俺の周りでは、人々が生み出す様々な音で溢れている。
雑踏・・・・・・。
話し声・・・・・・。
笛の音・・・・・・。
太鼓の音・・・・・・。
そして、俺の周り、この商店街には様々な人間で溢れている。
この町独自の祭行事か、法被や浴衣姿の人間が目立つ。
こんな場所にいることは、俺にとって始めてだ。
この前の任務まで、俺は陸軍の地下施設でひたすらVR訓練をこなしていた。
しかし地上の文化を知らないわけではない。寧ろそのことを知るために、メディアや書籍にはよく目を通していた。
だが、実際にその場へ赴くことはあるはずもなかった。
人前の生活を送っていたものの、決して社会を目にすることはないはずだった。
俺は、兵器だからだ。人の形をした。
だから・・・・・・。
「デル。ターゲットの場所は特定できるか?」
不意に、今まで沈黙を通していたタイトが話し出した。
タイトはレーダー端末を持っていないのか。
「待ってくれ・・・・・・。」
俺はビジネスバックからレーダー端末を取り出した。
画面を見ると、ここから数十メートル離れた地点に光点が確認できる。
光点との距離を計算させると、およそ三十メートル。
「近いところにいる・・・・・・今は静止している。このまま接近しよう。」
「分かった。」
レーダー端末は、ただのPHSに見えるので、持ち歩いていても怪しまれはしないだろう。
人にぶつからないよう、かつレーダーを注視しながら、俺とタイトは歩調を合わせて光点を目指し歩いている。
すると、突然ナノマシンに無線のコール音が響いた。
だが、それは無線周波数が分からず、博士や少佐が使うはずの、衛星越しのバースト通信ではなく、ナノマシン同士の直接通信だった。
タイトも受信したらしく、俺達は足を止めて視線を見合わせた。
恐らく、ターゲットからの送信だろう。
『・・・・・・聞こえる?』
雑音に霞みながらも耳に入ったのは、女性の声。
ターゲットの陸軍工作員、栄田道子のこえに違いないだろう。
『こちらは陸軍特殊部隊のアンドロイドだ。通信を受信した。だが通信状態が良くない。そちらの周波数を教えてくれ。』
あらかじめ用意された台詞のように、テンポ良くタイトが要求する。
やはり、俺より人との接し方が慣れている。
軍ではエゴシネーションの教育も受けたが、やはり実際に人間に接している機会が多いタイトには敵わないだろう。
『分かったわ。無線周波数を、148.05に会わせて。』
彼女の言うとおりに無線周波数を調節すると、雑音が消え、クリアーな音質となった。
「今調節した。あんたは陸軍諜報科の工作員、栄田道子だな。」
『あなたたちのことは聞いているわ。でも・・・・・・ちょっと、その場で止まってほしいの。』
俺もタイトも、言われるままにその場へ足を止めた。
「どうした。何かあったのか?」
『・・・・・・一応お互いの距離を離して、あなたたちに私を尾行する形でついてきてほしいの。現状は分かるでしょ?』
彼女の言うとおり、この状況では多少の用心が必要かもしれない。
俺達は視線のみで頷き、彼女の要求を飲むことにした。
「分かった・・・・・・そのようにしよう。」
『今、あなた達と私との距離は、およそ三十メートル。私の位置は把握済みだと思うから、着いてきて。それと、歩いて五分程度で人通りの少ない道に出て、茂みに入るわ。それまでに少しづつ距離を詰めて。私は今のペースを維持するから。そうそう、私は茶色に白い線が入った帯をした浴衣を着ているわ。私の周りには茶色帯の人はいないから、見つけやすいと思う。』
「了解だ。」
『お願いね。』
無線を終了し、再びレーダーと前方を注視しながら歩き始めた。
いつの間にか祭囃子の音は大きくなり、目の前では巨大な屋台を法被を着た男達が汗まみれになって引っ張っている。
屋台の上では、同じく法被の大人に混じり、子供が笛や太鼓で特徴的な祭囃子を奏でている。
屋台の装飾はこれまで見たことがないほど煌びやかで、商店街に吊るされた提燈のほのかな灯りと合間って、神々しく幻想的な雰囲気をかもし出している。
これが、祭りか・・・・・・。
人々が、長い歴史の内に作り出した独自の文化。それの最も代表的な表現といっていいだろう。
文化と一口にするのは簡単だ。しかし俺は其れを見たことはない。ただの情報として、記憶の隅にあるだけだった。
だが、こうして目の当たりにすると、信じられぬほど、大迫力で、神聖な何かを感じる。
今までの俺には、想像も出来なかった光景が、今、目の前にある。
・・・・・・いや・・・・・・。
一瞬その光景に目を奪われたものの、俺はすぐに意識をレーダーに戻した。
今は任務中なんだぞ・・・・・・。
この俺に、人の文化など何の関係がある。
俺は兵器だ。兵器はに文化は必要ない。
忠実に任務をこなせば、それでいい。
そんなことを考えていると、屋台を通り過ぎ、前方に浴衣を着た女性が歩いていた。
茶色に、白い線・・・・・・彼女だ。
『聞こえるか?あんたの姿が見えた。徐々に距離を詰めていく。』
タイトが無線を入れると、前方の女性が僅かに振り返った。
『お願い。』
彼女が無線で小さく答える。
俺とタイトは歩調を速め、彼女に接近していく。
屋台を過ぎたところから既に人気が少なくなっていき、商店街を抜けると、歩いている人間はほんの数人だった。
そして俺とタイトが彼女の背後に並んだ。
「・・・・・・良く来たわね。始めまして。栄田道子よ。」
歩きながら彼女が挨拶をする。
「休暇中すまないが・・・・・・緊急事態だ。話せるだけ話してほしい。」
俺が言うと、彼女が振り向いた。
「この茂みの先に私の別荘があるから。そこで話しましょう。」
「分かった・・・・・・。」
そのまま彼女の背を追い続けると、いつの間にか裏路地に入り、ろくに舗装もされていない林道へと足を踏み入れた。
夕暮れも過ぎ、薄暗くなった竹薮を突き進むうちに、目の前には古めかしい日本家屋が建っていた。
「さぁ、入って。中で話をしましょう。食事も用意するから。」
手っ取り早く話を聞き出したい、と言いたいところだが、なぜか抵抗する気も起きない。
タイトを見ると、彼は黙って頷いた。
言われるとおりにしよう、という意味だろう。
「さぁ、早く。」
「ああ・・・・・・。
彼女に導かれるまま、俺達は古めかしい戸の敷居を跨いだ。
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