01
 あれから三年の時が経った。
 結局、ソルコタの内戦は終わらなかった。
 東側のテロ勢力はESSLF、と名を変えて、いまでも政府軍と激しい戦闘を繰り広げている。
 僕は――いや、もう私と言うべきか――あの頃の……子ども兵だった頃の名前を捨てた。
 いまの僕の……私の名前はグミだ。
 女であるということ。
 それは、テロ組織の中において都合のいい道具でしかなかった。
 十五歳程度の少女がテロ組織でたどる運命は、実に残酷だ。
 武器すら持たせてもらえずに前線で盾にされるか、地雷原を歩かされるか、自爆テロに利用させられるか……でなければ、大人の兵士と結婚させられ、望まない妊娠をするかだ。
 僕がそうしたパターンにならなかったのは、ある種の偶然のお陰だった。
 試しに持たされた自動小銃。
 AK-47と呼ばれるそれを、僕はみんなの想像よりもはるかにうまく扱えたのだ。
 女としてよりも、兵士として必要とされた。
 それは、テロ組織下にいた当時の僕の……ああ、そうだった、私、だ。……ええと、それで、当時の私のアイデンティティとなっていた。
 私は、著しい戦果を上げた。
 大人を殺し、子どもを殺し、兵士を殺し、兵士以外の人も殺して。
 老若男女問わず、情け容赦なく、誰にでも銃弾を叩きつけた。
 ……いまでも、彼らの死に際の表情が脳裏に浮かぶ。
 ずっと夜は眠れないままだ。
 ……いけない。
 こんなことばかり考えていたらダメだ。
 二時間後にはスピーチがある。
 草稿はできているけれど……緊張して言えなくなってしまったら台無しだ。
 落ち着いて、落ち着いて。
 深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
「グミさん、用意はできましたか?」
 小さな――けれど、私にとっては不相応に広い――個室に入ってきた年配の女性が鏡越しに微笑んで、そう声をかけてきた。
「……ええ、ケイト。覚悟は……まだだけれど」
 ぼく……私は振り返って立ち上がるとそう言う。私の弱気な言葉に、ケイトは笑う。
 ゆったりとした態度だが、その笑みの内にはとても強い芯を感じる。ソルコタの国連大使だということにも納得がいくところだが、そもそもその役職に女性がいるということにも大きな意義があるように思う。
 ソルコタは……未だ開発途上国とさえ言うのもはばかられる紛争地域だ。政府内は男性ばかりで、完全な男社会が形成されている。
 そういった男女格差に努力をしています、というアピールを対外的に行うのための人選でもあるだろう。けれどケイトは、そんなこと承知の上でそれ以上の仕事をしているんじゃないだろうか。
「誰だってそうですよ。こんな大舞台で緊張せずにいられる人なんていません」
 本当だろうか。ケイトが緊張するところなんて想像がつかない。
「でも……私は、誰から責められても仕方のないことをしたんだ」
「だからこそです」
 泣き言をこぼす私を、ケイトはまっすぐに見て真剣な顔で告げた。
「そんなことをせざるを得なかった環境に放り込まれてしまった自分のような人を減らしたいと、そう思ったのでしょう? たとえ、全世界に向けて、自らの罪の告白をすることになったとしても」
「それは、そうだけど……」
 直球過ぎる言葉に、僕はうつむく。
 けれど、そんな僕とは対称的に、ケイトは柔らかな笑みを浮かべていた。
「その勇気だけでも、称賛すべきものです。これまでも、被害者の言葉は国際社会で衝撃をもって受け止められてきました。けれど、違う視点からの当事者の言葉は、きっとまた違う衝撃を国際社会に与えることになるでしょう」
「ケイト……なんで余計にプレッシャーになるようなことを」
「なにを言いますか。銃弾飛び交う戦場で生き延びた貴女なら、言論の飛び交う戦場ごとき、大したことではないでしょう?」
「いえ、こっちの戦場の方が……過酷ですよ」
 ケイトの優しさに、僕、私は苦笑するしかない。
 ケイトは加害者という言葉を使わなかった。わ……たしに気を使ってくれたのだ。
「初めてその草稿を読んだときにも言いましたが、貴女には言葉をつむぐ才能があるわ」
「そうだといいのだけれど」
「大丈夫ですよ。戦っている人ですら、本当は戦うのが嫌なのだということ、みなさんにはちゃんと伝わります」
「私の言葉なんかで……伝わるかしら」
「貴女の言葉なら、国際社会に強いメッセージを伝えることができると、セグルム大統領もお考えです。もちろん、私も。きっとその通りになりますよ。さ、こちらのカンガを羽織ってください」
「……私、カンガは似合わないから――」
 ケイトが広げる極彩色の大きな生地を見て、私は反論が続けられなくなってしまう。
 それは左右で全く異なるデザインをしていた。
「これ……」
「わかりますか?」
「ええ」
 自信たっぷりなケイトの笑顔に、私はうなずき返す。
 そのカンガの右半分は緑と黄色の波打つ模様――コダーラ族の伝統模様――で、左半分は青と橙色のギザギザ模様――カタ族の伝統模様――だった。両者の融和を図りたいという、簡潔だがしっかりとしたメッセージがそこにあると一目でわかる。
「この一ヶ月、寝る間を惜しんで作ったんですから、ちゃんと着てもらいますよ」
「え……これ、ケイトが?」
「自分で作るのは久しぶりでしたけど、一度覚えたものはなかなか忘れないものですね」
 カンガをまじまじと見つめる。
 それはしっかりとしたつくりで、売り物と遜色ないクオリティだった。
 ケイトはさらりと言ってのけるが、このカンガを作るのはそんなに簡単なものじゃなかったはずだ。技術はもちろんだが、手間的にも。大使の仕事だっておろそかにするわけにはいかないというのに。
「……さ、着てください」
「わかりました」
 その熱意に根負けした。
 カンガを手に取ると、それで頭をおおい、首に回し、上半身を包むように身にまとう。
 鏡に写る自分を見て、私は――。
「……ケイト。ほら、私にはやっぱり似合わ――」
「……」
 視線を上げた先、鏡に写った私の肩越しのケイトを見て、口をつぐむ。
「……ケイ、ト?」
 ケイトのほほには一筋の涙のあとがあった。
「あら、ご……ごめんなさいね。この歳になるともう、涙もろくなっちゃうわね」
 目元をぬぐいながら、言い訳がましくそう言うケイト。
「とっても綺麗よ、グミ。銃を持っていたときとは見違えるようだわ」
 私の肩に手を添えて、ケイトは微笑む。
 ケイトと出会ったのは、まだ私が子ども兵だった頃のことだ。
 政府の要人だったケイトを、私は殺そうとした。
 そんな私を、ケイトは救ってくれた。
 私にとってケイトは母親のような存在だ。彼女がいなければ、いまの私は存在しない。
 同じようにケイトもまた、私のことを「わが子」と呼ぶことがある。
 それはもちろん嬉しいけれど……同時に気恥ずかしくてくすぐったい。
 ケイトの様子を見ていたら、自分には似合っていないからカンガはやめよう、なんていう主張はできなかった。
「それじゃ行きましょうか、グミ」
「そうね。わかったわ、ケイト」
 そうして私は、ケイトと共に部屋を出て会場へと向かった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

アイマイ独立宣言 1 ※二次創作

第一話
お待たせしました。
ゆうゆ様の「アイマイ独立宣言」の二次創作をお送りいたします。

前作「イチオシ独立戦争 ※二次創作」の続編となっております。それにともない、前作読了前提の話となっておりますので、前作を未読の方はそちらを先にお読みください。

また、前作に続き残虐な描写、グロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。

「イチオシ独立戦争」はcul、「アイマイ独立宣言」はグミの曲です。主人公が変わるに当たって、無茶な対処をしてしまいました、かなり……苦肉の策ですね(苦笑)

全二十話……前後を予定しています。


今回、二次創作にあたり、下記の書籍を参考にしました。

植木安弘著「国際連合 その役割と機能」株式会社日本評論社 2018年

閲覧数:65

投稿日:2018/11/05 22:22:30

文字数:2,959文字

カテゴリ:小説

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