「・・・・・・しかし、来てしまったものは仕方ない。頼んだぞ帯人。『チェシャー・キャット』。」
ほふ、とため息をつくパール。
もしかしたら、苦労人なのかもしれない。
しかし、今、妙なことを言わなかったか?
「チェシャ猫・・・・・・って、誰のこと?」
まさかアマルが・・・いや、しかし、パールに耳がある以上、アマルがチェシャ猫なら当然、猫耳がついていそうなものだが・・・・・・。
「何を言ってるんだ?帯人。」
「・・・・・・帯人、ゆっくり、頭を触ってみるといいわ。」
怪訝そうなパールと、何かを堪えるような顔をしているアマル。
言われたとおり、頭に手をやる。
掌に違和感。
頭の上に、何か突起がある。
頭の左右に、三角形に近い形をしたこれは・・・・・・!
「はい、鏡。」
アマルがくすくす笑いながら、肩から提げたポシェットから、小さな手鏡を出して手渡してくる。
受け取って、恐る恐る覗き込んだ。
「・・・・・・・・・・・・ッ!?」
驚愕と共に、頭の上にあったソレが、ぴこっと動いた。
ぴこぴこ、と。
黒い・・・・・・猫耳が。
「あの・・・これ、これは・・・?」
「ボクが『白兎』、アマルが『読者』。月隠 凛歌が『アリス』。で、帯人、君は『チェシャ猫』だ。『歌』を聴いたろう?この世界は、『チェシャ猫』が『アリス』を探す『物語』なんだよ。まぁ、ベースが『終わりゆく国のアリス』と言っても、凛歌が知ってる限りの『アリス』作品に影響を受けている可能性がある。」
『歌』。
そういえば、夢の最初にそんなのを聞いた気もする。
「パールの二丁拳銃だって、あの乙女ゲーの影響だもんねぇ。」
そういえば、あの忌々しいゲームのモチーフは、『銃弾飛び交うワンダーワールド』だったか。
可愛らしい人参の刺繍を施された二つのホルスターを見ながらぼんやりと思う。
僕の腰のあたりから伸びている黒い尻尾が、今更ながら目に入った。
「可能性としては・・・ハ○アリにクロ○リ・・・。」
「乙女ゲーね。それから携帯アプリゲームの方もあったと思うわよ?」
「原作や、黒ネズミ社のアニメ映画もあるぞ?まったく、次に出てくるパターンが絞れないじゃないか。」
2人の会話を聞きながら、ふっと頭に浮かんだ言葉を口にする。
「・・・・・・『人柱アリス』。」
ぎょっとした顔で、2人がこちらを振り向く。
「縁起でもない・・・・・・それなら帯人、君は『2番目』にならないように注意するんだな。『勇ましい』『1番目』や『双子』の『4番目』では有り得ないから除外されるかな。『幼い』『3番目』はちょっと微妙かもしれない。」
「あら、『3番目』は私かもね。つい最近産まれた感情である私は、見てのとおり『幼い』感情であるといえるし、私の元となった『月隠 凛歌』はこの国を創りあげた・・・所謂、この国の『女王』とも言える立場じゃない?『綺麗な姿』かどうかは置いておくとしてね。」
「『2番目アリスは大人しく』『歌を歌って不思議の国』・・・帯人はボーカロイドだし、どちらかといえば大人しい部類に入る・・・当てはまる、な。気をつけろ。『イカレた男に撃ち殺されて』『真っ赤な花を一輪咲かせ』『枯れていく』のは嫌だろう?」
真面目な顔をして、『人柱アリス』の影響を受けていた場合についての予測を立てていく二人。
この辺は、やっぱり凛歌の一部なんだと実感できてしまう。
「まあ、ここで議論を戦わせていても、仕方ない。何かが出てきたら、出てきたときのことだ。時間は呆れるほどに無い。そろそろ、出発しないと。」
パールが、小指の先ほどの小さな鍵を懐から取り出す。
そのまま、石造りの壁に向かってしゃがむ。
よく見ると、壁にはドールハウスについているような、小さなドアがついている。
「そういえば・・・・・・この部屋、井戸がないよね。」
僕達が井戸を通ってきた以上、それがどこかにあるはずなのだが・・・。
「君らをピックアップしてから、移動した。『共同意識』の残渣・・・身体や服に染み込んだ水・・・を、除去しなきゃいけなかったから。あのままにしていたら、2人とも確実に狂っていたよ?」
鍵をかちゃかちゃやりながら、パールが答える。
かちり、と音がして、扉が開いた。
「さあ、この場所はまだエントランス。この先が、凛歌の精神世界。本当のワンダーランドだ。」
「・・・・・・どうやって、通れと?」
扉は、どんなに多く見積もっても15センチくらいの高さしかない。
「そこに、薬がある。飲めば縮む。・・・・・・少々、クセのある薬だけど。」
パールが示した方を見ると、いつの間にか、そこには簡素な机が置いてあった。
机の上には、小さな瓶がひとつ。
手に取ると、紅いとろりとした液体が入っている。
蜂蜜を紅くしたような質感だった。
『私を飲んで』
唐突に、声が聞こえた。
ぞわりと背中が粟立って、尻尾の毛が逆立つ。
思わずアマルやパールを振り返るが、二人は何も言っていない。
『私を飲んで』
また、だ。
思わず、掌の中の瓶を見る。
『飲んで。私を飲んで。』
コイツだ。
コイツが喋ってるとしか思えない。
「早くしてよ。時間は呆れるほどに無いんだから。」
だったら自分が飲んでよ、という言葉をなんとか喉の奥に押し込める。
薬が1人分しかないということは、この2人は薬以外の何らかの方法で身体を縮めることが出来るんだろう。
『私を飲んで』
・・・・・・飲んだら、胃の中から声がしてきそうだ。
意を決して、一気にあおる。
チェリータルトと、カスタードと、パイナップルと、七面鳥ローストと、トフィーと、熱いバターつきトーストを混ぜたような味だが、何故だか美味かった。
この夢だか悪夢だか精神世界だかは、味覚にも干渉するのだろうか。
ぐらぐらと視界が揺れて、ぐるりと掻き回され、極彩色を帯びる。
次の瞬間には、アマルとパールが巨人並みのサイズになっていた。
いや、多分僕が縮んだんだろうけど。
「やたらと可愛いサイズになったわね、帯人。」
アマルが僕を覗き込み、指先で軽く尻尾をつまむ。
次の瞬間、アマルがしゅるんと縮んで僕の隣に並ぶ。
その隣では、同じサイズになったパールが懐中時計を覗き込んでいた。
扉を潜る。
扉を出てすぐ、目の前に、薔薇の樹が一本植えてあった。
花が一輪だけ咲いている。
青い、薔薇の花。
強い、風が吹いた。
がさがさと薔薇の樹がゆれる。
突風が、僕のシャツの裾を僅かにめくり上げた。
風で散った薔薇の花びらが一枚、そこに張り付く。
ちょうど、臍の左横あたりだ。
指で摘んで外すと、花びらから汁が染み出たのか、皮膚の上に色が残った。
ひゅっ、と隣で息を飲む音。
パールが、蒼白な顔をしてそこを見ていた。
もう一度見直して、その理由に気付く。
臍の横に付いた青い印は、トランプのスートのひとつ・・・ダイヤの形をしていたのだ。
「やだぁ、首の後ろに葉っぱついちゃったぁ!」
アマルが、小さな手を後ろに回して緑の葉を引っぺがす。
不吉な予感と共にそれを見ると、クラブの印が刻み込まれていた。
「予測的中・・・かな?それとも、ボクたちが話していることから、『凛歌』が連想したのか・・・どちら、かな?」
ぽつり、とパールが呟いた。
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 17 『Gatto Cheshire』
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章17話、『Gatto Cheshire(ガット・チェシャー)』をお送りいたしました。
副題は、『チェシャ猫』です。
小さくない猫耳帯人です。
すいません暴走しすぎました(平伏)。
多分、凛歌は三頭身猫耳状態の帯人から『チェシャ猫』の連想をしたんでしょう。
それでは、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
次回もお付き合いいただけると幸いです。
コメント3
関連動画0
ご意見・ご感想
アリス・ブラウ
その他
秋徒様>
コメント、ありがとうございます。
小さくない猫耳帯人、登場です。
萌えて下さいまし♪
きっと薬さんは、帯人が飲まなかった場合は延々『私を飲んで』と繰り返すのでしょう(笑)。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。
髑髏くん様>
コメントありがとうございます。
某黒ネズミ社に版権で訴えられたくはないので、わざとぼかしてあります(笑)。
私にはもったいないほどのお言葉、ありがとうございます。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。
2009/07/06 00:55:07
dkbooy
ご意見・ご感想
思わず某D社の不思議の国のアリスを思い出しました。
というより小説をしらないだけですが
いつも読んでいてアリスさんの世界に吸い込まれます♪
これからも頑張ってください。
2009/07/05 15:44:03
秋徒
ご意見・ご感想
ネコミミキタ――ッ!(゜∀゜)
どうも、秋徒です。久々のコメントすみませんm(_ _)m 相変わらず更新ペースが早くて羨ましいです。
不覚にも『私を飲んで』に吹きましたwwさすが夢の国は何でもありですね。そして…人柱アリス来ましたね!猫帯っちゃんがダイヤに…あわわ、しかもパールさん銃持ってるじゃないですか! いや関係ないかw とにかく生きて猫帯人!
次回も楽しみにしてます!
2009/07/05 01:09:01