
もう三年くらい前の話なんだけどね。この喫茶店によく来てくれる、高校生の女の子がいたんだ。お客さんの丁度三コ上だね。高校三年生だった。
その女の子はね、もうとにかく可愛くて性格も明るくて、恋人もいて勉強も出来て、俗に言うリア充だったんだよ。
でも、日常ってのはかくも簡単に壊れるものなのかね。ある日を境に、その充実した生活は崩れていったんだよ。まったく、どうしてあんなことになっちゃったんだろうねぇ……。
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