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「なんだ……初音さんだったのかぁ」
「ごめん浅野くん……。あの、集中してるみたいだったから、邪魔しちゃ悪いと思って……。えと、その……怒った?」
 ちょっと不安になってそう聞いてみると、悠は苦笑しながら「ううん、怒ってないよ」と首を横に振った。
「そっか。よかった」
 ほっとして、私も笑顔がこぼれちゃった。
「……っ!」
「……? 浅野くん、どうかしたの?」
「いやっ! その……なんでもないですっ!」
 なんでかわかんないけど、悠は顔を真っ赤にしてそう言ってた。
「そう?」
「うん! そういえば、その、初音さんは美術室に……なにか、用があったの?」
「えっと、それは……」
 悠に会いにきた……なんて、言えるわけなかった。
「なにか、あったって、わけじゃ……ないんだけど。ほら、もう下校時間になるから、教えてあげようと……思って……」
 しゃべってて、恥ずかしくなっちゃって、私の言葉は尻すぼみに消えちゃった。
「そ、そっか。ありがと」
「絵……」
「……なに?」
「絵。きれいだね」
 私がそう言うと、悠はあわてて否定した。
「そんなこと、ないよ! まだ……全然、うまくいかなくて」
「そうなの?」
「うん。なんか……うまく言えないけど、イメージ通りにならないんだ」
「へぇー」
 よくわからなかったけど、難しいんだなぁ、と思った。絵を書くことがどれくらい大変なのかは、今でもよくわからないままなんだけれど。
「でも、この空とかすっごいきれいだよ」
 悠の絵を間近で見ようとしたけれど、彼に「ダメだよ! まだできてないから!」と引き止められた。見られるのがよっぽど恥ずかしかったらしい。
「完成したら……見せてあげるから」
「ほんとーに?」
「約束する」
 苦笑して聞き返した私に、悠はびっくりするくらいに真剣な表情で答えてくれた。そして、私に聞こえるか聞こえないくらいかの小さな声でつぶやく。
「……間に合わせるから」
 今思えば、悠はそうつぶやいたんだと思う。でも、私が聞き取れたのは実際のところ「……せるから」くらいで、このときの私には、悠がなんって言ったのか全然わかんなかった。
 聞き返そうとしたけれど、ぱたぱたと片付けをはじめた悠を見て、私はそれをあきらめてしまった。
 私も片付けを手伝おうかと思ったけど、なにをどうしたらいいのかわかんなくて、彼の姿をずっと眺めていただけだった。
「初音さん、おまたせっ!」
「うん。じゃ、か、帰ろっか」
 そうして、私たちは並んで帰った。
 それからしばらく、私たちは一緒に帰るようになった。
 私のそれまでの人生で――いや、高校生になった今までを含めた中でだって、一番幸せな時間だったと思う。
 ――もし、このときに悠がなにを言ったのか聞いていたら。そしていったいなにに「間に合わせる」のかを聞いていたら、なにか変わっていたんじゃないかって、そう思っちゃったりもする。
 それがいいほうに変わってしまうのか、悪いほうに変わってしまうのかはわからないけれど、私と悠の関係は、少なくとも……今みたいな、モヤモヤしたままじゃなかったはずだって、思う。
 なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
 こんな「今」なんて、私は望んでなんかいなかったのに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

茜コントラスト 5 ※2次創作

第五話

説明しなくても伝わるはずだと思った&初音嬢の視点ではそもそもわからない、という理由から書いていませんが、悠が顔を真っ赤にしたのは、もちろん、初音嬢の笑顔にドキッとしちゃったからです。

あ-、初々しすぎてきゅんきゅんする!

きゅんきゅんするとか言ってる自分が(以下略)

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投稿日:2014/09/07 18:51:20

文字数:1,356文字

カテゴリ:小説

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