5
「なんだ……初音さんだったのかぁ」
「ごめん浅野くん……。あの、集中してるみたいだったから、邪魔しちゃ悪いと思って……。えと、その……怒った?」
ちょっと不安になってそう聞いてみると、悠は苦笑しながら「ううん、怒ってないよ」と首を横に振った。
「そっか。よかった」
ほっとして、私も笑顔がこぼれちゃった。
「……っ!」
「……? 浅野くん、どうかしたの?」
「いやっ! その……なんでもないですっ!」
なんでかわかんないけど、悠は顔を真っ赤にしてそう言ってた。
「そう?」
「うん! そういえば、その、初音さんは美術室に……なにか、用があったの?」
「えっと、それは……」
悠に会いにきた……なんて、言えるわけなかった。
「なにか、あったって、わけじゃ……ないんだけど。ほら、もう下校時間になるから、教えてあげようと……思って……」
しゃべってて、恥ずかしくなっちゃって、私の言葉は尻すぼみに消えちゃった。
「そ、そっか。ありがと」
「絵……」
「……なに?」
「絵。きれいだね」
私がそう言うと、悠はあわてて否定した。
「そんなこと、ないよ! まだ……全然、うまくいかなくて」
「そうなの?」
「うん。なんか……うまく言えないけど、イメージ通りにならないんだ」
「へぇー」
よくわからなかったけど、難しいんだなぁ、と思った。絵を書くことがどれくらい大変なのかは、今でもよくわからないままなんだけれど。
「でも、この空とかすっごいきれいだよ」
悠の絵を間近で見ようとしたけれど、彼に「ダメだよ! まだできてないから!」と引き止められた。見られるのがよっぽど恥ずかしかったらしい。
「完成したら……見せてあげるから」
「ほんとーに?」
「約束する」
苦笑して聞き返した私に、悠はびっくりするくらいに真剣な表情で答えてくれた。そして、私に聞こえるか聞こえないくらいかの小さな声でつぶやく。
「……間に合わせるから」
今思えば、悠はそうつぶやいたんだと思う。でも、私が聞き取れたのは実際のところ「……せるから」くらいで、このときの私には、悠がなんって言ったのか全然わかんなかった。
聞き返そうとしたけれど、ぱたぱたと片付けをはじめた悠を見て、私はそれをあきらめてしまった。
私も片付けを手伝おうかと思ったけど、なにをどうしたらいいのかわかんなくて、彼の姿をずっと眺めていただけだった。
「初音さん、おまたせっ!」
「うん。じゃ、か、帰ろっか」
そうして、私たちは並んで帰った。
それからしばらく、私たちは一緒に帰るようになった。
私のそれまでの人生で――いや、高校生になった今までを含めた中でだって、一番幸せな時間だったと思う。
――もし、このときに悠がなにを言ったのか聞いていたら。そしていったいなにに「間に合わせる」のかを聞いていたら、なにか変わっていたんじゃないかって、そう思っちゃったりもする。
それがいいほうに変わってしまうのか、悪いほうに変わってしまうのかはわからないけれど、私と悠の関係は、少なくとも……今みたいな、モヤモヤしたままじゃなかったはずだって、思う。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
こんな「今」なんて、私は望んでなんかいなかったのに。
コメント0
関連動画0
オススメ作品
いじけちゃってんだって僕はまた
其は鳴らす音の違いと
辿れないような足跡
ぐしゃっといこうぜメイビー
いい意味でも悪い意味でも
僕はお前とは違うんだ
地平は同じだからこそ お前を見ていられる
きっと離れられないから お前も僕を見ている
だからそう一歩だけ 一歩だけでいいんだろう
新しいステージへ...同じ穴のムジカ
あふれいど
A
いつまでガールを やってんだい?
重ねる齢は ほっといて
置き去ったモンを 手繰ったって
出てくるコードは その程度
いつまでガールを やってんだい?
繰り越したケリを 追っかけて
何回世界を 嫌ったって
死ねない弱さと 踊るだけ
B...ガール
かぜよみるいと
ゆれる街灯 篠突く雨
振れる感情 感覚のテレパス
迷子のふたりはコンタクト
ココロは 恋を知りました
タイトロープ ツギハギの制服
重度のディスコミュニケーション
眼光 赤色にキラキラ
ナニカが起こる胸騒ぎ
エイリアン わたしエイリアン
あなたの心を惑わせる...エイリアンエイリアン(歌詞)
ナユタン星人
流れる星に祈り込めてた
あの頃が懐かしいと最近思うの
織姫や彦星だって年に一度会えるのに
別れてしまった恋人は可能性は低いの
気に入っていたカップも
喧嘩した日に割ったままバラバラで
ダンボール覗く度に心が引き裂かれて
なぜ出会ったのか後悔ばかりが胸に巡る
あんなにキスした唇でさえ今は別の人の
貴方...スギサリシアイ
Marina
出鱈目な言葉だけ いくら並んでも勝てっこない
だから耳馴染み良いだけじゃダメなの
あのボーカル死んでから聴くのやめたバンドの新譜ならば
封切らず本棚の肥やしです
「3枚目出た頃は」
なんて言わせないでよ
気怠そうにいつも通りステージにほら並んで
気になって好きになって帰りに聴いたあの声は
こんな機械...Mustang 1969 / 初音ミク
西田 竜大
振り返らずいた
忘れたフリをした
自分を守るため
何を信じればいい
どんなウソをつけばいい
分からなくなる
ありふれた言葉たちが
今日も聞こえてくるけど
もう恐れないで
僕たちは もがきながら...この空の果てに
Shiropon
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想