『敵がみんな退いていくよっ!?』
 『だーっはっはっはぁ! おととい来やがれってんだ!』
 「はあっ、はあっ、はあっ……」
 『アル姉! アル姉、大丈夫?』
 『いやー、お見事さんやったでアルル!』
 「うくっ、はあっ、はあっ……アルルって、呼ばないでよ……」
勝った? 勝ったの?
リアーシェに機体の右肩を支えてもらいながら、私はなんとか息を整えようと荒い呼吸を繰り返す。
機体の発光現象はもう収まっていて、いつもの歩くのもおぼつかないくらいの調子に機体制御は戻っている。
今は、私の意志で機体を動かす事ができている。
 「はあっ、はあっ、ふうっ……」
――メインフレーム左下の専用ワイプ。
そこに、叫び続けていた時の状態のままで固まったように動かないミンクスのモジュールが表示されている。
 「…………ミンクス」
答えはない。
 「……ミンクス、あなた」
表情はない。見えないのだ。
人であれば目がある場所に濃い影がかかっていて、その表情を知る事はできない。
 「ミンクス。あなた……何をしたの」
 『……………』
彼女はさっきまで叫びを発し続けていた口をきつく閉じると、俯いてしまって。
 『私はただ……』
 「……………」
 『ただ……お守りしたくて』
 「どうして……?」
 『……………』
 「……………」
 『…………わかりません』
 「そう……」
わからない。
そうか、そうなのね。
答えとしては意味をなしてないのかもしれないのだけど、でも私はそれがわかる。
私も、わからないのだもの。なぜこうなったのか、ここにいるのか……。
 「ねえ、ミンクス」
 「私達、助かったのよ」
 『……………』
 「その点に関してはあなたにお礼を言わなくちゃならないわ。ありがとうね」
 『……はい』
 「きっとこれから先、こんなことの繰り返しが続くと思うわ。私は嫌でたまらないけれどね……」
 『はい』
 「ヴォーカリオンは嫌いだけれど……でも、それだと何もできないのではないかと思ってはいるわ」
 『はい』
 「誤解しないでね。私、ヴォーカリオンは嫌いよ、嫌いだけど……でも」
 『……………』
 「でも……あなたとは、一緒に生きていけるかもしれないわ」
 『はい』
 「ミンクス……いや、ミンクス。違うわね、きっとこれは――」
――ミンクス、ミンクス……。
 「ミンクス…………ええ、そうね。ミンクス、あなたはそう――」
――ミンクス。
――ミク。
 「あなたは、ミクね」
 『……あ』
 「どう? 気に入ったかしら」
 『……ありがとうございます。でも』
 「なに? ちなみに変更はないわよ」
クリープ博士の「次世代機械言語論」で読んだ事がある。
機械、ロボット、AIの行き着く先の一つには処理の簡略化というものが存在する。
行動、計算、分析。それらの処理ルーチンを効率化していく上でそれぞれの観点から、不要有要を判断し行動を簡略化していくということ。究極的に言えば、あるいは文字数の削減とでもいうべきか。
作業の効率は伸ばしながらも、言語の容量自体はよりコンパクトにしていく。そこに、あるいは彼らの価値観という物が生まれてくるのかもしれない、と。
だから。
 『ミク……』
 「ええ、そうね。あなたを私はミクと呼ぶわ」
 『ありがとうございます。名称の簡略化はマスターと私が一つ近しくなれたという事……ありがとうございます』
 「そうね。近しく……まだ、実感はないのだけれど」
 『ありがとうございます。ありがとうございます』
 「もう、わかったわよ。ちょっとあなた、ありがとう、言いすぎよ?」
 『ありがとうございます。ですが、言わせて下さい。ありがとうございます』
 「もう、わかったってば……ふふ」
 『ありがとうございます。あ――』
と。
――――――
耳鳴りがした。
雨の音が聞こえない。
シャイナとリアーシェの通信が聞こえない。
ミンクスの声が聞こえない――
 『―――――』
何。何?
彼女の目から――
はらりと――
何かが零れて――
その口が――
 『――ま―た――』
と、動いた気がして――
――――――ブツッ――
 「!!?」
ドシャアアン!
 『うきゃ!? アル姉! どうしたのっ!』
 『おーい! どないしてん! しっかりせいや!』
突然。
機体のありとあらゆる制御が消えてしまって。
そのまま。
バランスを崩して、地面の水溜りに突っ伏してしまって。
 「嘘よ!!」
 「ミンクス!!」
あなた。
 「ミン……ミク!!」
あなた。
何処へ行くの?
一緒に、居るんじゃ。
なかったの?

――――――――――――――――――――――――――――――――――12時間後

 「ロスト!?」
早朝の食堂室にリアーシェの叫びが響く。
 「そういうこった」
 「うそーっ!? じゃあ、アル姉どうなるの!?」
 「……まあ、処分は避けられねえだろうな」
 「……………」
私は黙ってストレートの紅茶を飲んでいる。
 「そんなそんなそんなーっ! アル姉が居てくれたからあたし達助かったんだよーっ!? それなのにーっ!」
 「んなことぁこの基地の奴ら全員わかっとるわ。ただ、それと0ニオンのロストは別問題だっつうことだ」
 「確かにな。VOCのDL(ダウンロード)には金がかかるからな、その中で0ニオン型はその汎用性の高さの性でダントツに高いし、それを失った原因となった奴が入隊間もない新人じゃなあ……」
 「……はぁ、お偉いさんらは金にうるさいからねぇ」
クレオ准尉がエスプレッソを飲みながら言ったように。ヴォーカリオンはその能力の高さゆえに需要がかなりのものがある。
でも、VOC全ての権利を握っているノースオーシャンズラインの機械言語部は簡単にヴォーカリオンのダウンロードをさせてはくれない。それが例え一国の政府だろうと、経済市場の全てを握る大企業だろうと、例外はない。
基本的には審査をパスして、目も眩むような金額を納めればヴォーカリオンのライセンスを発行され、以降は審査を行わずにダウンロードの度に金額さえ納めればいくらでもできるようにはなるらしい。
 「俺も出来る限り復旧を試みたが……ありゃ駄目だ。本当に綺麗さっぱりなくなってやがった」
緑茶をすすっている整備長の顔には疲労の色が濃く出ている――きっと眠っていないのだろう。
 「欠片も英数字の一文字さえありゃしねえ……一目みただけじゃサイバー攻撃受けたとしか見えねぇだろうな」
 「そんなにコードブレイクされてたの?」
 「コードブレイクな訳ねえだろうがっ。嬢ちゃんたちその場に居たろうがよ」
 「せやね。別段攻撃食らっとった訳でもないし……なんつうか勝手に消えたっちゅうか……」
 「――自分で消えたってのは?」
 「あん?」
私の真向かいでミートスパをすすっていたマリスがそんな事をいう――ソースが飛ぶからパスタはすすらないで欲しいのだけれど。
 「だから――チュルチュルモグモグ――ミンクスが自分で――チュルチュルモグモグ――消えたんじゃないかって」
 「あーあー、ないない。そんな器用な事ぁユニオンモデルでもなきゃあできやせんせん」
 「ユニオンモデル?」
 「あん? 知らんのか。まあ、無理もないとは思うが……説明はめんどいんで簡単に言うが、いわゆる大量生産か、オーダー製か、って感じだ」
 「なるほどー、特別製? みたいな感じなんだねー」
 「まあ、そういうこった。でもな、そのユニオンモデルでもそんな事ぁできんと俺は思うぞ。考えてもみい、ロボットが自殺するようなもんやぞ? お前らそういう所見たことあるんかい?」
 「んー……せやなあ。あんまそういう話は知らんかも」
 「あたしあるよーっ! ロミアルトとエッタのラストシーン!」
 「それ映画じゃん――チュルチュルモグモグ――」
 「ぬうーっ……あ、じゃあ! アンゼルスブレス!」
 「はいはい、Rエモーションズの新曲ね――チュルチュルモグモグ――」
 「彼女の翼!」
 「コミック――チュルチュルモグモグ――」
 「オペレーション・アデットⅡ!」
 「ゲーム――チュルチュルモグモグ――」
 「うきゃーっ! マリスっうっざいっ!」
 「はいはい、夫婦漫才はそれくらいにしいや」
 「なんちゅうか……シャイナとマリスの坊主たちは物知りだなぁ」
 「趣味に偏りすぎって気もするけどな」
 「……………」
私は黙ってストレートの紅茶を飲む。
 「あ……みなさん! こちらでしたか」
食堂室の扉を開いて、白衣姿の男性が入ってくる。
 「クリス兄ちゃんだ。どしたの?」
 「お食事中の所申し訳ありません、直ぐに医療部に来ていただきますか。残念なお知らせがあります」
 「残念……な、お知らせ……!?」
クリス・マケインさん。
医療担当の彼が残念だというと……思い浮かぶのは宙を舞う、小隊長の機体。
 「ぶーーッ!!」
 「な、なに! 小隊長に何かあったの!?」
 「とにかく詳しくは医療部へ、私は先に戻っております」
整備長が盛大に緑茶を噴出すのと、シャイナが鬼気迫る感じで立ち上がるのと、リアーシェが組んでいた足を戻すのと。
何もかもが同時だったけど、とにかく医療部に行って見なくては。
みんなが席を立っていく中で、私はふと。
 「――あ……整備長」
 「げほげほっ、ん? なんだ」
 「どうします? 整備長も一緒に……」
 「ああ、俺はいい。嬢ちゃんたちだけで行ってきな」
 「そうですか……では、すいません」
てっきり整備長と小隊長は仲が古いので一緒に来てくれるのかと思ったのだけど。
でも、整備長もきっと疲れてるだろうから。
私は気にせず向かう事にした。
 「げほっ、げほっ……ああ、まったく残念なお知らせかいカーター」
 「お前も根性捻じ曲がってやがるな、くっははは!」
だから、バンバンと机を叩いて笑う整備長には気づかなかった。
 「どうしよう……ねえ! 柴姉どうしようよ!」
 「気ぃしっかり持っときや。人はいつか絶対にわやになってしまうことがあるねん」
 「……………」
 「いやいや……多分、嘘だ。うん、嘘だよきっとさ……ねえ」
 「やれやれ、配属初日から人を見送らなきゃいかんとは……」
それぞれがそれぞれの思いで医療部に向かう。
そして小隊長に宛がわれた部屋に向かう廊下に入ると。
 「あ、カラー司令!」
小隊長の部屋からこの基地を任されているカラー司令が儀礼服姿で出てきて。
ビッ。
 「あ……」
部屋に向かって敬礼をする。
 「……………」
誰も言葉にはしないけど。
その意味はきっと――
 「……?」
カラー司令はちらりとこちらを見ると怪訝そうな表情を見せたけど、すぐにもとの表情に戻って廊下の奥へ行ってしまった。
 「……………」
 「……………」
沈黙。
 「行こう……か?」
私が勇気を振り絞ってそういうと、シャイナがうんうんと深刻な表情で頷いた。
 「……………」
ドアの前。
 「開ける……よ?」
一同、うんうんと頷く。
ガチャ。
 「――のわけだよ」
 「ソウデスカ、ソレハ大変デスネ」
 「全くだ。これで開放されるかと思って――おお、お前たちきたか」
 「……………」
え?
 「どうした? 早く入らんか」
 「ゴ面会ノ方デスネ、空調ヲ設定シテオリマスノデ、オ早クドアヲオ閉メクダサイ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

高次情報電詩戦記VOCALION #5

ピアプロコラボV-styleへと参加するに当たって、主催のびぃとマン☆さんの楽曲「Eternity」からのインスピレーションで書き上げたストーリーです。
シリーズ化の予定は本当はなかったのですが……自分への課題提起の為に書き上げてみようと決意しました。

閲覧数:154

投稿日:2010/08/04 00:02:22

文字数:4,685文字

カテゴリ:小説

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