そんなわけで、盛大な式をあげてもらい、レンはリンと結婚しました。ですが結婚して半年ほど経過した頃でしょうか。レンは次第に、自分の実家のことが気になってきました。
「……俺、一度実家の様子を見て来たいと思ってるんだけど」
「あたしは賛成できないなあ」
 結婚後に、レンから実家を出てきた理由を聞かされていたリンは、レンの意見に反対でした。
「レンのお父さんが、レンを追い出したんじゃない」
「そうだけど、一応あれでも父親だし。結婚したことぐらい、報告しておいた方がいいと思うんだよ」
 リンはまだ渋い表情のままです。レンはリンの近くに寄ると、リンの髪をそっと撫でました。
「心配しなくても、俺はちゃんとこっち戻ってくるって。様子だけ確認したら、すぐに帰るよ」
「約束よ?」
「約束するって」
「……わかったわ」
 リンの了承をとりつけると、レンは旅支度を始めました。リンもそれを手伝っていましたが、ふと手を止め、レンに尋ねかけました。
「そう言えば聞いてなかったけど、レンの実家ってどの辺なの?」
 レンは地図を持ってくると、実家のある町をリンに教えました。
「ここへ行くとなると、海沿いの道と山道と、道が二つあるけれど、レンはどっちを行く気?」
「海沿いの道は大回りになっちゃうからなあ。山道を使おうと思ってるけど」
「レン、その道は半端じゃない悪路で、あまり使う人もいないわ」
「あいつに乗ってくから平気だよ。あいつならちょっとやそっとの悪路は悪路じゃないし。リンも知ってるだろ?」
「それは知ってるけど……あ、そうだ、レン。もしこの道を行くんなら、一つ警告しておかないといけないことがあるの。この山の中に大きな桑の木があるんだけど、どんなにお腹が空いていても、その実を食べちゃだめよ。猛毒なの」
 レンはリンに桑の実は食べないと固く約束し、翌日、例の馬に乗って出かけました。山道はリンが言ったとおり、ひどい悪路でしたが、馬はそんな悪路をものともせずに進んで行きました。
 昼過ぎ、レンは一息入れようと馬の足を止めました。ですがそこは、ちょうどリンが警告した桑の木の近くだったのです。どうやって父親と会って話を切り出すかで頭がいっぱいだったレンは、ついリンの警告を忘れて、桑の実を食べてしまいました。するとたちまち毒が回って、馬の背の上でばったり倒れて死んでしまいました。
「ちょっと、レン! その桑の実は食べるなとリンが言っていたでしょう!」
 馬は叫びましたが、レンが返事をするはずもありません。馬はため息をつくと、背中のレンを落とさないように注意しながら、器用に山道を進んで行きました。普段のような速度は出せませんが、それでも普通の馬が歩くぐらいの速さで山を下ると、馬はそのまま、レンの実家がある町へと向かいました。そして実家の前まで来ると、足で実家の門の戸を何度も蹴ったのです。
 なにやらすごい音がするのに驚いたレンの父は、継母に様子を見て来るように言いました。門の戸を開けた継母は、そこで馬と、死んでいるレンを見つけて驚きました。
「まあ、厄介者が死んでもどってくるなんて! 追い出すだけじゃぬるかったかと思っていたところなのに、ありがたいことだわ!」
 その時です。馬はやにわに後足を振り上げると、継母を力いっぱい蹴りました。蹴られた継母は空高く舞い上がって遥か遠くに落ち、そこで首の骨を折って死んでしまいました。
 さて、妻が戻ってこないのでおかしいと思ったレンの父は、自分で様子を見に行くことにしました。そして、馬と息子の遺体を見つけて、やはり大変驚きました。
「生きて戻って来ないでどうする。親不孝者が」
 レンの父は悲しげにそう呟いて、息子の遺体を馬から下ろしました。するとその瞬間、馬はすごい勢いで走って行ってしまいました。
「……一体どうしたんだ、あの馬は」
 呆気に取られましたが、死んでいる息子を放っておくわけにもいきません。レンの父は息子を家の中に入れて、布団に寝かせました。
 さて、馬の方はといいますと、今来た道を全速力で駆け戻っているところでした。それこそ飛ぶように速く走り、リンの家まで戻って来たのです。
 リンは家の中で旅に出たレンのことを案じていましたが、騒々しい蹄の音に胸騒ぎを感じ、家の外へと飛び出しました。そして、主を乗せずに走ってくる馬を見たのです。馬が自分の前で立ち止まったので、リンは手綱をつかみ、人のいない方へと連れて行きました。
「レンに何かあったのね!?」
「察しが早くて助かります。実はレンが、山の中で例の桑の実を食べてしまいまして」
 リンが凍りついたように立ち尽くしてしまったのを見て、馬はあわてて言葉を続けました。
「取り乱さないでください! 確かにあの実は猛毒ですが、食べてすぐ死ぬわけじゃないんです。レンはまだ完全に死んだわけじゃありません」
「どういうこと?」
「レンの身体はとりあえず実家に置いてきました。急がないと埋葬されてしまいます。そうなったらもう助けられません。私は、あの実の毒を打ち消す水が湧く泉の場所を知っています」
「つまり、水を汲んで持っていく手伝いをしてほしいのね? わかったわ。水筒を取ってくるからちょっと待ってて」
 言うやいなや、リンは家に駆け込みました。そして水筒を取ってくると、馬の背に乗りました。
「飛ばせるかぎり、飛ばして!」
「リン、そんなことをしたらあなたが危ないですよ」
「気合と根性でどうにかするから平気よ! いいから早く!」
 馬はリンを背に乗せて、駆け出しました。さすがに誰も乗せない時と同じとは行きませんでしたが、出せるだけの速度で走りました。
 どれぐらい走ったでしょうか。とある森の中で、馬は足を止めました。そこには、澄んだ水が湧く泉がありました。
「……ここなのね?」
「そうです。その泉の水を飲ませれば、レンは息を吹き返しますよ」
 リンは馬の背から降りると、水筒に泉の水を汲みました。そして、もう一度馬の背に乗りました。
「それじゃあ、しっかりつかまっててください」
 馬は一度も足を止めずに走りに走って、レンの実家へと向かいました。リンはレンを助けたい一心で、馬の背に必死でしがみついていました。
 馬は丸一日走りとおし、次の日の昼にレンの実家に着きました。
「ここが……レンの実家ね?」
 馬が頷いたので、リンは馬の背から降り、戸を叩きました。程なく、レンの父が戸を開けました。
「どなたかね?」
「あたしは、レンの妻です。レンが戻って来ずに馬だけが戻って来たので、何かあったに違いないと思って、ここに来ました」
 そう言って、リンは馬を指差しました。
「……そうですか。……レンが結婚していたとは。入りなさい」
 リンは家の中に入れてもらうと、レンと二人だけにしてくれるようにレンの父に頼みました。
 布団の上にレンが身動きもせずに横たわっているのを見て、リンは胸の奥が苦しくなりました。ですが、馬に言われたことを思い出し、レンを抱き起こして、水筒に汲んできた水を飲ませました。
 すると、大して経たないうちに、レンは目を開けて、大きくのびをしました。
「ああ、よく寝たなあ……」
「よく寝たじゃないわよ! レンのバカっ!」
 きょとんとしたレンの襟首をつかみ、リンは一息にまくし立てました。
「あたしがあれだけ食べるなって言った桑の実を食べて、レンは死にかけてたの! あの馬が桑の実の毒を消す水の場所を知らなかったら、今頃はお葬式よ!」
「え……? ……リン?」
「全くもう、あたしがどれだけ気を揉んだと思ってるのよ!? 本当に本当に心配したんだから……」
 リンの目から涙が零れ落ちました。レンはしばらく唖然としていましたが、次第に事情が飲み込めてきました。自分の身に何が起きたのか。
 レンがそっとリンの背に腕を回して抱き寄せると、リンはレンの胸に顔をうずめ、泣きじゃくりました。
「……心配かけたな」
「心配したわよ……ものすごく……」
 リンが落ち着くまで、レンはリンの髪を撫でてやりました。そうこうするうちに、疲れが出たのか、リンは眠ってしまいました。
「リン……? 寝ちゃったのか。……そうだよな。大変だったよな」
 今まで自分が寝ていた布団にリンを寝かせてやると、レンはその傍らに座りました。そこにレンの父がやってきて、息子が生きているので、腰を抜かさんばかりに驚きました。
「レン!? お前、死んだのかと……」
「……静かにしてくれ、父上。リンが寝てるんだ。それと、死んでないから。死にかけてただけで。リンが助けてくれなかったら本当に死んでただろうけど。あ、そうだ。報告が遅くなったけど、俺、リンと結婚したんだ」
「……そうか」
「俺、リンが目を覚ますまで傍についてるから」
 レンの父は部屋を出て行き、レンは言葉どおり、リンの傍につきそっていました。数刻経過した後に、リンは目を覚ましました。
「リン、大丈夫か?」
「うん、もう平気。レン、一緒に帰ろう」
「そうだな」
 レンがリンと連れ立って部屋を出ると、レンの父が待っていました。
「あ、父上。それじゃ、俺、帰るから」
「帰るって、どこへだ」
「どこって……家だよ。今、俺がリンと暮らしてる家」
 レンが答えると、父親は突然こんなことを言い出しました。
「何を考えているんだ。レン、お前はうちの長男なんだぞ」
「はあ? 何言ってんだよ今更。俺に出て行けって言ったのは父上じゃないか」
 釈然としない気持ちで、レンは父にそう言いました。隣ではリンが心配そうに、レンと父を交互に見ています。
「あれはやりすぎだったし、悪かったと思っている」
「……そりゃどうも」
 答えつつ、レンは継母はどうなったんだろうと思いましたが、藪をつつくのも嫌だったので、そのことは口に出しませんでした。
「とにかく、お前はうちの跡継ぎなんだ。他家に婿にやるわけにはいかん」
 レンの父の言葉に、レンもリンも言葉が出てきませんでした。
「そういうわけだから、そちらの娘さんが婿を取らないといけない立場だというのなら、むしろ別れて……」
「……ふざけんな!」
 レンが大声で怒鳴ったので、レンの父は反射的に口をつぐみました。
「言うにことかいてリンと別れろってなんだよ! 誰のおかげで俺が助かったと思ってんだ」
「その事実は感謝しているし、お嬢さんがうちに嫁に来てくれると言うなら喜んで迎えよう。だが、お前を婿にやるわけには……」
「ああもうっ! リン、帰るぞっ! このまま話してても埒があかない」
 レンはリンの手をつかむと、そのまま父に背を向けました。
「レン! お前、自分の立場がわかってるのか!」
「わかってるよ! 大事なリンをこんなところに置いとけるわけないだろ! 家の存続がそんなに大事なら、もう一人子供作るなり養子貰うなり好きにすればいい。
 とにかくっ! 俺はリンと一緒にリンの家で暮らす! 父上の指図は受けないっ!」
 一息にそう言うと、レンはリンの手をつかんだまま、家の外に飛び出しました。家の外では馬が待ち構えていました。
「なんか騒ぎになってますよ」
「放っといていいよ」
 レンは馬に飛び乗ると、リンを自分の後ろに乗せ、リンの家へと向かいました。しばらく走るうちに、リンがレンに尋ねかけてきました。
「ねえ、レン。良かったの? あんな風に出てきちゃって」
「いいんだよ」
「……あのね、もしも……」
「ダメだよ」
「え?」
「お前の両親は、お前がもし、家を出て嫁に行きたいって言ったら、淋しがるだろうけど最後は笑って送り出すだろ。そういう人たちだよ」
「…………」
「……だから、俺は実家には戻らない」
 リンは答えませんでしたが、レンの腰に回した自分の腕に力を込めて、その背に身体を預けました。


 そうして、レンはリンと一緒にリンの家に帰り、そこでずっと暮らしたのでした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

昔話リトールド【レンと不思議な馬】その六

このお話はこれでおしまいです。

「食べちゃだめ」と言われると食べてしまうのは昔話のお約束。本当、食べるなって言われると食べるし、開けるなって言われると開けるんですよね、大体どの話でも。

終盤の展開は結構いじりました(馬は継母を蹴り殺すのではなく食い殺す。また喋らないため、ヒロインは主人公が帰ってこないのをおかしいと思って自分から旅に出る。後、最後の大喧嘩はさすがにありません。婿にはやれんとは言われますが)

閲覧数:353

投稿日:2011/06/16 00:30:18

文字数:4,898文字

カテゴリ:小説

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