※この話はJust Be Friendsの二次創作小説ですが、以前に自分が書いた「ひかりのなか、君が笑う」とは別の話です。
 それでも良いよ。という方はどうぞ。


 何か酷いこと、言ってくれ。
 そんな事を口走った男に、向かい合わせで座っていた女は眉をひそめた。
 夜に片足を突っ込んだ時間帯の喫茶店。これからやってくる夜を愉しむための準備運動に、集った若者たちがあちこちでおしゃべりの花を咲かせている。平日なのに人が多いね。なんてことを席についたときに女がコメントしていた。
 いい加減この関係をなんとかしましょう。と女が言い、男は頷いた。そして、まるで料理の手順のように、ゆっくりと、他愛の無い話を時折挟みこみながら、男と女は徐々にお互いを繋いでいたものをひとつひとつ切り落としていった。
 最後の一つを切り落とす前、男は弱い心を隠せずに、小さな悲鳴を上げるように、酷いことを、女に求めた。
 猫を思わせる眦の釣りあがった目を、ほんの少し細めて女は男を見つめてきた。その視線に耐え切れず俯いた男に、女がため息をつく気配を感じた。俯いた視線の先、女の爪を短くきりそろえた清潔な指先が、素っ気無い様子でコーヒーカップを掴むのを男は情けなく思いながら見つめた。
 ほんの少し底にどろりと残っていた、きっと苦くなってしまっているであろうコーヒーを飲み干して、女は首を横に振る。
「却下。私にひどいことを言われなければ、感情の区切りがつかない程、あなたは私の事をまだ好きでいるわけじゃ、ないでしょう?」
そうゆっくりと言い含めるように女は言う。女の言葉通りで、男は微かに唇をかんで頷いた。
 そう、自分は女の事を昔のように好きではない。ただ、別れるという悲しさに酔いたいだけなのだ。酷い別れ方、というのはどこかドラマチックな展開で別れたということでもある。この期に及んで、この恋の残骸になにか小説めいた出来事を求めている自分に、男はため息をついた。
「そういうことを求められるあなたの甘えた性根が、昔は好きだったのにね。」
女が微かに笑う。その笑みの中に彼女自身の内で消化された自嘲が含まれていて、男は、君のそう言うところがおれは好きだった。と思った。
 男と違って、甘えない強い女だった。正しいと思うことを貫いて、時に正義が暴力になってしまうこともわかっていてなお、それでも自分の正しさを貫く女だった。
 そしてそれで誰かが傷ついてもそれは自分のしたことだから。と怒りも悲しみも自分の内側に閉じ込めてしまう女だった。
 男はそんな女の強さにあこがれて手を伸ばして、触れてみた女にひきかえ矮小な自分にため息をついて、後ろを向いて、そんな自分をそれでも女が追いかけてくれることを望んでしまうような、駄目な男だった。そして駄目なことを自覚しているくせに駄目なことを自分で容認してしまっていた。
 そんなだからきっと、この恋はここでおしまいなのだろうな。
 分りきったことを心の中で呟いてドラマチックに飾り立てるのは、本当に自分の悪い癖だ。そんな事を思って男は窓の外に視線を向けた。
 日は既に落ちている時間帯だったが、空は朝から厚い雲で覆われていて昼間から薄暗かったから時間の感覚がよく分らなかった。夜というよりも、まだ昼間の延長上にいるような気がしていた。
 男につられて女も窓の外に視線を向けた。その意志の強そうな横顔は、やっぱり綺麗で。女に対しての恋心なんて、もう欠片しか残っていないのに、なんでこの綺麗な横顔に手を伸ばしたくなるのだろう。と男は微かに首をかしげた。
「もう行くね。夜から雨だって天気予報が言ってたし。」
そう女は言って、これ。とカバンの中から小さなぽち袋を取り出した。
「指輪。手元に置きたくなかったら、このまま捨てて。」
そういう気の使い方は本当に変わらなくて。嫌になる。
 本当は返されるのも困るけど。そう思いながら男はありがとう。とそれを袋ごと受け取った。
「それじゃあ。元気で。」
「うん、そっちも。」
そう言って男は女を真っ直ぐに見つめて言った。ほんの少しだけ、口の端を持ち上げることには成功した。だけど、これって実際問題笑っているように見えるだろうか。女から見たら、不細工に顔を歪めているだけのように見えるかもしれないな。と男は思ったら俯きたくなった。
 でも、ここで自分の弱さに甘えて俯いてしまうのは男としてのプライドが許さなかった。
 女は笑わなかった。ただ、女の表情が強張っている事は長い付き合いで気がついた。女が泣くのをこらえていることに、男は気がついていた。
 だけど、泣かせてしまうのは自分の役割ではないし、女もそれを望んではいないだろうから。
 ばいばい。と女の背を押すように、男は手を振った。その子供じみた振る舞いに女の口の端に微かな笑みが上る。困ったような表情で笑って女はほんの少し手を振って、背を向けた。

 これでおしまい。あっけないものだ。
 女が去った後、直ぐに席を立つのもなんとなく彼女を追いかけているようでためらわれ、男はコーヒーを追加注文した。ついでに腹も減っていたから、恋人と別れたばかりなのに体はげんきんなものだな。と苦笑しながらホットサンドを頼んだ。普通のサンドイッチではなくホットサンドを選んだのは、なんとなく温かいものを体が欲しているような気がしたから。
 程なくして、新しいコーヒーとホットサンドの皿が目の前に運ばれた。切り口からチーズがとろけているのが美味しそうだな。と男はぼんやりと思いながら手を伸ばした。
 不用意にほおばったサンドイッチのチーズは熱くて、男は顔をしかめた。口の中をやけどした。と泣きそうになりながら水を飲み、ふと男は、そうやって子供みたいにがっつく癖、直したほうがいいよ。と言われたことを思い出した。
 あまり熱すぎる食べ物を食べるのも体には良くないんだって。このあいだCMで見たの。いいじゃないそんな小言を言えるのも彼女の特権でしょう?
 言われた言葉が連なって記憶の引き出しから飛び出してくる。これは女が言ったことだ。と男はやけどの痛みとは別の痛みで泣き出しそうになった。
 こんなにも。こんなにも彼女と過ごした長い時間が、日常に刻まれてしまっている。
 女も自分と同じように日常の何気ない出来事から自分との思い出を連想させて、痛みを覚えるだろうか?
 そうだと良い。と願いながらも、そんなことはないだろうな。と男は苦笑を浮かべた。
 あいつは、そういうやつじゃない。こんな風に囚われない。過去は過去。と割り切って経験として丁寧に保存をして、きちんと現在を自分の足で立っていられる女だ。
 そう思ったら、やっぱり俺は駄目だな。と男は思い、少し冷ましてからサンドイッチを再びほおばった。醒めたサンドイッチはやけどすることは無いけれど、ほんの少し物足りない。と男は思った。
 雨が、気がつくと降り出していた。BGMの合間を縫うように、窓の外から雨音が聴こえてくる。結構降っているようで、歩道のあちこちでかさが開きはじめていた。
 丁度良い。と男は半ば投げやりに思った。
 この雨が降る間はどうやっても動くことができない。ここで蹲っていても許される。ひとりで取り残された悲しみに酔っていても、雨が降っているから仕方がないじゃないか。と開き直れる。
 こんな結末でも、男が女を好きだった事は事実なのだから。
 きっとこんな結末だって分っていても、時が戻っても、おれは彼女と出会うことを選ぶんだろうな。そんなことを男は思った。
 それは未練と言う言葉からやってくる感情ではなかった。男の中で女に対する恋心はもう本当に残骸しか残っていなかったから。
 それでも。彼女に恋をした気持ちは本物だったから。あのひかりに満ちた季節はたしかにあって、触れるたびに沸きあがった熱も、ためらいがちに感じたお互いの体温も、すべてを知りたいと願う欲望も、全て、本物だった。
 ずっと続けば良い。という祈りも、ほんものだったから。
 本物だったからこそ、終わりを受け入れがたい。それでも終わりは終わり。もうこれでおしまいだ。
 そう思って男は雨音を聴きながら、冷めてしまったサンドイッチを飲み下した。

 雨脚が弱まってきているようだった。サンドイッチも食べ終えてコーヒーも飲み干してしまっていて。そろそろ行かなくては。と男は思った。
 ずっと同じところに留まっていられないことを、男はもう知ってしまっていたから。
 まだ雨は降っているようだけど、とりあえず駅に進もう。又、雨が強くなったらどこかで雨宿りすれば良い。そんな事を思いながら、男は上着を羽織った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

春来る別離~JBF・another~

古川Pさんが歌ってみたJustBeFriendsに心を鷲掴みにされてしまい、わー!となって、わー!と書いてしまいました。
凄い破壊力だよ、このギターの音。

以前に書いた、JBFをモチーフにした、ひかりの中~とは又違う感じ(だと言いたい)の話です。
というかボカロ関係の言葉がいっこも出てこなくて大丈夫だろうか。とひやひやしています。
問題があったら消しますので。

原曲様・Dixie Flatline 様
【巡音ルカ】Just Be Friends
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7528841

古川Pさんの歌ってみた
【Just be friends】をうたって【みた】
http://www.nicovideo.jp/watch/nm9677064

閲覧数:284

投稿日:2010/04/01 20:39:12

文字数:3,564文字

カテゴリ:小説

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  • レイジ

    レイジ

    ご意見・ご感想

    なんだか一気に大量投稿されてましたね。
    執筆お疲れ様です☆

    とゆーか『古時計』も見てないし、それに今カイトの『野良犬疾走日和』も途中だし、月末年度末更に決算月ってことで仕事が死ぬほど忙しくて手が回らないし、と言う状況でしたが『春来る別離』だけ読みました。

    実はシン君とルカの続きの話だと思って読んだんですけど^^;

    それはともかく、古川P様のギターはまだ聞いていませんけどとにかく一言。

    めっちゃいい!!
    凄いっ!!

    あ、二言になった(笑)
    この絶妙な、ちょっとねじれた恋愛感情の描写がまた・・。
    俺には書けません、マジで。

    消すなんて勿体ない!
    このまま残しておいてください☆

    2010/03/31 23:37:24

    • sunny_m

      sunny_m

      >レイジさん
      読んでいただき、ありがとうございます。
      本当に、年度末なのにな。わー!となってしまいました。
      あの、ゆっくり読んでいただいて大丈夫ですよ。
      読んでいただけるだけで本当に、ありがたいです!!

      そしてお褒めの言葉、ありがとうございます!
      だけど、この話は本当に、原曲様と古川Pさんが偉大だからできたんだと思います。

      でもやっぱり、シンとルカの話って思っちゃいそうですよねー…。
      なんか期待させてしまったのならば申し訳ないです。
      ちょっと注意文を入れておこうか自分。

      本当に、ありがとうございました!

      2010/04/01 20:34:58

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