ガラスの籠ノ鳥といろは唄  
四十路にさしかかったばかりという男が身体をわななかせて、目の前にいる人物を見ている。
男の身体には、胸に向かってまっすぐ刀が突き刺さっていた。
状況かつかめず、悲鳴を上げようとした喉に、刀がずぶりと潜り込む。
止めとなったその一撃で、男の身体は床にドサリと倒れた。
男を殺したのは、鋭い目に、青く光をはじく黒い髪をした若い男。紅の着物。そして、着物を半分脱いで晒された、筋骨隆々とした左腕。
男は今し方血にぬらした刀を、舌でスゥッ・・・。となぞり、血をぬぐい、刀を振って血をこぼした。
そして、殺した者の足をつかみ、家の裏まで引きずっていき、防風林のそばを抜けて深い谷川へと死体を放り込んだ。
激しい濁流に死体が消えるのを見届けると、男は呟いた。
「俺の家にのこのこ盗みに入ってくるとは・・・。馬鹿な奴。」
 男はまた歩いて家に戻り、戸を開けた。
そして、廊下を歩いて一つの部屋のドアを開けた。
 部屋にいたのは、二十歳ばかりになるかという若い女。
色が白く、黒々とした髪に群青の艶がある。
ただ、その女の白くて細い右足には鎖がつけられていた。
今、女は畳の上に横になり、身体を丸めて寝ている。
男は、女の側にかがみ、すやすやと寝息を立てる女の頬にそっと触れた。そのとき女が、ぱちり、と目を開いた。
 「あら、帰ってたの。」
 「あぁ。」
男は、自分が盗人を殺したとは口に出さず、短く返事した。
しかし、女は少し、心配そうな顔で男を見つめた。
 「血のにおいがするわ。怪我をしているの?」
 「いいや。人を斬っただけだ。どこにも傷なんぞねぇ。」
 「そう。」
女は少し、安堵の表情を見せた。
男はそっと女の肩に手をかけて抱き起こす。
「疲れてるのか?」
「ううん。違うわ。昨日遅くまで起きていたものだから・・・。少し眠くて。」
 「そうか。春だしな。」
男の言葉に女はきょとんとした顔になり、言った。
「春になると、眠くなるのかしら?」
「・・・そうか。お前は知らないんだったな。」
始終無表情だった男の顔がわずかに笑む。
 「春になると雪が溶けるように人だって気がゆるむんだよ。」
 「そうなの。」
 「あぁ。」
女の少し寂しい顔を見て、男はふっと表情を元に戻す。
 「障子を一度くらい、開ければいい。」
男の言葉に女はゆっくりと首を振った。
 「いいのよ。私は籠ノ鳥だもの。」
女は、自分を抱きかかえている男の身体に背を預ける。
 「やっぱり、疲れているんじゃねぇのか。」
 「大丈夫よ。眠いだけだもの。」
そういうと、女は男に言った。
 「何か、歌ってくれるかしら?」
男は首を横に振った。
「俺はお前ほど歌が上手いわけじゃねぇ。」
その言葉に女はゆっくりと微笑んだ。
 「いいのよ。私は貴方が普段話している声も好きだけれど、歌っている声だって大好きなんだから。」
女の言葉に男は、ふぅ・・・、とため息をつき、少し女の身体を自分の方へと抱き寄せて言った。
 「何が良い。」
 「貴方の好きな歌で良いわ。」
女の言葉に男はうなずき、すっと息を吸い込んだ。
そして女だけに聞こえるような小さな声で歌い出す。
『お前が望むのならば、犬の様に従順に、
紐に縄に鎖に 縛られてやるだろう
或いは 子猫のように 愛らしいお前の
指に足に唇に 惑い狂うだろう
どちらが先に 溺れただとか
そんなこと 関係ないよ
色は匂へと 散りぬるを
我が世誰そ常ならむ
知りたいよ
もっともっと深くまで
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見し ゑゐもせぬ
染まりゆく お前の
色は匂へと 散りぬるを』

男が歌い終わると、女は男の身体に身を預けて眠り始める。
その様子に男はふっと微笑み、女を抱き寄せて目を閉じた。
ゆらゆらとゆらめく行燈の火影は寄り添う二人を照らしていた。

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ガラスの籠ノ鳥といろは唄 2

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投稿日:2012/04/19 21:13:35

文字数:1,592文字

カテゴリ:小説

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