「盲目の宇宙飛行士」

彼女はいつも一人でいた。少なくともあの頃の自分がみている限りでは。
よく公園の大木の下で本を読んでいるのを見かける。整った顔立ち、色白の肌、さらさらとした長い黒髪、いつもの白いワンピース……。見た目は普通だが他人と唯一違うとこがある。いつも瞼を閉じている。そして本の読み方も文字列を指でなぞるような……。そう、彼女は目が見えていない。それ故か、彼女に近づく人は皆一様に哀れんだ目をして避けていく。しかし、あの頃の自分はそんなことを気にしないほど幼かった。




ある日、子供会で公園に来たときにいつも通り彼女はそこにいた。他の人が先に歩いていく中、自分は彼女が何故か気になった。
大人達の目を盗んで子供の列から抜け出して彼女に話しかけにいった。

「ねぇ、何してるの?」

彼女に話しかけると少しびっくりしたような顔をしている。手元には本があった。小学校で少し触れたことがあったのでそれが点字で書かれているのも分かった。

「わぁ!君、点字が読めるんだ!!すごいなぁ!!」

彼女はびっくりしているのか何も話さないが、おどおどしながら頷いた。

「僕は昇平。君は?」
「…… 小夜」
「小夜ちゃんか!よろしく!!」

そうして握手をしようと思ったところで後ろの方で大人達が自分の名前を呼ぶ声がする。
その時はそれで終わった。

その後、公園で小夜を見かける度に話しかけにいった。
その中で彼女は目が見えない事を知ったが、幼い自分はその事を何とも思わなかった。だからことあるごとに彼女に物を見せようとして、毎回見えないと言う彼女の寂しそうな顔に残念な気分になった。

そしてある日、彼女の手を引いて丘に登っていった。その丘には「とっておきの場所」があるのだ。さらに今日は特別な日だ。

「とっておきの場所があるんだよ!そこからならきっと君にも見えるさ!!」
「昇平くん、何があるの?」
「今日は『りゅうせいぐん』っていうものがあって流れ星がいっぱい見えるんだ。それならきっと小夜ちゃんにも見えるよ!」
「どこにむかってるの?」
「この先に友達と作った秘密基地があるんだ。そこからは星がきれいに見えるんだ!」

しかし、自分の「とっておきの場所」からでも彼女は物を見ることは出来なかった。

「…… 僕は絶対君に光を見せる!!」

その時そういって自分の胸に誓って夢に向かって走りだした。




今思えば彼女はあの時星は見えていなかったが、「光」は見えていたのだろう。
そうでなければ自分が光を失ったあの時に、あんなに明るい「光」を見せてくれることはなかっただろう。

「…昇平」
「…ん?俺は寝てたのかな?」
「そうみたいね…」
「……懐かしい夢を見ていたよ」
「どんな夢?」
「小夜と『りゅうせいぐん』を見にいった日のことだ」
「懐かしいわね……」

会話はそれだけだ。今の自分達に余計な会話なんて要らない。




「見えないままでいいのよ」

いつの間にか彼女は僕が色々な物を見せる度に強がっているわけでもなくそう言って笑うようになった。

「なんでさ?見えた方がいいだろ?」
「いいのよ。だって見つけたもの……」
「何を?」
「……ごめんなさい。何でもないわ」

いつもはぐらかされた。はぐらかされる度に僕の中に何かくもったものが立ち込めた。
そしてある日の夜、僕の中でくすぶっていたものに、あの出来事が明かりを灯した。
とある人口衛星が役目を終えて大気圏に再突入する、その瞬間を偶然にも自分は直にこの目で見た。それはまるで不死鳥のような瞬きで夜空を彩り、一瞬で消えていった。
自分はその美しさと儚さのあまり感動し、涙した。そして、あのくもったものが自分の「夢」であることがはっきりと分かった。

「僕は宇宙を目指す!」

そう、小夜に宣言したのは一週間程してからだ。それからはただがむしゃらにその夢に向かった。

「あそこまで……星の側までいけば、きっと君にも見えるはずだ!」
「……いい夢ね」

いつも夢の話をすると彼女はどこかさびしいような笑顔を見せた。夢をみて光を失ったあの時の自分にはその意味は分からなかった。
盲目の彼女に光が届かないことが分かる年になってもその夢にむかった。彼女に笑顔を見せることも忘れて、ただ未来に走りつづけた。




「もうすぐ時間じゃないかしら?」
「今は何時かな……」

手を伸ばして時計のボタンを押した。

『只今の時刻、午後10時 23分です』
「後一時間ぐらいだね」

今日は二人にとって大切な日だ。僕の約束が果たされるのだから……。




自分は大学生になり、宇宙工学の研究を始めた。小夜ともよく会っていた。夢も近づいてきて順風満帆だった。
しかし、大学卒業間近に自分は事故にあった。卒業研究で制作していた物が崩れて下敷きになってしまった。そして打ち所が悪かった。病院のベッドで目を覚ました僕は闇の中にいた。医者の話では強い衝撃で視神経がいかれてしまったとのことだった。
自分の運命を、人生を、全てを呪った。太陽も、星も、空も、研究書も、自分も、全てを失ってしまったのだ。何人もの人が慰めの言葉をかけたが、全てが偽善に思えた。ただの傍観者の感想だ。自分が遠くの星をみて、あれはこんな星だと言うのと同じだと思った。

「昇平!」

そうやって絶望しきっていたある日、小夜がやってきた。彼女は慰めなど一言も言わなかったが、逆にそれが疑心暗鬼になっている自分を苛立たせた。

「小夜……はっきり言ってくれ……」
「……?何のこと?」
「とぼけないでくれ!!」

いきなり怒鳴って彼女はびっくりしているだろう。それでも構わずに自分は心の闇を吐き続けた。

「俺が光を失って哀れんでいるんだろ!?そうなんだろ!!俺は夢が追えなくなったんだよ!!光なんて知らない君にはこの苦しみは分からないだろ!?」
「分からないわ!!!!」

小夜が怒鳴った。彼女が怒ったことが無かったのでびっくりした。一瞬の静寂の後、彼女は落ち着いてしゃべり始めた。

「…… 怒鳴ってごめんなさい。でもはっきり言わせて。私はあなたじゃないから全てが分かる訳じゃないわ」
「…………」
「だけど分かることもあるわ。あなたは大切な物を忘れていることぐらいわ」
「……忘れていること?」
「私はそれをあなたからもらったの。だけどあなたはそれを見失ってしまった。それは私がいつもはぐらかしてしまっていることにも関わっていると思うから、私にも責任はあるわ」
「はぐらかしていること?」
「…… ここから先はあなたが見つけて。手伝えるのはここまで。ごめんなさい」

小夜が部屋から出て行こうとするのが分かった。

「待てよ、小夜!」
「……『光ならもう見つけたわ』」
「……え?」
「私がはぐらかしていたことよ……」

それだけ言って彼女は部屋を出ていった。自分はその後色々考えた。いったい何を忘れてしまったのかと。
一週間程したある日、テレビのニュースがきっかけでそれを思い出した。

『明日は双子座流星群の極大日です』

あの日の……秘密基地から眺めた流星群を思い出した。そして、忘れていた「光」をおもいだした。
昔、小夜に光を見せようとやっきになっていた頃に彼女は確かに満面の笑みで言ったことがある。

「光ならもう見つけたの!」

そうだ!光はもう「ここ」にあるじゃないか!自分も光を見つけられた!




ピピピ

「時間だね」
「わくわくするわ~」

時計のアラームを止めると、その時がやってきた。
一筋の光が、まるで不死鳥のような瞬きで夜空を彩り、一瞬で消えていった。
この不死鳥は昇平が大学の卒業研究で制作した人工衛星だったのだ。

「光ったかな?」
「光ったわよ」

しかし、不死鳥の光と言えど二人の瞼を透過はしなかった。


♪きーみーがっ好きでー↑

「お!電話だ」

昇平の携帯が鳴った。電話をしている彼は徐々に高揚しているのが小夜には分かった。
昇平は電話を切ると満面の笑みで小夜の方をみる。




自分はあの日の小夜みたいな満面の笑みが浮かべれるようになった。それは彼女が「光」を教えてくれたからだ。その「光」こそ自分が探し求めた夢だったのだ。

僕らは知った。
互いに照らしあう、まばゆいばかりの星があることを……。

眼には見えないけど。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

「盲目の宇宙飛行士」の小説

yukkedoluceさんの「盲目の宇宙飛行士」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm11377844)というミク曲に感化されて書きました。素人文章で申し訳ないですが、意見等いただけると今後の参考になって非常に助かるのでよろしくお願いします。

閲覧数:1,785

投稿日:2010/07/22 00:15:59

文字数:3,454文字

カテゴリ:小説

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