コンビニ 小説版 パート1
一目惚れという現象が、実際にあるものだと思っていたか?
そんなことあるわけないだろ。俺はそう思っていた。なのに。
俺は間違いなく一目惚れした。
コンビニの彼女に。
ある晴れた日のこと。
そんな出だしで話を始めるとまるでとある有名アニメの主題歌を歌っているかのような気分に陥るけれど、事実その日は晴れていたのだから仕方がない。季節は新緑が鮮やかなころだ。講義が終わり、とりあえず昼飯でも食べようかと、ふらりと俺は大学前の通りを駅前に向かって歩くことにした。幸いにも大学はターミナル駅の近くにあるものだから、昼食を食べるに困ることはない。いつも学食ばかりで飽きたから、たまにはいいものでも食べようと思い、ふとコンビニの前を通過したとき。
俺は思わず立ち止った。
コンビニの明るいガラスの向こうに見える女性は、俺よりも少し若く見える女性だった。短めに切りそろえた髪。知性を感じる瞳。卵型の小さめの顔。形の良い、色香の漂う唇。
完璧にストライクゾーンだった。
目をこすり、もう一度見る。コンビニの店員の制服に身を包んだ彼女は、忙しそうにレジ打ちを行っていた。その様子を見ながら、俺は気が付いたらコンビニの店内に入店していた。聞きなれた入店音と共に彼女がこう言ってくれる。
「いらっしゃいませ。」
声も可愛い。もう、文句のつけられない、完璧な女性だった。たまにはコンビニ弁当もいいよな、とまるで弁解するように考えてから、俺は弁当が陳列されている棚に立って、さりげなく財布の中身を確認した。大っぴらに中身を見るのは恥ずかしいので、小さく開いてざっと見る。お札はない。なら、小銭は、と思って中身を見ると、銀色の硬貨が七枚。よし、ならこれにしようと俺は少し高めの弁当を手にとって、レジカウンターを確認した。あの娘のほかに店員は二人。その二人には用はない。あの娘の前に、と虎視眈々と狙っていると、俺の願いが通じたのかすぐに彼女のカウンターが空いた。
今だ!
俺はそう思って小走りにカウンターに向かい、そして彼女の目の前に手にした弁当を置いた。彼女がそれを受け取り、バーコードを読み取る。その間、俺は彼女の顔をまじまじと見つめた。
緊張するくらい、可愛かった。女性に見惚れるなんて経験も漫画の世界だけだろうと思っていたのに、俺は間違いなく見惚れていた。そんなわけで、やや、呆然と彼女の顔を見つめていると、彼女は困ったようにこう言った。
「あの・・六百八十五円です。」
どうやら俺は金額を二回言われたらしい。一回目は彼女の顔を見るのに夢中で全く聞こえなかったが。
「あ、すいません。」
恥ずかしいことするなよ、と反省しながら俺は財布から銀色の硬貨を七枚出した。百円玉を六枚並べて、最後の一枚を置いた時、彼女は更に困った表情でこう言った。
「すみません・・あと三十五円足りません。」
「え?」
俺は慌ててレジカウンターに並べられた硬貨を見つめて、そしてようやく気が付いた。
・・五十円玉じゃん。
「・・あの、やっぱりこれ、やめときます。」
俺は消え入りそうな声でそう言うと、レジカウンターに弁当を置き去りにしたままコンビニから立ち去ることにした。恥ずかしい。穴があったら入りたい。周りの客の好奇の視線が痛々しい。
コンビニから脱出したあと、俺はどこまでも青い、すがすがしい空を見上げながらこう思った。
どうして、五十円玉と百円玉って、穴以外こんなに似ているんだ?
結局その日の昼食は大通りにある牛丼屋で済ませ、そしていつも通りに午後の講義を受けてから自宅に戻ることにしたのである。今日はサークルもバイトもないから時間があるな、と思い、自宅の扉を開けた。
今俺は一人暮らしをしている。実家は札幌だが、親に我儘を言って東京の大学に進学させてもらうことにしたのだ。残念なことに彼女もいないから、これからやることなんて特にない。とりあえず、普段の日課と言えば自宅のパソコンを立ち上げることだった。
机に座って、パソコンの起動を待つこと十数秒、見慣れた壁紙が現れて起動動作が終わると、俺はデスクトップに張り付けてあるプログラムをクリックした。そして。
「こんにちはマスター!今日は早かったですね!」
可愛い声が室内に響いた。こいつは初音ミク。プログラムとして存在する仮想人格と言えばいいのだろうか。本来の用途は歌を歌わせることだが、最近のプログラム技術は恐ろしく、数十年前までは不可能だったプログラムとの会話を実現した初めての製品でもある。こちらの言葉に対して的確に反応し、レスポンスをしてくれるのだ。
「今日はサークルが無いから。」
俺はミクに向かってそう言った。
「そうですか。じゃあ新しい曲を作ってください!」
「う~ん、考えてはいるんだけど。」
俺はそう言って苦笑した。元々はVOCALOIDという、歌を歌わせるためのプログラムであったせいか、ミクは歌に対するこだわりがプログラムとは思えない程に強い。将来のミュージシャンを狙う俺としては元々自作品を動画サイトで公開したくて購入したのだが、今のところ気に言った曲は書けていない。数曲書いた曲は、一応投稿はしたけれど再生数は今一つ。最近は作曲の時間よりもミクと会話する時間の方が長い気がする。
「もう、この前も同じことをおっしゃったじゃないですか。」
液晶画面の向こうから、ミクは拗ねるようにそう言った。3D画像も同時に再生されているから、ミクは言葉と同時に多彩な表情を見せる。オタクの要素は俺にはないと思っていたが、このミクの表情を見ていると二次元の世界もいいかも知れないと思ってしまうから、人間という存在は随分と適当なものだ。とりあえず、どんな存在であれ女の子を不機嫌にさせたままでいることは俺のポリシーではないから、こう言うことにした。
「怒るなよ。ちゃんと考えているからさ。」
「ならいいですけど。」
少し信じられない、という様子でミクはそう言った。
でも、ミクには悪いけど、コンビニのあの娘の方が可愛かった。
俺はそう思い、ふう、と溜息をついた。
「どうしたんですか、溜息なんてついて。」
ミクが不思議そうな表情で俺を見た。
「なんでもないよ。」
ミク以外に気になる女の子がいる、と告げたらミクはどんな反応をするのだろうか。そもそもこいつに好きという感情はあるのだろうか、と思いながらも俺はそう言った。なんとなく、言いづらかったからだ。
いや、そもそもミクが俺のことをマスターとして以外にどう想っているかなんて分からないのだけど。
「もしかして、お腹が減っているんですか?」
「減ってはいるけど。」
そう言えば夕食の準備をしなければならないな、と思いながら俺はそう答えた。
「それはいけません!なら、これがお勧めです!」
「お勧め?」
「このページです!見てください!」
ミクはそう言うと、勝手にインターネットを接続して次々とサイトを展開して行った。ミクの姿がページの奥に隠れ、代わりに高速でインターネットページが繰り広げられていく。
「あった、ここです!」
ミクはそう言ってとあるページを開いた。ミクは俺がいない間ネットサーフィンをすることが趣味らしく、時々このように仕入れた情報を俺に開示してくる。示されたページは有名飲料メーカーのサイトだった。そのサイトの裏から覗きこむように顔を見せたミクが、笑顔でこう言った。
「ぽっぴっぽー!野菜ジュースです!」
ミクがそう言って指し示した緑色の野菜ジュースのパッケージ画像を見ながら、俺はもう一度溜息をついた。
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ご意見・ご感想
twilight000
ご意見・ご感想
悪ノ娘に続き読ませていただきました。
原曲を聴いたことがなかったので聴いた後に読ませてもらいました。
原曲のイメージは、温かく、小説も(まだ①しかよんでませんが)
とても温かくほっかほかでしたw
このオリジナルの設定や主人公でどの様に物語が進んでくのか楽しみにして
読んでいきたいと思います。
2010/03/30 23:44:19
レイジ
連続でお読み下さってありがとうございます!!
メールが来ていて驚きました☆
悪ノ娘を書き終わってから、もっと明るい話が書きたいと思って書いた作品なのですが、気に行って頂ければ幸いです♪
よろしくお願いします!
2010/03/31 00:06:35