1.
良い天気だった。
空は雲一つない快晴。この時期にしては日差しも柔らかく、まさに絶好の外出日和であった。
大勢の人々が待ち合わせのために集まる駅前の噴水広場。その噴水の近くで、がくぽはガチガチに緊張した面持ちで立っていた。
いつもの和装ではない。濃紫のシャツに黒のレザーパンツを履き、足元は本革のブーツで固めている。もう少しアクセサリ等を増やせば、ビジュアルバンドのステージにも立てそうな服装だ。
ともすれば衣装負けしそうなコーディネートだが、そこは腐ってもステージ上が職場のボーカロイドである。まったく見劣りすることなく、先ほどから道行く人々(特に女性)の視線を集めていた。もっとも当人は緊張のあまり全く気付いていない様子だったが。
まもなく広場に待ち人が現れた。
ミクだ。膝下まであるゆったりした白のワンピースに薄いブラウンのカーディガンを羽織り、肩から可愛らしい革のポーチを下げている。シンプルだが清楚な装いである。どこか良い家庭のお嬢様が散歩にでも出かけるかのようだ。
「い、妹君……ッ!」
がくぽは裏返った声を上げ、大急ぎで駆け寄った。
驚いて立ち止まるミクに向かって、腰を直角に曲げて頭を下げる。
「ここ、この度は、あるまじきご無礼を働いてしまい申し訳ありませぬ! 知らぬ事とは言え、家臣風情が姫君に逢い引きを申し込むとは……かくなる上はこの神威がくぽ、ひとたび妹君より『腹を切れ』と命ぜられれば、たちどころに切腹し果てる所存にて……!」
一息に口上を述べ、顔を上げる。
すると正面にいたはずのミクの姿が、忽然と消えていた。
「お……?」
周囲を見回す。
ミクはなぜか真後ろに移動していた。がくぽの周りをゆっくり回りながら、顔を確かめるようにしげしげと見上げていた。
「がくぽさん?」
「は?」
「がくぽさんですか?」
「いかにも神威がくぽにござるが……いかがなされました、妹君」
その名乗りを聞いて、ミクはようやく安心したようにパアッと笑顔を見せた。
「良かったー、人違いじゃなくって。洋服着てたから分かりませんでしたよー」
どうやらいつもの和装が洋服になっていたため、ミクにはがくぽが認識できなかったらしい。
がくぽは戸惑ったように自分の服装を見下ろす。
「どこかおかしな所でもありましょうか? なにぶん洋装は不得手なもので……我が妹の見立てによるものなのですが」
「全然おかしくないですよー。ただ、いっつも白いのに今日は黒いから、あれ? 違う人かな? って思っただけです」
服が黒くなったため、ミクにはがくぽが認識できなかったらしい。
がくぽは安心したように微笑む。
「それは何より。拙者の衣服のことで妹君に恥をかかせたとあっては、一大事となる所でありました」
「全然です。がくぽさんすごくかっこいいですよー」
「ありがたきお言葉。お世辞でも嬉しゅうござる」
苦笑するがくぽに、ミクは大真面目な顔でブンブンと首を横に振る。
「お世辞じゃないです。がくぽさんかっこいいです。合体ロボよりかっこいいです」
「はっはっは。それはそれは、恐悦至極に存じまする」
握りこぶしで力説するミクを、がくぽは軽くいなす。
せっかく褒めちぎっているのにイマイチ伝わっていない様子に、ミクは「むー」と納得行かない様子だったが、気を取り直したように表情を改めた。
「えーと。それで何の話でしたっけ?」
「話。はて、そういえば何の話でしたかな」
「忘れるくらいなら、きっと大した話じゃなかったんですねー」
「さすがは妹君。大器のお言葉にござる」
2人で簡単に納得して笑いあう。
そしてがくぽはミクを誘って街並みの方を指した。
「ではさっそく参りましょうぞ。妹君にお喜び頂けるよう、及ばずながら多少は策を練って参りました。本日の案内はお任せ下され」
「うわー、嬉しいです。よろしくお願いしまーす」
がくぽに促されるまま、ミクは歩き出す。
そして2人で街の雑踏へと消えて行った。
・
・
・
「ルーッカ姉、おはよー」
「ひゃっ……!?」
物陰に隠れていたルカは、背後から肩を叩かれて文字通り飛び上がった。
慌てて振り返るとリンがいた。後ろにはリリィの姿もあり、「あ~、どうも」と曖昧な挨拶をしてくる。
「晴れて良かったねー。絶好のお出かけ日和だね」
リンは空を見上げて目を細め、そしてルカに視線を戻して穏やかに言う。
必要以上に優しい目をしていた。『何も言わなくていいの。私にはちゃんと分かってるから』と言わんばかりの、母性の眼差しだ。
ルカは思わず何事か言いかけ、口を閉じ、少し考えて。
やがて諦めたように小さく息を吐いた。
「……言っても信じないと思うけど、ただ日用品の買出しに来ただけよ。シャンプーの詰め替えとか洗剤とか、そういう系の」
「そっか。じゃあ偶然だねえ」
「そしたらバッタリあの2人の姿を見かけちゃって。せっかくこれからデートって時に、顔を合わせちゃったら水を差すみたいで悪いじゃない? だから隠れてたのよ」
「うんうん、偶然だねえ」
「断じて今あなたが考えてるような理由で、ここに居るんじゃないから。違うから。そんな三流漫画みたいなベタなこと、私やらないから」
「そうだねえ。だから偶然だねって言ってるじゃない、さっきから」
何を言っても柳に風。
妹からの温かい眼差しに耐え切れず、ルカは押し黙って目をそらしてしまう。
仕方がない、運が悪かった。買出しに来たのも偶然ミクとがくぽを見かけてしまったのも全て本当だが、これだけ状況証拠が揃ってしまってはリンがそう確信するのも無理もない。
それでもルカは慌てなかった。まあいい、これからこの2人とも別れて、本当に買出しに行けば良いだけの話だ。実行動で示せば分かるだろう。
「それじゃ私、もう行くから」
「またまた。クールにフェードアウトしようとしないで、一緒に行こうよ。どうせ目的は同じでしょ?」」
「だから私は違うって言ってるでしょ。何べん言えば分かるの」
「この期に及んでまだ言いますか、この御方は」
「あのねえ」
その時、ルカの携帯が鳴った。
着信を見るとグミだ。
通話ボタンを押して耳に当てると、学校の休み時間なのだろう、廊下に響く喧騒と共にグミの声が飛び込んできた。
『ルカさんっ! ミクちゃんと兄さん、今どうなってます? 状況を教えて下さいッ!』
ルカは頭痛を抑えるように、額に手を当てた。
「……あなたまで、なんで私がミクとがくぽのデートを覗いてること前提で話を進めようとするのよ」
『え? だって覗いてるでしょ?』
「覗いてないわよ。まあ買出しに出て、たまたまあの2人を見かけはしたけど」
『何でもいいから状況を教えて下さいッ!』
何でもよくない、と断固抗議したい所だったが、細かい事にこだわるのも大人気ない。
ルカは要求通りに教えてやった。
と言っても、いま待ち合わせ場所で合流して街へ繰り出したという事だけだが。
『じゃあ最初は風月庵です。新作のカスタードブッセが出て、ミクちゃんが前に学校で食べたいって言ってたから、まずそこに行くことになってます』
「まず餌付けから入るなんて、ミクの扱い分かってるじゃない」
『伊達に友達やってませんよ。ああっ、もう休み時間が終わっちゃうっ! じゃあルカさん、1時間後にまた状況報告ヨロです!』
「え? ちょっ、私はシャンプーの詰め替えを」
ブツッ、ツー ツー ツー……
ルカの抗議も空しく、電話は一方的に切られてしまっていた。
携帯をしまう。
リンと目が合った。
「どうする?」
ルカは溜め息をついて答えた。
「言っても信じないと思うけど、本当に私はあの2人のことなんて興味ないんだからね。グミに頼まれたから仕方なくやるのであって」
「うんうん、頼まれたんじゃ仕方ないよね。私は信じるよ」
まったく。
本当のことを言っているだけなのに、ツンデレの王道みたいなセリフになってしまうのは何故なのだろう?
ルカの言うことなど全く信じていない様子で、リンはしたり顔してうなずいている。
「まあまあルカさん。私は信じてますよ、割とマジで。たぶん」
「……ありがと」
リリィが励ましになっていない励ましをしてくる。
ルカは諦めにも似た気持ちで、リンに連れられてあの2人が消えて行った方へと歩き始めた。
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ご意見・ご感想
夜羽
ご意見・ご感想
紛ぅことなき天憮の才|ω-`)
このテンポ感たまんないですv
2012/03/14 17:56:18
時給310円
恐縮ですw
お読みいただきありがとうございます!
2012/03/14 23:41:24
スコっち
ご意見・ご感想
おそばせながら、あけましておめでとうございます。毎度ながら遅刻のスコっちです。
毎度毎度このシリーズの兄さんたちのターンには笑わせてもらってます。
今回、モブの高飛車女さんもなかなかいい味だしてましたね。靴磨きに絵画(?)と無駄にハイスペックな二人に「いいぞもっとやれ」と言いたい気分です。
ミクとがくぽの超絶天然コンビの、ちょっとどころでなくズレてるやり取りに和みました。二人とも楽しそうでなにより。
しかし、こう思えるのも第三者視点で見てるからであって、実際一緒に行動したらツッコミ処が多過ぎて疲れそうな気がして普段のGUMIやルカの苦労が窺えます。
他が濃い分ルカはちょっと影が薄くなりがちな気がするので頑張って欲しいところです。
ではでは、次回も楽しみにしてますね。
今年もよろしくお願いします。
2012/01/06 15:06:29
時給310円
あけましておめでとうございます! いらっしゃいませスコっちさん、お読み頂きありがとうございます。
カイトとレンの2人は別格として、他の面々も濃い目に味付けしてるもので、ツッコミ役は確かに影が薄くなりがちですねw
しかもグミはたまにツッコミ役を裏切って、ネタをやる側に回りますし。ルカさん孤立無援ww
しかし仮にも本編のメインヒロインなので、何とか頑張ってもらいたいものですホントに。
今回のデート編は、とにかくミクのキャラクターを掘り下げたくて書いてます。次回で終わらせる予定ですが、ネタを混じえつつ可愛く書ければ良いなぁと思います。とにかくカイトとレンが出過ぎないように抑え込まないと……w
よろしければ次回もお付き合い下さい。
こちらこそ今年もよろしくお願いします!
2012/01/07 21:29:32
藍流
ご意見・ご感想
こんばんは、時給さん。
多忙を極めた年の瀬に執筆までこなすとは、恐ろしい御方です……!
今回はまたネタが満載でしたねww
じゃがいもプリントで「変わったセンスではあるけど、まぁ……」と油断させておいて、背中に「さつまいも」の2段オチ。くっそう流石だwww
リアルに噴いちゃったじゃないですか! 良かった自室でw
すれ違った人がこんな服着てた日には、赤の他人だろうと全力でツッコミに行ってしまいそうだわw
がくぽとミクのコンビは、何と言うか危険ですね!
天然通り越して不思議系キャラが二人意気投合すると、謎の化学反応が起きちゃって収拾付かない事態にw
これでまかり間違って本当にくっついちゃったりしたら、誰もどうにも出来ない二人の世界(色々な意味で)の住人になってしまいそうですね~ww
クリプト兄弟は相変わらずもう次元が違っちゃってるし、ルカさんにそっとハンカチを差し出したい気分になりましたw
そしてうっかり安心しては全力否定するルカさんに萌えました☆
素直になるといいと思うよ?(生温かいまなざし)
良い新春笑い初めをいただきました!
今年も作品を楽しみにしております~!
2012/01/02 01:02:03
時給310円
藍流さん! あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくです!
お読み頂きありがとうございました。年末でガーッとなってる中で書いたんで、だいぶ雑なところもあるかと思いますけど、そう言って頂けると嬉しいです。
先日、某所でがくぽとミクのデュエット曲を見まして。それが余りに可愛かったもんだから、「この2人もいいなぁ……」とか考えておりまして。ルカさんがリアルにピンチだったりしますw
微妙に噛み合ってないまま会話が進んだり、いつの間にか論点がすり替わってるのに、2人とも気づかないまま話がまとまってしまったり、とそんな2人にできたら良いなと思っております。不思議系キャラ、そうそう正にそれです! これからこの2人をセットにする時はそう呼ぶことにしよう……。
後は後半でルカの心情を少し細かく書き込めれば、デート編はまあまあ成功かな、と思ってます。クリプト兄弟については、まああの2人はそういう役どころなので変わらないと思いますww
途中でぶった切ってるので、早く続きがUPできるよう頑張ります!
次回もどうぞよろしくお願いします!
2012/01/03 23:22:56
sunny_m
ご意見・ご感想
こんばんは!
昨夜移動中に携帯でこっそりと読んでいて、噴き出すのをこらえるのに苦労しました(笑)
年末の電車の中で一人で笑ってたら不審者だわ~。
相変わらずの時給さんクオリティに脱帽ですw
ミクさんとがくぽのファッション対決にはにやりとしやいましたw
(ええ、電車の中でも堪えきれませんでした)
なにその戦いwww
このがっくんとミクのコンビは美味しい、美味しすぎますww
恋愛という意味ではないんだけど、も~2人とも色んな意味で可愛ですw
要所要所でルカさんがもやっとしていたりするところでは、激しく私がときめきました!
リンちゃんじゃないけど、生温かいまなざしを向けたい!!!
そして兄さんとレン君のコンビはもう、どこまで行ってしまうの…!!w
靴磨きとか絵描きとか…無駄にスペック高いところが面白すぎです。
ていうか君たちボカロだから……!!wwwって突っ込みを入れてもいいですか?
改めまして去年はお世話になりました!
今年もよろしくお願いいたします!!
それでは!
2012/01/01 20:01:41
時給310円
どうもどうも、あけましておめでとうございます!
ものすごく間が空いてしまった上に途中までしか書けてなくてすみません、お読み頂きありがとうございます!
がくぽとミクはどっちもボケ担当だと思っているのでw
ボケ同士で面白く、かつ可愛く書くのに難儀したので、そう言ってもらえると嬉しいです。
さらにルカたち3人組とカイト&レンの組、全部で3正面の展開なのでページがかさばってなかなか進みませんが、それぞれの組のカラーを出して次も書けたらなぁと思います。あーでも、がくぽ&ミク組が一番のメインのはずなのに、カイトとレンがすべてを持って行ってしまうので、そこを一番気をつけないと……ww
こんな話でも笑って頂けて何よりでした!
次回も頑張って(かつ早急に)書きますので、よろしければお付き合い下さい。
それではっ!
2012/01/02 00:38:10