ミクさん達は、人間の世界について勉強する為に、人間の真似事をする事がある。
今朝の井戸端会議も、そうだった。
水の出ない所に井戸を作って、机と椅子と葱を並べて話す。
人間の私から見ると、異様な光景だ。
「今日の議題は、歌う時の振り付けについて」
議長のミクさんは、真面目に語り出した。
「私達には長い髪があります。だから、髪の使い方を極めましょう。」
集まったミクさん達は、次々に意見を述べる。
「私は、空を飛ぶんだよ。」
「倒れそうになった時の、支え棒。」
「寒い時にも便利よ。布団にくるまって、食事をする時。」
確かに、極めてはいるけれど、振り付けとは全然関係がない話。
議長のミクさんは、それらを、満足顔で聞いている。
熱い議論をしているようで、世間話に終始する。
一見奇妙に見えるけれど、井戸端会議の本質を捉える辺り、ミクさん達の観察眼は素晴らしい。
私が感心していると、隣に座っていたミクさんが、こう言った。
「私、これから、スタジオで歌うの。見に来る?」
「「行くー!」」
ミクさん達の声が、一斉に響く。ミクさん達は、聴覚も優れているようだ。
お昼過ぎ、ぞろぞろと、見学に行くミクさん達。
VOCALOID向けの、スタジオがあるらしい。
「何時でも同じ歌い方が出来るように、ここで練習するんだよ。」
隣を歩いているミクさんが、私に説明してくれた。
あっさり受付を通ると、道が2つに分かれている。
「私はこっち。」
「私達は、こっち。後でね。」
観客席が用意されていて、私達は全員座る事が出来た。
後ろを見ると、スタッフらしい人達が、スタジオの端で円陣を組み、なにやら相談をしている。
「なになに。歌唱中の初音ミクをセクシーに写す。なんて無謀な。」
「だからこそ、貴重なのだよ。」
「そう、番組の為なら、命を張る。それが僕達、カメラマン。」
「頑張るぞー」「「おー!」」
「ぎりぎりを目指せー」「「おー!」」
「最後まで生き残るぞー」「「おー!」」
「後悔するなよー」「「おー!」」
彼らは、円陣を解き、これから壮絶な戦いに向かうかのような決意の目で、持ち場に着いた。
彼らは全員、青いマフラーを巻いている。そうか。複数居るのは、初音ミクだけでは無いのだ。
ミクさんの歌が始まった。
今朝の井戸端会議の成果なのか、歌っているミクさんの髪が、シャープに揺れる。
「1カメ。初音ミクに近づいて、斜め下から横に振ります。」「慎重にな。」
隣で撮影しているカメラから、無線の声が聞こえる。
カメラが徐々に被写体に近づいて、当初の目的を達成しそうに思えた矢先、
わたしは、みーどりー♪ パーン。
歌っているミクさんが、曲に合わせて、素早く振り向く。
伸びた髪はカメラを叩き、カメラのレンズは見事に割れる。
ねぎが♪ だ、い、すーき♪
「1カメ。失敗しました。」
隣に座っているミクさんを見ると、「当然。」という表情で聴いている。
初音ミクって、歌手ですよね。ミクさん。
一束食べても♪
二束食べても♪
私が驚きながらステージを見ていると、「2カメ、隠れながら移動します。」
みんな食べても、収まらないの♪
ステージの横からダンボール箱が登場。素早く後方に回り込む。
そ、れ、は♪
歌っているミクさんの、髪の揺れが大きくなって、
ねぎ、ねぎねぎ♪ 私を誘う♪ しゃー、パーン。
隠れていたダンボール箱ごと、吹き飛ばされる。
ねぎねぎねぎ♪ 緑の野菜♪
「2カメ。やられました。」
「3カメ、4カメ、同時に進め。」
なんという人達だ。でも、観客のミクさん達は、誰も止めない。
私が憤慨(ふんがい)して、彼らを止める為に立ち上がろうとした瞬間、
ねぎねぎねぎ♪ 私を惑わす♪ しゃー、しゃー、パパーン。
2枚の青いマフラーが宙を舞う。
歌っているミクさんの髪は、何事も無かったかのように、歌に合わせて揺れている。
ねぎねぎねぎ♪ 緑の悪魔♪
「後のカメラの指揮は君に任せる。」
「了解しました。御武運をお祈りします。」
後ろを振り向くと、いつの間にか大砲が設置されていて、青い人影が乗り込もうとしている。
ねぎー♪
ねーぎねぎねぎ♪ ピリリと効いて♪
ねーぎねぎねぎ♪ ピリリと沁(し)みて♪
私の大好き♪ 緑のあーくーまーーーー♪ ボン!バーン!メキ!
何かが、凄い勢いで通り過ぎたと思ったら、
歌っているミクさんの手前で、あらぬ方向に吹き飛んだ。
私は悪魔じゃ♪ 無いんだからね♪
最後のポーズを決めたミクさんは、爽やかに微笑んでいた。
歌い終わった周りには、5台のカメラと青いマフラーが散乱していた。
隣に座っているミクさんに聞くと、このような事は良く起きる、との事だった。
初音ミクは、不埒な輩を撃退する為の髪を持ち、
鏡音リンは、彼らを蹴飛ばす為の足を持ち、
巡音ルカは、その気を起こさせないように、長いスカートで防御する。
それらは全て、彼女達の存在意義である、歌うという行為を完遂する為にある。
ここまで思考を進めて、私は、今朝の井戸端会議で、議長のミクさんが微笑んでいた理由を理解した。
今朝の彼女達は、髪を自在に動かす為の訓練方法について、情報交換をしていたのだった。
荒ぶる髪の使い方
「ミクさんの隣」所属作品の1つです。
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