カイル=ミットフォード、さっきも言った通り青の国第五王子で、さらに第一王位継承者でもある。しかもその地位を受け取ったのは、いや正確に言うと奪い取ったのはつい二カ月前だ。本来第三妃であった母親が、どういう手を使ったのか正妃を引きずり降ろしてその座に就いたのである。
 青の国では正妃から産まれた長男が王となるので、母親の躍進が彼を次期国王にまでしたわけだ。
 因みに、その現正妃はセシリアの生みの母でもある。一夫多妻制の王子王女にありがちな、異母兄弟というわけではないのだ。
「え、セシリアの母親って、正妃なのか?」
 相手に会う前の最低限の知識としてイルに話していると、親友はとんでもない事を言い出した。
「自分の嫁の母親の立場くらい、知っておいたら?」
 イルの部屋でお茶を飲みながら、脱力せずにはいられない。まあレンも政治的な問題を置いておけば、知り合いの親の情報などあまり気にしないだろう。
 元義兄弟共々実の親に捨てられているので、相手の家族に対する興味が非常に薄い。もっと厳密に言うなら、自分の事を考えたくないと言う無意識下の拒否の表れかもしれない。
「二カ月前までは第三妃だったんだけどね、何故か正妃になったんだよ。こうやって考えると、あっちも政治的に何か混乱してるのかもしれないね」
 タイミングからしても、暗殺未遂事件に何らかの関わりがあるかもしれない。
「かもな、なんか、青の国自体にも隠れて来てるらしいし」
「つまり、今来てるあちらさんの外交官も知らないわけか。面倒だな」
 今日レンは青の国から来た外交官と、定期的に行っている形だけの会議があったのだ。因みに、アズリが食べた菓子を持ってきたのもそいつである。
 もちろんしっかりと見張らせているが、もし奴がダヴィード護衛官と接触でもしようものなら、問答無用で尋問室送りにし、四肢をゆっくり削り取られる苦痛の中で後悔してもらうと心に決めている。
「セシリアは全く知らなかったの?」
 青の国の家族関係は知った事ではないが、実の兄妹なら予定を話すこともあるかもしれない。因みに彼女は、謁見の間でイルの隣に王妃として座るべく着替えている最中だ。
「手紙のやり取りは頻繁にしてたらしいけど、そういう話は聞いたことないってさ」
「手紙、ね。割と仲いいのかな?」
「いや? 青の国に居る間はほとんど会った事無いらしいぞ。けどこっちに来る時は護衛と侍女をつけてくれたり、嫁いでからはよく連絡取るようになったらしい」
 あまりにも分かりやす過ぎる内容に眉を顰めた。目の前の親友に含みのある視線を送るも、言っている本人もでき過ぎている話に気が付いているらしく、あさっての方向を向いている。
「侍女と護衛、そして嫁いでから始まった手紙交換」
「どう考えても、怪しいよな」
 遂に本音がお互いの口から出る。セシリアの侍女であったマリルは、完全に訓練された諜報員であることに疑いようもないし、確実に国王・宰相双方の暗殺未遂の首謀者である。彼女を黄の国に王妃として出向くセシリアに付けたと言うのなら、彼も計画に一枚噛んでいると考えるのが自然だ。
 侍女と護衛に裏切られたセシリアに気を使って、そしてそれ以上に彼女が有益な情報を持っていないだろうと決めつけて、今まで一切事件の事と関係者について訊かなかった自分に呆れた。
「俺、結構あの王子様好きだったんだけどな」
 実は件のカイル王子殿下は、黄の国で催されたセシリアとの婚姻パーティーで、イルともレンとも話している。賢そうな人ではあったが、当時は王位継承権とはほとんど縁の無い立場だったせいか、立場と役割を弁えているという印象がある。
「うん、黄の国に喧嘩売るような人には見えなかった気がする」
 そもそも彼が黒幕というのなら、何故イルと内密に話す必要があるのか。未だ泳がせているダヴィード護衛官との連絡を取りたいと言うのなら、他にいくらでもリスクの少ない方法があるはず。青の国内部にも秘匿したいというのなら、自国から外交官が来ている今来る理由は何なのだろう。
「とにかく、会ってみるしかないね。念のため、外交官も理由付けて引き止めておこうかな」
 侍女、護衛官、外交官、王子、誰が敵で味方なのか。この四人の繋がりは何なのか、はっきりさせておかなければならないだろう。
 結論は出るも、セシリアの着替えはまだ終わらない様だった。
「あ、そういや俺達についてる耐毒性、セシリアやアズリにはつけねえの?」
「できなくは無いんだけど、女性の生理作用ってすごく複雑だから難しんだよ。特に十代後半は体内のホルモン分泌が活発だしね」
 ただ少なめの毒を飲めばいいと言うものではない。実際致死量というもの服毒者の体格、体調、生命力次第でいくらでも変わるのだ。多過ぎず少な過ぎず、日常生活に支障がない程度で少しずつ進める必要があるため、どうにも始める気にならない。
「へえ、思ったより難しいんだな。何か知らず知らずに薬飲んでるだけで、ある日平気になったって言われたどな」
「そう思えるのは君とヴィンセントくらいだよ。僕もディーさんも何回かぶっ倒れたし、寝込んだ」
 開始直後はレン自身勘が掴めずに、体調を崩すこともよくあった。調合にも細心の注意を払っていたのだが、申し訳ない事にディーもそれに巻き込んでしまった事もある。
 特にレンは十六の頃から始めたので、肉体の成長も相まってなかなか適切な分量を読み取ることができなかった。
他二名? そんなものは目測で問題無い。真面目な話をすれば、イルやヴィンセント程の体力と頑健さがあれば、仮に不適切な投薬があったとしても致命的な事態になる可能性は少ない、というか皆無。
「お前ら不摂生してるからだろ?」
 産まれてこの方一度たりとも病気というものをした事がない紅髪の王は、レン達こそが貧弱と言わんばかりだ。
「君の頑丈さが異常なの」
 正直、レンはイルには生まれつき耐性があるのではないかと疑っている。もっとも、今となっては確かめようもない事なのだが。
 そうこう話している内に、セシリアの着替えが終わったらしかった。
「お待たせしました。イル、レンさん」
 普段とは違う、華やかなドレスを身に纏った王妃に、イルは素直に顔を綻ばせた。
「綺麗だ」
 手を取って嬉しそうに軽く抱きしめられている青髪の少女も、見ているこっちが和むくらい幸せそうだった。
「さ、会いに行くか」
「そうだね」
 ルナに青の国の王子を内密に連れて来るように指示し、イルと共に玉座へと赴いた。七か月前から用意されている、王妃のための緋色の椅子に座るセシリアは、感無量と言った表情だった。
「青の国第五王子、カイル=ミットフォード王子殿下の御入来です」
 それなりに整った精悍な顔、イルには届かないものの文句の無い長身。婚姻パーティーで会った時から、その容姿は変わっていない様だった。しかし、彼の目には以前には無かった覚悟と悲哀のようなものが窺えた。
 青の王子はイルの前で優雅に跪き、お決まりの科白を述べ始めた。
「この度は、急な訪問にも関わらず黄の国国王陛下の御尊顔を拝することができ、真に恐悦至極にございます。つきましては」
「あー、もういいやら顔上げてくれ。人の頭見て話すの好きじゃないんだよ。この部屋造った奴は何考えてんだろうな」
 紅髪の若き王は、手を振りながら貴族としての礼儀を断ち切った。五年前に他国から来た使者に同じ事を言った時は思わずナイフを抜いたが、もうこの程度ではレンの仮面には曇り一つつかない。
 しかしながら、とんでもなく常識外れの事を言われたはずの青の王子も、ほとんど動揺を見せずに立ちあがってその顔を見せたことには、少なからず驚かされた。婚姻パーティーでは、それほど非常識な振る舞いをさせてはいないはずなのだが。
「お久しぶりでございます。陛下、宰相閣下、そしてセシリア。いえ、黄の国妃殿下」
「おう、久しぶりだな」
「お久しゅうございます、カイルお兄様」
「ご壮健そうでなによりです、王子殿下」
 本来可能な限りの大臣が集うはずの謁見の間だが、どうせすぐに人払いをすることが分かっていたので、賓客含めて四人しかいない。
「陛下の御前で、無駄な前置きが不要という事は良く分かりました。早速本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
 柔和な笑みの中に光るのは、レンの仮面の裏と同じく緊張のように見えた。
「ん、話が分かるじゃねえか。最近ごたごたしてて忙しいんだ。さっさと言え」
 この期に及んで、状況をどこか楽しんでいるのは親友の特技だろう。というより、持ち前の勘の良さで何かを確信しているのかもしれない。
「は、それでは単刀直入に申し上げます。私には厳密な日付は分かりませんが、最近あったはずの陛下もしくはそれに準ずる重臣の暗殺未遂事件、この犯人をお伝えに参りました」
 予想通りというかど真ん中過ぎると言うか、とにかくイルとセシリアの目が見開かれ、さすがのレンも一瞬呼吸が止まるくらいの衝撃だった。
「御聡明な陛下の事、実行犯などは既に分かっておいででしょう。しかし彼らはただ命令されただけであり、厳密に言えば強迫されて犯行に及びました」
 レンとしてはその続きをすぐ聞きたかったのだが、親友は思わぬ言葉が気になったらしい。
「脅迫?」
 若き王の真紅の瞳に浮かぶは、怒りに近い不愉快さだった。
「はい。御存知かもしれませんが、セシリアの侍女も護衛も私が心から信頼する者二名をつけさせて頂きました。しかし二カ月前から、彼らの肉親を拉致し意志と忠義に背いた事をするよう、手紙と外交官を通して強要されていたのです。マリルは病床の母と弟を、ダヴィードは父と妹を人質に囚われていました」
「そんな……!」
 王妃がか細い声を漏らし、イルの目が細められる。親友からは紛れもない憤怒が見て取れた。
「彼らに命じていた者達の目的は、セシリアの黄の国国内における生命もしくは立場の抹殺。それが叶わぬ場合、黄の国に私への疑心暗鬼を植えつけろ、といったものでした。私がその事に気がついたのは三週間前、手を尽くして人質を助けたのは一週間前でした」
 なるほど、ね。レンは鉄面皮を崩さぬまま、胸中で吐き捨てた。
 ダヴィード護衛官が青の国と連絡を取ろうとしない事も当たり前で、彼らからすれば計画自体が失敗した今、自らの命を使って嘘の情報を信じ込ませることしかできなかったのだ。彼からすればもどかしかっただろう。さっさと捉えられて尋問されて、そしてカイルの名前を言いたかったに違いない。
 最初から生きて帰るつもりなど毛頭なく、それが人質解放の条件でもあるのだろう。
 マリルの安否すら知らないダヴィードからすれば、今この瞬間も発狂寸前の精神状態のはずだ。
「反吐が出るな。というか、なんでそいつらは黄の国と青の国を仲違いさせたいんだ?」
「現在青の国王宮内は、意見の対立から真っ二つに割れております。始まりは五か月前、赤の国からこう持ちかけられたことから始まりました」
 カイルはそこでいったん言葉を切って息を吐き、鼓舞するようにイルを見据えて言った。

「赤・緑・青が結託し、黄の国を制圧。その後その肥沃な大地を当分に分けよう、と」

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悪ノ召使 番外編(13-2

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投稿日:2011/04/04 06:47:29

文字数:4,622文字

カテゴリ:小説

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