しっかりとバックのファスナーを閉め、背に負った。
僕の持ち物といえば、こんなリュックに入りきる程度だったのかと、今になってやっと気付いた気がする。
出口のドアの傍まで来ると、振り返り、もう一度この部屋を見渡してみる。
灰色の壁、窓は無く、そう、無機質な部屋だ。
でも、この部屋とももうお別れの時が来た。
この部屋で過ごした数週間が、何よりこの水面基地で体験した様々な出来事が、記憶としていつまでも僕の中に色濃く残るだろう。
忘れられない、思い出として。
気持ちを整理して、ドアの方を向き直ると、ノブに手をかけようとした。
「え?」
ドアはひとりでに開けられた。
その向こうには、黒髪の少女と中年の男性が立っていた。
少佐と、ミク。
「博士。お迎えの車が到着しました。」
「ひろき・・・・・・いこう。」
「・・・・・・うん。」
僕は、様々な思い出を残した、その無機質な部屋をあとにした。
――2020年・9月21日・火曜日・午前9時・水面基地連絡通路出口――
「あ、おいミク!」
「隊長!みんなも!!」
ミクが所属していた部隊の隊長と隊員の人たちや、ウィングの整備士の人が黒い迎えの車へ向かう僕達を呼び止めた。
「ミクぅ~~~本当に行っちまうのか?え?」
「さびしいなぁ・・・・・・。」
「ごめん・・・・・・今までありがとう。武哉。舞太。」
「ミク・・・・・・きのうは、ありがとう。」
「わたしこそ。ありがとうGP-1。」
「おいコラ!ミクちゃんを独り占めスンジャネぇ!」
「ミークちゃ~ん!最後に抱っこさせてぇ!!」
「あっはは・・・・・・くすぐったい!」
その様子を見て、僕は少佐と苦笑した。
ミクは笑っている。
たくさんの人達と一緒に。
それを見て、やっと気付いた。
ミクが、この基地に来た事で得られたものが。
「早くしてください。」
ドライバーの空気の読めない発言にミクが振り向いて、僕の瞳を見つめた。
僕はただ、静かにこっくりと頷いた。
「みんな・・・・・・そろそろ、行かないと・・・・・・。」
「ミク・・・・・・うぅッ。」
遂に一人が袖で目蓋を抑えた。
「・・・・・・隊長・・・・・・みんな・・・・・・今まで、本当にありがとう。」
ミクは背筋を正し、みんなに向かって敬礼をした。
「礼を言うのは、こっちの方さ。」
隊長は、そう言って敬礼した。
みんなも、中には溢れ出る涙を必死にこらえながら、敬礼した。
「さよなら。」
「ああ・・・・・・さらばだ。」
ミクは僕の方を向いた。
ミクもまた、頬を一滴の涙で濡らしていた。
「ミクさん・・・・・・待ってください!」
ミクの後ろから突然声が聞こえた。この声は・・・・・・。
「司令!」
少佐の驚いた声が地下駐車場に響いた。
みんなも驚き、振り返ると、そこにはよろよろと不安定な歩き方で、こちらに歩いてくる世刻司令の姿があった。
「司令!まだ救護室でご安静にされたほうがいいです!」
少佐が駆け寄り、その場で前かがみになった少佐に肩を貸した。
「ミクさんがこの基地を去ってしまうというのに、ただ寝ているだけというわけには行きません。」
「司令・・・・・・。」
「ミクさん・・・・・・私は、あなたに翼を与えたにもかかわらず、それを兵器としたことを許してください。」
司令の口から思いがけない言葉が出た。
でも、本音なんだろう。
その表情は、神妙なものだった。
「いいんだ。司令。わたしも、空を飛べて本当に嬉しかった。翼をくれて、本当にありがとう。」
「ミクさん・・・・・・。」
急に、辺りがしん、と静まり返った。
そのとき、隊員の一人が言った。
「なぁみんな。折角集まったことだし、最後に集合写真でも撮らないか。」
と、ポケットからカード状のデジタルスチルカメラを取り出した。
「お、いいねぇ気野!そうと決まれば、ささ、集まって!少佐も博士も!」
「ひろき!ほら!」
「あっ、うん。」
ミクに袖を引っ張られ、僕はみんなと同じように並んだ。
少佐も、やれやれといった感じで並んだ。
カメラを持った人はカメラを車の上に立てると、みんなの中に混じった。
カメラのタイマーランプが、チカチカと点滅する。
「三・・・二・・・一・・・ハイチーズ!!!」
その瞬間、フラッシュが瞬き、僕達の思い出をメモリーに刻んだ。
撮影が終わると、僕とミクは車へ歩いていった。
ドアの前で、ミクは一度立ち止まり、またみんなのほうを向いた。
「みんな!ありがとう!そして、さよなら!!だけど、また会おう!!!」
「おう!!!」
みんなは、ミクのお礼に、力のこもった声で答えてくれた。
そのとき、通路のどこからともなく吹き込んだ突風が僕らを巻き込んだ。
次の瞬間、ミクの着ている、土産として貰う制服のスカートが舞い上がった!
「あ。」
「んなッ!」
「あ・・・。」
「おーッ!」
「うを!!!」
「?」
「ちょ。」
「おお。」
「何と・・・・・・。」
「?どうした、みんな。」
最後の最後で、全てが白日の下にさらされてしまった。
ミク・・・・・・あれほど言ったじゃないか・・・・・・!
「みんなー!!さよーならー!!!」
「おーう!!!また会おうぜー!!!」
たくさんの仲間達に見送られて、僕とミクは、遂に水面基地を出て行った。
「ミク・・・・・・泣いているの?」
「ううん・・・・・・泣くのは、もうやめた。」
「そっか。強いね。ミクは。」
「わたし、今までも楽しかったけど、これからも楽しみなんだ!ボーカロイドになったら、どんなことをするのかなって。」
「そっか・・・・・・そうだね。あ、ほら、通路を抜けるよ。」
「わぁ・・・・・・いい天気だ・・・・・・。」
「カモメがたくさん飛んでる。」
「青い・・・・・・・・・。」
「え?」
「空・・・・・・すごく・・・・・・きれい・・・・・・。」
「ああ・・・・・・そうだね。」
僕とミクは、車の窓から見える雲ひとつない晴天の空を
いつまでも、見つめ続けていた。
午後五時四十分。俺は部下五人と共にブリーフィングルームを出た。
「いやー楽勝楽勝!あんなザコども、いくらいたって足しにならん!」
「何言ってんだ。ミクの時は真っ先にやられたくせに。」
「うるせ。あん時ゃあん時だ。」
「ま、初めて戦ったときよりはマシかな。」
「なにおー!」
俺達は半ばふざけあいながら通路を歩いていった。
ミクがこの基地を去ってから、早三ヶ月が経過した。
人員不足に悩まされた水面基地は、クリプトンの例のミクオ反逆事件の謝礼として試作段階であった量産型アンドロイドを大量に提供し真っ先に水面基地に配備されることとなった。それに伴い、俺達の機体も大幅に強化され、今日は、その空戦テストをデータ収集のために行った。
人員は少しづつながらも補給されているが、高価な機体はパイロットの数に追いつくことは難しい。
なにはともあれ、水面基地は閉鎖を免れ、俺達は今もこうしてソード隊であり続けている。
それともう一つ、あの反逆事件によって、感情を持った兵器、つまりは人間型アンドロイドの採用は断念されることとなった。
クリプトン側も、二度と感情を持った兵器を作ることは無いだろう。
流石にクリプトンもあれほどの事件起こったことで考えを改めたと見える。だが、ゲノム、強化人間の研究は今なお続けられているらしい。
俺はただ、もう二度とあのような惨劇を繰り返したくないと願っている。
「アーッ。今日の晩メシはまあまあ良かったな。」
麻田がベッドにどう、と音を立てて倒れこんだ。
「シーチキンサラダ。いつもよりはマシかな。」
そう言いながら俺もベッドにつく。
今日はもう特に予定も無く、麻田とこのまま熟睡して明日に備えることも可能だ。
「さてと、僕は読書でも。」
と、気野は小説を開く。
そういえば、あと二名ほど足りない気がするが・・・・・・。
「おい。おい麻田。」
返事が無い。
俺は起き上がって麻田の様子を伺うと、何と既に爆睡している。
本当にこいつは寝るのが得意だ。
また神田少佐にクリップボードで殴られるがいい。
麻田がダメなので俺は気野に尋ねた。
「残りの二人はどこ行ったんだ。」
「売店に寄ると言っていたよ。」
気野は本のページから視線を外さず応えた。
そのとき、外から廊下を走る二人分の靴の音がこの部屋に向かって近づいてきた。
次の瞬間、部屋のスライドドアが勢いよく解き放たれた。
そこには二人の美少年。
「どうした朝美。そんなに慌てて。」
何時に無く焦った様子である。
「あのね、これ見て!」
朝美は新聞のテレビ欄を俺に見せ付けた。
「・・・・・・何ぃ・・・・・・!」
そして、もう一人の美少年が、GP-1。いや、
「ソラ、テレビつけて!」
「うん。」
GP-1は、あれからどこへも配備の当てが無く、結局水面基地の隊員となった。今はソード5として俺達と共に飛び、共に生活している。
そして、朝美が、彼に「ソラ」という名前をつけたのだ。
今では皆、ソラと呼んでいる。
ちなみに、ミクの部屋にあった二十型の液晶テレビはどういう訳か喜ばしいことに俺達の部屋に置かれることが許された。
今、ソラがテレビのチャンネルをいじっている。
騒がしくなったので気野が読書を止めた。
「どうしたんだい?」
すると朝美は気野に新聞を見せ付けた。
「新人ボーカロイドデビュー・・・・・・雑音ミク!」
「ぬぁにぃッ!!!ミクが?!」
今の瞬間まで爆睡していた麻田が飛び起きた。
こいつ本当に寝てんのか。
「そうだよ!ミクちゃんがテレビに出るんだって!!!」
「あ。ついたよ・・・・・・!」
ソラがチャンネルの設定を終えた。
五人全員の視線がテレビ画面に集中する。
「ミク!!!!」(×5)
そこには、ステージの上にあの制服と似た衣装を着て立つミクの姿があった。
ミクはマイクに向かって元気な声を響かせた。
「みんな!!わたしは雑音ミク!!!これから、わたしもボーカロイドになる!みんなわたしを応援してくれ!!!」
ミクの声に、どこからか大きな歓声が沸き起こる。
「では、さっそく歌おう。曲名は、『Fly the Sky』!!いくぞ!!!」
ミクは歌った。
とても美しい声で。
俺達はただじっとミクの歌う歌に聴き惚れていた。
途中からどうしたのか、視界がぼやけてきた。
俺は涙を流しているのか。
このすばらしい歌で。
そう。
まさしく、曲名の通り。
空の黒い天使。
・・・・・・・Sky of Black Angel・・・・・・。
―――――――――――――――――――了――――――――――――――――――――
Sky of Black Angel 最終話「on Stage Black Angel」
第一作目、やっと終わりました。
本当に大変な道のりでした。約五ヶ月ほどかけて完成させました。
なんていうか、こういった長編小説は初めてだったので文章力とかが少々不安でした。
早めに続編を書きたいと思っています。今度はそんなには長くならないつもりですが。
今回のが一般的にあまりにも理解しがたいマニアックなものでしたが、次回作は皆様もよく知ってるボカロが出てきますし、フツーのお話にする予定です。
(それでも今作の時間軸と設定は完全に受け継がれています。)
まぁ、実を言っちゃうと完結するまで四作あるのですが。
とにかく、ここまで無事完成したのも見てくれる人たちがいてこそです。
コメントをくれた皆様、本当に感謝します。
さぁ、次からは亜種の中でもかなり有名で著作権すらある
「あのボカロ」が登場します。
そして、ジャンルはガラッと変わっちまいます!
何と恋愛系!!
意外な「あのボカロ」も出てきたりして?
次回の更新後期待ください!
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ご意見・ご感想
sukima_neru
ご意見・ご感想
感動しました。もう、課題レポート書くのも忘れて読みふけってしまいました。
雑音ミク巡りしていて、このような素晴らしい作品に巡り合えたことを嬉しく思います。
シック小隊の4人は帯人とキクしか知らなかったのですが、ワラの魅力にやられました。かわいいですワラちゃん。
次章も早速読ませていただきます。
2010/04/21 16:02:25