誰かに家に帰る道を訊きたいけれど、だれも通らないんじゃあどうしようもないや。とがちゃ坊は半ば開き直った気分でその場に座り込んだ。ずっと歩き回っていたせいで、少し疲れていたのだ。それにおやつを食べ忘れたせいでお腹もすいている。
 ぽっけに何か入れていなかったかな。とカーネーションを入れていたのと逆のポケットを探ろうと身をよじった瞬間、こつんと背中にな何か堅いものがあたった。
 青いフタに透明の大きな容れ物。銀色の金属の足が付いていて容れ物の下にはレバーが付いている。そしてその中には沢山のカプセルが詰まっている。
 それはがちゃ坊も良く知っているガチャガチャの機械だった。
 これがあるってことは、ここはもしかしてイナセ屋さんの店先かな。とがちゃ坊はガチャガチャに向き直り、その横に書かれている赤い文字を指でなぞった。
 そこに書かれていたのはがちゃ坊の知らない名前。
 あれ?僕の知っているガチャガチャってこんな名前じゃなかったよなぁ。と、がちゃ坊は座り込んだまま首をかしげた。なんだろう、にこって。何かのゲームか漫画の名前かな?
 うーん、と唸りながらそのガチャガチャの機械に張り付けられたアイテムの写真を眺めて。そしてがちゃ坊はあ、と声を上げた。
 あ、このガチャガチャの景品の中にカーネーションの飾りが付いているものがある。
 その事に気が付いて、がちゃ坊は確認するようにお財布の中身を覗き込んだ。記憶の通り残っているお金は二十円。カチャカチャは一回二十円。
 だけど当たらないかもしれない。というか当たらない事の方が多いんだガチャガチャって。それにあたったとしても一個だけ。あと二個欲しいのに、ここで残りの二十円を使い切ってしまってどうするつもり。
 何度も何度もガチャガチャとお財布の中身を交互に見つめて。
 だけどやらなければ手に入らないけれど。やってみたら手に入るかもしれない。だから。と、がちゃ坊は意を決してお財布の中から十円玉を二枚、取り出した。
 チャリチャリ、と、硬貨を二枚重ねてガチャガチャにセットをして。深呼吸をして。がちゃ坊はレバーをぐるりと回した。
 からん。と乾いた音を立てて出てきたプラスチックのカプセルを、そっと取り出す。ぱくん、と球状のカプセルを二つに割って中身を取り出した。
 中身は、可愛らしいレースで縁取りをされたメッセージ用のカードだった。
 ああ。と落胆の声を漏らして、がちゃ坊は再びガチャガチャの前に座りこんだ。

 やっぱりいちかばちかの賭けなんてしない方がよかったのかなあ。だけど、もうこれしか思いつかなかったんだもん。だけど、どうしよう。お花は手に入らなくて、しかも迷子になっちゃった。どうすればいいんだろう。

 途方に暮れて、ペタンと地面に座りこんでしまったがちゃ坊は今度こそ本格的に泣き出しそうになっていた。悲しくて悔しくてどうにもならない事が辛くて。どうすればいいのかもわからなくて。すんすんと何度か鼻を鳴らして。がちゃ坊はしかし、ふるふると自分の上にのしかかっていた涙の塊を振り払うように大きく首を横に振った。
 そう簡単に泣いちゃだめだ。
 前に兄に言われた言葉を思い出して、それでも少し滲んでしまった涙を拭って。がちゃ坊は小さな声で歌い出した。泣きたくなかったら楽しい歌を歌えばいい。そう思った。歌を歌って楽しい事を思い出せばいい。不安と悲しみで、きゅうと縮む胸をまた膨らませるように。
 上の姉がテレビのCMを見て、この歌好きなんだよね。と言った歌。次姉も同じように頷いて、英語の歌詞のもお洒落だよね。と言っていた。兄はその言葉に、この歌は外国でも歌われているのか。と驚いていた。
 知らないの?と姉ちゃんたちに呆れた声で言われていた兄を思い出しながら、がちゃ坊はほんの少しだけ笑って、小さな声で歌った。

 

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母の日のぼうけん・3

閲覧数:97

投稿日:2011/05/08 00:30:29

文字数:1,594文字

カテゴリ:小説

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