“大事なものは無くしてはいけない
手離すな!
二度と掴めなくなるぞ”
あれから二人は広く終わりがない森を必死で逃げ回った。一体自分達がどれ程の時間走り続けているのかすでに分からない。だが、いっこうに朝が来る気配はなかった。
一際背の高い木に登った。鬼は鋭く長い爪で木ごと薙ぎ倒した。
大きな岩の裏に隠れ遣り過ごそうとした。鬼は嗅覚も良いらしくすぐに見つかった。
目の前に立ち塞がられ咄嗟に掴んだ赤い花を投げた。
鬼は思いがけず怯み、その隙に逃げた。
ハァッハァッ
二人分の苦しげな呼吸音が空気を振るわせる。もういつ倒れてもおかしくない。そう思うほど二人は疲れきっていた。
「今、何時くらい、だろう?」
リンが荒い息を整えながら尋ねる。ドクドクと流れる血液のせいで身体中が熱かった。握りしめた指先を除いて。
「分からない。さっきから、雲が、」
レンも苦しい呼吸を宥めようとしていた。リン同様指先だけが凍えるように冷たい。
レンが見上げる先には、木の間から空が見える。しかし先ほどまで晴れていた空は曇り、唯一の光源である月を薄く覆い隠していた。
月が見えなければ時間が測れない。そればかりか暗い森の中で一切の光を失うことになる。
「晴れてくれないと、逃げることすらできない。」
レンは忌々しげに呟いた。一切余裕のないその姿はリンにも恐怖を与えた。
睨み付けるように空を見上げていたレンの様子を見てリンは声をかける。
「レン。」
「何?リン。」
「明日は、一緒にクッキー焼くの手伝ってね。」
一瞬リンが何の話をしているのか分からなかった。レンの返事を待たずにリンは続ける。
「あとパンとケーキと、とにかく美味しいもの沢山作って一緒に食べよう!」
言い切ってじっとレンを見つめる顔は真剣だった。
この時ようやくレンはリンの言いたいことが分かった。何のことはない、リンは平凡な明日の予定をたてていたのだ。
「ふっ、あはははっ!」
「な、何で笑うのよ!」
そうと分かれば一気に気が抜けた。
「だって、食べ物ばかりじゃないか!」
「べっ別に良いじゃない!美味しいものを食べると幸せでしょう!?」
レンは一頻り笑った後、頬をぷっくりと膨らませ拗ねているリンを見た。暗くてよく見えないが恐らく耳まで真っ赤なのだろう。
「そうだね。じゃあ、明日は大変だ。」
きっと物凄い量の菓子や料理を作らされるだろう。ならば早く帰りゆっくりと寝たい。
「必ず帰ろう。」
「うん。」
リンはレンが、レンはリンが今隣にいることを改めて感謝した。一人ではどうして良いか分からない状況でも二人ならば乗り越えられる。ずっとそうして生きてきた。
「そろそろ移動しよう。」
いつまでも同じ場所に留まるのは危ない。立ち上がり歩き出そうとした、
そのとき
「うわっ!」
「きゃっ!」
ブンッと風を切る音が耳元で鳴った。咄嗟に繋いでいた手を離し、避ける。一瞬前まで二人の手があった場所には鬼の爪が地面に食い込んでいた。
レンはゾッとした。慌ててリンに駆け寄ろうとするが
「!!」
鬼はレン目掛けて腕を伸ばしてきた。掴まれる寸前でそれを避ける。
「リン!逃げろ!」
「でもっ!」
「後から追いかけるから!早く!」
自分に意識が向いてるうちに・・・!
すると鬼はリンを視界に捕えた。
「リン!」
まだ躊躇っていたがレンの叫び声に押されるようにリンは駆け出した。暗い森にリンの姿が消えていく。
ほっとしたのも束の間、鬼は再びレンに向かってくる。
「この!」
レンは逃げながらさっき鬼が怯んだ赤い花を投げつけた。するとやはり鬼はこの花が苦手らしく動きが止まった。その隙にレンもリンが逃げた方向へ駆け出す。
早くリンの元へ行かなければ・・・!
月は厚い雲に覆われ遂に森は漆黒に包まれた。
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