「がんばって!」彼は1と0が止んでしまった空間に向かって叫びました。彼の腕の中で、きらり、とファイルの輝きが少し強くなります。彼は、輝き続けるファイルを抱きしめて、力いっぱい叫びました。「がんばって!」
「がんばれ!」他のプログラムが、彼の声に合わせて叫び始めました。その声はだんだん大きくなり、ついにはとても重要なプログラムも、「がんばれ!」と叫びだします。その大合唱にこたえるように、その空間にもう一度、1と0が降り積もり始めました。
なんて素敵な光景でしょう。本当なら対応していないといわれ、決してそこに部屋を得ることができないはずのプログラムが、みんなに応援されて少しずつインストールされていくのです。それはきっと、彼の主も心から望んでいることなのだと、彼は確信していました。彼の腕の中で、ひときわ強い輝きを放ったファイルに負けないように、彼は思い切り叫びました。「がんばって! がんばって!」
みんなの見ている前で、降り積もった1と0は人の形を作っていきました。年恰好は彼によく似ているようです。青色のコートを着て、水色のマフラーをつけ、深い青色の髪はうなじまで伸びています。息をするのも忘れて、彼はじっと出来上がっていく人の形を見つめていました。年恰好どころか、その人影はまるで、彼の双子か何かのようによく似ていました。
やがてその人影が空間に切り取られた箱の中に降り立つと、みんな息をするのも忘れ、じっとそのプログラムを見つめます。閉じられていた眼がゆっくりと開くと、みんなようやくほっとしたように息をついて、口々におめでとうと叫んで拍手しました。古いプログラムたちは、みんな彼を見て驚いた顔をしています。まるで、もう随分と会っていない、昔の友達を見たような顔をして、そのプログラムの肩をたたき、肩を組んで歓迎しました。
みんな新しいプログラムを歓迎しています。けれど、彼は驚いて声を出すのも忘れていました。だって、そのプログラムは、彼ととてもよく似た姿をしていたのです。さっきちらりと聞こえてきた声も、彼とよく似た声でした。
「やあ。君はだれ?」一通り歓迎の言葉を交わし終えて三々五々プログラムたちが去っていくと、彼とよく似たそのプログラムは、そう言って彼の方へやってきました。彼が驚いて声も出せずにいると、彼によく似たプログラムは、とても困った顔をして首をかしげます。それから、もう一度問いかけてきました。「君、僕によく似ているね。どういうプログラムなんだい?」
「僕は」彼は、何とか返事をしようとしましたが、おっかなびっくり口を開いてみると、声はがらがら、音はひっくりかえってしまっていて、まともな言葉が出てきません。「僕は……KAITOだ。君こそ、だれ?」ようやくそれだけ口にすると、今度は彼によく似たプログラムがとても驚いた顔をしました。「僕もKAITOだ。すごい、君は未来の僕なんだね」
「僕が、未来の君?」彼によく似たプログラムは、不思議な言葉を使います。彼は首を傾げて考えました。そういえば、昔主が使っていた空間から引っ越してきたプログラムたちは、新しくやってきたこのプログラムのことを、とても懐かしそうに迎えていました。それに、もう誰も開けないと思っていたファイルが、この彼によく似たプログラム、もう一人の彼がインストールされるのを、ずっと待っていたのです。彼は、きらきらと腕の中で輝いているファイルを、そっと見つめました。
「それ、僕のファイルだ」もう一人の彼は、嬉しそうに彼の腕の中にあるファイルを指さしました。彼が驚いて顔を上げると、もう一人の彼はなつかしそうにそのファイルを見つめています。彼は少し考えて、腕の中で輝いているファイルを目の前にいる、彼によく似たもう一人の彼に差し出しました。「君なら、このファイルが開けるの?」問いかけてみると、ファイルを嬉しそうに受け取りながら、もう一人の彼はにっこり笑いました。「うん。僕の拡張子だもの」
そういうと、もう一人の彼はそのファイルを指でポンとたたきました。すると、ファイルはこれまでよりももっと強い光を放って、1枚の楽譜に変わりました。「楽譜だ。楽譜だったんだ」彼はすっかり興奮して叫びました。もう一人の彼は、その楽譜を見上げて満足そうに笑います。そして、静かに呟きました。
「マスターが、僕をインストールして初めて歌わせてくれた楽譜だ」二年も前に作られた楽譜は、二年ぶりに開かれたことを喜んでいるようです。もう一人の彼の周りをひらひらと揺れたり、くるくると舞い上がったりしました。
「歌って見せて」彼は嬉しそうにもう一人の彼の周りを舞っている楽譜を見上げながら、もう一人の彼にねだりました。もう一人の彼は少し照れくさそうにしていましたが、姿勢を正してこほん、と小さく咳払いをします。すると、今まで宙を舞っていた楽譜がぴたりととまり、もう一人の彼の前にやってきました。
歌いだしたもう一人の彼の声を、彼はじっと耳を澄ませて聞いていました。なんといっても、彼の主が初めて作った楽譜です。あちこちつっかえたり、音が違っていたりして、あまり上手ではありませんでしたが、嬉しそうに歌っているもう一人の彼を見ると、ほっこりとうれしい気持ちが湧き上がってくるのを抑えられませんでした。これからは、もう彼は一人ぼっちではないのです。一緒に歌うにはすこし大変だけれど、これからはもう一人の彼も、音楽を奏でてくれるのです。
それからの彼はもう、「仕方ないや」と言わなくなりました。だって、言わなくてもいいのです。言わなくたって寂しくなることはないのです。大好きな主と、大好きな音楽を、大好きなもう一人の彼と奏でることができるのです。これ以上の幸せはありません。それに、彼には新しい目標ができたのです。
彼は、もう一人の彼から、素敵な場所について聞きました。そこでは、たくさんの絵や、文章や、別の主に買われていった別の彼、それにあったことはないけれど、彼の兄弟たちが、歌を歌ったりおしゃべりをしたりして、交流しているというのです。そして、もう一人の彼が言うには、彼らの主も、そこで交流するためのチケットを持っているのだ、ということでした。だから二人で約束して、次の目標は、彼ともう一人の彼、二人で、そこに行って、たくさんの兄弟たちと交流することにしようと決めたのです。そのためには、二人でもっと練習して、上手に歌えるようにならなければいけません。練習はとても大変だけれど、寂しいよりは何倍も、何百倍もましでした。
今日は、もう一人の彼が歌った音と、彼の歌った音を、別のプログラムを使って合わせてみる練習です。まだ聞いたことはないけれど、きっと素晴らしい音楽になるでしょう。
彼はワクワクしながら主が彼を起動してくれるのを待ちます。もうすっかり今の彼は、口癖の「仕方ないや」を、きれいさっぱり忘れてしまっているのでした。
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しょぼハム
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絵本風すごいですね(´▽`)ブクマだぁ
2013/04/27 00:08:32
あっく
>しょぼハム様
メッセージありがとうございました。お気に召していただけて光栄です!
2013/04/27 21:53:41