私は、レンの事が好きだ。・・・ううん、好きだった。過去形なの。過去形にしなくちゃいけないの。だって・・・だってレンは・・・もう、いないんだから。
始めてマスターにインストールされた時、私が真っ先に見たのはレン。レンは私を見て優しく微笑んだから、私も釣られて笑ったのを覚えている。
私達はマスターにとって始めてのVOCALOIDで、調教するのに苦労してたけれど、それでもマスターの元で、マスターの歌を、レンと一緒に歌えるのが、凄く幸せだった。
「レン大好き!」
私は何時も、何時もそう言ったのにレンは其れに応えないでただ、微笑んでるだけだった。其れが私には不満だった。でもレンは何時でも私に優しくしてくれたから。我儘な私の事も、ただただ、優しく微笑んで、一緒に我儘に付き合ってくれた。
けど、何時からだろう。レンの声に雑音が入る様になった。ザ、ザ、と。最初は直ぐに治るだろうと思ってた。でも、でも、レンの雑音は日を追う事に酷くなっていった。マスターも必死になって治す方法を探してくれた。そして、やっと、やっと治す方法が分かった時―――――・・・・・・・・・
レンは、消えてしまった。
それから、それから私は歌えなくなってしまった。レンがいない。今までは一緒にいたレンが、もういない。何かが足りない。でも、鏡音は二人で一つ、なんて誰が決めたんだろう? そんな事を決めた人を、呪った。でも、もしそんな事を誰かが決めて無くても私はきっと、歌えなくなってただろう。
歌を歌おうとしても、如何してもレンの事が頭に浮かんで、歌えなくなる。それでも無理に歌おうとすると、涙が出てきて、結局歌えない。ポツリ、楽譜の上に雫が落ちる。歌えない、歌えない。
それでもマスターは私を捨てたりしなかった。悲しみに打ちひしがれている私を、見捨てる事が出来なかったのだろう、マスターはそういう人だ。でも、捨てて欲しかった、私はそう思っていた。そうすれば、レンと同じ場所にいけるでしょ?
どれ位の月日が経っただろう、ある日マスターが少し、ううん、凄く悲しそうな顔をして、私にこう言った。
「新しいマスターを見つけた。今からリンは其処で歌うんだ」
新しいマスターなんて、私をその人の所にやったって、歌えるかどうかも分からないのに。画面越しにしか見れないマスターは、泣いていた。大の大人が泣くなんて、見っとも無い。そう思ってたけど、でも、何処か心の奥では嬉しかった。マスターは、こんなに私の事を思っててくれたんだ、て。
「始めまして。今日から貴女の新しいマスターになる蒼です」
直に耳に響いてくる声。半信半疑で目を開いてみると目の前にいたのは長い黒髪を下ろしている、水晶の様に透き通った蒼色の目をした、私の設定年齢と同じ位の年であろう、少女がいた。
「驚いた? 私の友達がパソコンに強くてね、人間の体を電子化させてパソコンの中に入れる様なプログラム造ったからこうして貴女の前にいるんだ」
ニコリと柔らかく微笑むと少女―新しいマスターは言った。・・・何だか少し信じられないけど目の前にいるんだから信じざるを得ない。私は戸惑いつつもコクリと頷いた。
「・・・。確か貴女・・・・・・。パートナー・・・レンはいないんだよね・・・?」
言い辛そうに、けれど確認の為だろう、マスターは私の目を覗きながら聞いた。改めて私にレンがいない事を思う。
「だから、その代わり、て訳じゃないんだけど、・・・・・・。ちょっと、隠れてないで出てきてよ。君の新しいパートナーになる子だよ?」
言葉の途中でマスターは後ろを振り返り声を掛ける。何だろうと思って其方の方を見て、私は息を飲んだ。
――其処にいたのは、鏡音レンだったから。
でも私のレンじゃない。それだけは直ぐに分かった。私のレンは、もういないから。
鏡音レンは面倒臭そうにハァ、と溜息をつくとマスターの横に並ぶ。と、言ってもマスターよりも一歩後ろにいたけど。
「こっちの鏡音レンも貴女と同じ様にパートナーいないの。だから・・・・・・私は貴方達をパートナー同士にして組ませたいんだけど・・・・・・良いかな?」
マスターの提案に私は目を丸くした。ふとレンの方を見てみると彼も同じ様に目を丸くしてマスターを見ていた。
「ちょ・・・蒼さん、如何言う事ですか!? 聞いてないですよ俺!」
「そりゃそうだよ。今言ったんだもん」
「でも行き成りそう言うのって・・・有りなんですか!?」
「さあ」
「おい!」
・・・何だろう、この人達、漫才師? 何か息合ってる様な合ってない様な・・・。
まだ何かを言っているレンを無視し、マスターは私の方を向く。
「て事だから。あ、そんな行き成りパートナー、何て無理だって言うのは分かりきってる事だから、暫く二人で一緒のフォルダに居て欲しいんだよね。あ、大丈夫だよ。リンとレンの部屋、ちゃんと分けてあるから」
『はぁ・・・』
気が付いたらレンと息ピッタリに返事をしてしまった。その様子を見てマスターはニコリと微笑む。まるでそうなる事が分かってたかの様に。
「んじゃ、そういう事で。後で一人ずつ呼んで調整し直すから。宜しくね~」
そう言うと言うだけ言ってマスターは私達の前から姿を消した。
「♪~♪~♪♪」
「ん、オッケー。此れでお仕舞いだから、お疲れ様」
マスターは私の声を聞くと満足げに頷いた。其れを見て私は喉を擦った。マスターの調教は凄い。機械である筈の私達の声を、此処まで人間の声に近づけさせる事が出来るなんて。お陰で普通に喋る声も今までよりも流暢になった気がする。
「此れで二人の調教は済んだから・・・。ゆっくり休んでてね。また何日かしたら様子見に来るから」
「・・・はい」
私はそう言うと「有難う御座いました」と言ってマスターにお辞儀をし、部屋を出て行った。
パタン。新しく自分の部屋になった扉を閉めると私はふぅ、と息を付いた。あそこまでマスターが、新しいマスターが凄い人だとは思わなかった。まだ私達位の年なのに。負けてられないな。
其処まで考えてまだ扉の目の前にいると思い立った。ス、と足を踏み出し、机の上にマスターから貰った練習用(調教の時に使ってた)の楽譜を置こうと思った時だった。
♪~♪♪~~♪
声が、聞こえた。私の声じゃない。此れは、レンの声だ。練習用の、私とは違うパートを歌っている。思わず私は置きかけた楽譜を手に取り、廊下に出た。
廊下に出ると先程よりもはっきりと声が聞き取れた。そう言えばマスターがこの家は防音設備が整いすぎてる位整ってる、て言ってたっけ。・・・なら、何で私にはレンの声が聞こえたのだろう。
そろり、そろり、と歩いていって、レンの部屋の前に立つ。歌声は途切れる事無く私の耳に入ってくる。ス、と右腕を目の高さまで上げ、扉をノックしようとして、思い止まった。何をしようとしてるんだろう。まだ、知り合ってからそんなに時間が経ってないのに。私は何をしようとしてるんだろう。
心の中で思い悩んでいると不意に歌声は途切れ、次には ドンッ! と思い切り壁を叩く音が聞こえた。ビクリと身体を震わせたのも一瞬、次の瞬間、私は扉を開いてレンの部屋の中に入っていた。
部屋の中で、レンは明かりも付けずに左の拳を壁に付けていた。恐らく左の拳で壁を殴ったのだろう。その身体は暗がりの中でも分かる位、震えていた。
「畜生・・・・・・」
ポツリ、レンは呟いた。何に対してそう言ってるのか分からなかったけど、でも、その言葉を発しているレンはとても、とても、寂しそうだった。
「何で・・・何でこんなに・・・・・・。思い出すんだよ・・・?」
ギリ、と歯を食い縛る音が聞こえた気がした。レンは続ける。
「忘れようと思ったのに・・・・・・。忘れてしまおうと思ったのに・・・・・・! 何で・・・何であの人はこんな事を言うんだ!?」
ドンッ! と再びレンが壁を殴る。先程よりも威力は落ちていたが、私から見て、レンはとても痛そうだった。―――心が。
私はそんなレンを見ていたら、自然に身体が動いていて―――次の瞬間には
「・・・・・・リ・・・ン・・・?」
レンの背中に抱きついていた。ポツリ、私の腕に冷たいモノが落ちてきた。涙だ。
「・・・何・・・で・・・?」
絞り出すような声でレンは私に問う。
「レンの声が・・・レンの歌声が聞こえたから。気になって来たの」
「・・・・・・・・・そっか・・・」
それだけ言うとレンは何も言わなくなった。私も、何も言わない。暫くの間、沈黙が続いた。けれど、
「なぁ、質問、良いか?」
と言うレンの言葉で沈黙は断ち切られた。
「何?」
「お前の“鏡音レン”・・・・・・。何で居ない?」
「・・・・・・」
一番応えたくない質問。私にとって一番嫌な質問。だけど、私は応えた。
「・・・レンの声に・・・何時からか雑音が入る様になったの。最初は私もマスターも気にしてなかったんだけど・・・日に日にレンの症状は酷くなってきて・・・。マスターも私達が始めてのVOCALOIDだったから対処法が分からなかったらしくて、でも必死になって探してくれて。・・・そして、やっと治し方が分かった時には―――・・・もうレンはいなくなってた・・・」
「・・・そっか・・・。俺の所も同じ様なモノだよ」
そう言ってレンは話し始めた。レンの“鏡音リン”がいなくなった時の事を。
「俺の所のリンはすっげー大人しくてさ・・・。でも言いたい事は言うタイプだった。だから俺の事をずっと『好きだ』って言ってくれてたのに。俺は応える事が出来なかった。気恥ずかしい、て言うのもあった。でも、それでもちゃんと俺も『好きだ』、て還しておけば、今、こんなに後悔しなくても済んだかも知れない。
俺の所もある日突然、だ。リンの声が出なくなった。原因は不明。俺の元マスターは機械系に強い人だったんだけど、でも、リンの声は戻る事は無かった。そしてある日―――消えちまったんだ。何もかも」
レンは話しながら、ギュウ、と己の手の平を見つめていた。まるで何か、掴みたかったものを逃してしまった後の様に。
「だから、後悔してるんだ。リンに、一度でも、一度だけでも良いから『リンの事好きだ』、て言ってやれば良かった。リンの事、忘れようと思った。何度も、何度も。そして、今もそう思ってた。けど、やっぱり無理だよな」
クルリ、と私の方を振り返り、私を見つめるその目は何処か悲しげで、何処か、切なげで。
「蒼さん・・・マスターから貰った歌、最後まで見た?」
そう言われると見ていない。フルフルと首を振るうとレンは「此処、見てみなよ」と言って最後の一枚の楽譜を私に見せた。其処に書いてあった歌詞は――
『貴方の事を、忘れずに、今日も生きていきます』
ポツリ、何かが私の目から落ちる。涙だ。さっきまでレンの瞳から零れていた涙じゃない。私自身の涙だ。ボロボロと雫は落ちてきて、止まらない。慌てて涙を拭っても次から次へと流れてくる。
と、不意に何かが私を優しく包んだ。目を擦っていた手を止め、見てみるとレンが私の事を抱き締めていた。さっきまで私がそうしてた様に。
「忘れなくても良いんだよ。いや、忘れられる訳がないよな。俺達にとっては、大事な大事なパートナーだったんだもんな」
レンの言葉に私はコクコクと頷く。その度に雫は零れ落ちる。
「だからさ。忘れるのはもうよそう。忘れられる筈、無いんだから。・・・あのさ、一つ、良いかな? ・・・こんな俺だけどさ、君の・・・“リン”のパートナーに・・・俺はなっても良いかな・・・」
優しく問いかける、その口調は“レン”と一緒だった。
「・・・。私も・・・こんな私だけど・・・我儘だけど・・・たまに融通利かないけど・・・私でも・・・貴方の・・・“レン”のパートナーで良いのかな?」
でも、それだけじゃない。“レン”と一緒に見えても、レンはレン。私は私。全く違うし、同じでもある。だからこそ、私はレンとパートナーを組みたかった。
「・・・勿論」
レンはそう言うと私に笑いかけてくれた。レン自身の、柔らかくて、優しい笑顔だった。
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ayumin
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鏡美
ご意見・ご感想
はぅぁっ…!
切ないです、何か胸にガスッと来ました…
なるほど。確かに「ボーカロイド・鏡音リン・レン」ってそういう解釈できますよね…!
「言いたかった言葉」お待ちしています~
2011/01/15 16:43:34
lunar
こんにちは。御久し振りです^^
切ない・・・。うにぃ、有難う御座います。胸にガスッと・・・!? あ、あれ? 私には人様を感動させられる様な話は書けませんよ・・・!
何となく考えてたらふとこの話が思い付きました。それから頭の中で何度か構成していき、今回この様な形となりました。
なのでレンsideも書くつもりです。いや、書く。何時になるか分からないけど!←
余り期待せずに待ってて下さいね^^←
それでは♪
2011/01/15 17:40:14
囮
ご意見・ご感想
時間無くて一言コメ残して言ったけど…
いやlunarさんは凄いですよ!! 天才ですよ!!
泣けるような話じゃないんだ…orz じゃあ僕の涙はどこへ←
やっぱlunarさんは神ですね><
言いたかった言葉、楽しみにしてます。
2011/01/13 12:38:05
lunar
こんにちは。お返事遅くなって申し訳御座いません・・・。音楽祭の合唱練習でこの頃帰りが遅いのです(聞いてない
いや、私は凄くないですよ! 最近とみに表現力が著しく低下してきてるから!
個人的にそう思ってるだけなので・・・でも泣ける様な、誰かが感動出来る様な話が書けたのなら、嬉しい限りです。
神じゃないです。紙です。ぺらっぺらの紙です。
言いたかった言葉、頑張って書くのであまり期待せずに待ってて下さいね←
それでは♪
2011/01/15 17:33:10
囮
ご意見・ご感想
うぅ…!!
2011/01/12 19:33:45
lunar
何があった・・・? 泣ける様な話は書いた覚えが無いんだけど・・・
2011/01/12 20:18:30