僕はもう疲れた。
限界だ。
下らない陰口にも飽きた。
よくこれまで辛抱したと思う。
そろそろ、終わりにしよう。
…だけど、自分が消えて終わりだなんて嫌だ。
仕返しがしたい。
―ガチャ
職員室から鍵をそっと盗り─普段の自分では絶対に出来ないであろう─、立ち入り禁止の印に並べられた机を乗り越え、埃の被った階段を昇り、やっと開いた扉の先は青い空の広がる屋上だった。
照りつける太陽の熱を取り払うように、強い風が吹く。
今は授業中だからだろう、下から先生の声が小さく聞こえる。
誰も入って来られないように扉の鍵を閉め、自分の教室の真上に立つ。
ガクガクと震える足を一つ殴って、一つ殴って、ようやく真新しいフェンスまで辿り着いた。
フェンスを乗り越えることはできないと思い、前もって用意していたペンチを取り出す。
パチン、パチン、
新品のペンチは綺麗な音を立てて、人一人が通れる程の穴を開けた。
後は、靴を脱ぎ、遺書を置き、穴をくぐって、そして…飛ぶだけだ。そうだ、それだけ。
息をのみ、ゆっくりと右足を上げ、靴に手をかけ、踵から靴を浮かし、爪先から一気に引き抜く。
ダン!!…ッコン
勢いよく引いたせいで自分はバランスを崩してしりもちをついき、靴は1メートル先へと飛んで行った。
ついでに腰も抜けて立てなくなり、泣きそうになってコンクリートの上に倒れて空を仰ぐと、女の子の顔があった。
セミロングの黒髪が、さらりと女の子の肩から落ちる。
「…何してるの?」
逆光で顔は見えないが、その声で誰なのか気付いた。
「…さぁ、何してんだろうね」
ため息混じりにそう答えると、女の子─僕のクラスメイトのカザミ─は僕の開けた穴に目をやった。
「おっきな出口…出られなかったの?」
「僕には小さすぎたみたい」
「どうして地面に横になってるの?」
「起き上がれないんだよ」
へぇ、と一言、興味の無いように呟くとカザミはするりと細い体を出口に潜らせた。
「えっ…何して!!」
内から外へ出たカザミは、フェンスから手を放し大きく両手を広げて見せた。
「ほら…立てた」
気がつけば、僕は立ち上がり、出口に手を突っ込んでカザミの手首を掴んでいた。
瞬間、強い風が吹き付けカザミはバランスを崩し身体を斜めにした。
「危ない!!」
ぐっと力を足に込めたが突然のことで前のめりになり顔面をフェンスに打ち付ける。出口の横スレスレには尖った針金が突き出ていて、頬をかすった。一文字の筋か走り、じわりと血が滲む。
それでも僕は手を離さずに、すっと大きく息を吸って、カザミの手をフェンスまで引き寄せた。
「…もう、戻って。いいから」
「出れたね、手だけじゃなくて身体も出て来たら?」
「冗談じゃない!!もうこんな思いをするのは二度と御免だ」
「嘘よ、本気じゃないから。…そんなに怒鳴らなくても」
ガシャ、とカザミは膝を曲げて外から内へと帰ってきた。
「でも、オザキ君。あなた、ついさっきまで私の目の前でしようとしたでしょう、ジサツ。」
身体から血の気が引いていくのがわかった。
「なんで、どうして、」
ふぅ、とカザミは息を吐き出し、にこっと満面の作り笑いを披露してみせて、口を開いた。
「簡単よ、あそこから見ていたの」
自然に出された矢印を目で追って行くと、屋上の出入口となっている所の屋根だった。
「あそこはね、あたしの特等席。誰にも邪魔されない、あたしだけの場所。なのに、開くはずの無い扉が開いてオザキ君が入って来たの」
ドッドッドッ、心拍数はどんどんと上がって行く。
「ねぇ、秀才で人望もある君が、どうして?」
「それは…」
変な汗がべったりと背中に張り付き、気持ちの悪さに吐きそうになる。
ぐっと堪えて下を向くとカザミは顔を覗き込んできた。
「ねぇ、どうして?」
息が上手く出来ない。詰まる。
「…僕じゃない、違う」
「何が?」
「…わかっているんだろう?」
「さぁ、オザキ君の思ってる答えとは限らない」
「…」
1分程の沈黙の後、カザミはつまんないの、と呟くと、出口へと歩き出した。
僕は緊張のあまり固まったまま動けなくなっていた。
ガチャ、と扉を開いて、カザミは立ち止まり、振り向いた。
「…ねぇ、そんな事しても、仕返しにもならなければ、償いにもならないと思うんだけど」
「…僕じゃない」
「ふうん、目撃者にそれを言うの。…まぁ、オザキ君にはジサツをする勇気はないから関係ないね」
くるっと回れ右をしてカザミは屋上から出ていった。
「…僕は、止めなかっただけだ」
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