第三章 決起 パート5

 「キヨテル、退屈だよう。」
 幼い少女が、椅子に座ったまま、地面に届かない足のやり場に困るようにぱたぱたとその足を揺らしていた。ユキである。そのユキにテーブルを挟んで向かい合っていたキヨテルは、やれやれ、という様子で作業の手を止めると、ユキに向かってこう言った。
 「少し我慢しなさい。」
 テーブルの上には、これまで周辺の地主や商人からかき集めた書類やら手紙が散乱していた。場所はルワール市の一角にある、それなりに由緒のある宿の一室であった。
 「いっつもそればっかり。」
 不満という表情そのままに、ユキは頬を膨らませるとそう言った。この宿に宿泊して今日で三日目になる。流石にずっと部屋の中に閉じこもっていれば、まだ十歳にも満たない幼女には退屈しきりという状態であったのだろう。
 「絵本を渡していただろう。」
 続けて、キヨテルはそう言った。そう言いながら、視線はテーブルの上に広げられている書類に釘付けになっている。先程、宿の女将が届けてくれた手紙であった。その手紙を丁寧な手つきで掴み上げたキヨテルは、同じようにテーブルの隅においてあったペーパーナイフでその封を切り裂いた。
 「絵本ならもう全部読んだ!」
 怒るように、ユキはそう言った。その言葉に曖昧に頷きながら、キヨテルはその手紙を読み込んでいく。リリィからの手紙であった。その中身を読み進めていく内に、キヨテルは自らの表情がみるみる内に曇っていくことを自覚した。
 「キヨテルってば!」
 もう一度、怒るようにユキはそう言った。
 「後で苺を買ってやる。」
 生半可に、キヨテルはそう答えた。今はこの手紙の方が重要だ、と考えながら。
 「いちご!」
 嬉しそうに、そして驚くようにユキはそう言った。苺はユキの大好物である。とりあえず、苺をエサにしておけば少しは静かになるだろう、と考えたのであった。そうして一人ではしゃぐユキを脇目に置きながら、キヨテルは熟す前の酸味だけの苺を食べたような苦い表情を見せた。リリィからの手紙に以前より危惧していた内容が含まれていたのである。
 「とうとう来た、か。」
 呻くようにキヨテルはそう言った。その言葉の意味が理解できない、という様子でユキは可愛らしく首をかしげた。手紙の中身は簡潔に述べると、以下の様なものだった。
 カイト皇帝が増税を計画している。
 自業自得でルーシア遠征に失敗した補填を、民に押し付けるというのか。
 キヨテルはそう考えながら、軽い舌打ちを放った。それと同時に、これまで支払っていた黄の国の農民に対する農業支援金も打ち切るという。想定される反乱に対しては軍事力を持って押さえ込む予定らしい。帝国もいよいよ末期だな、とキヨテルは考えた。といっても、この施策が発布した後から反乱の準備をする時間はない。それぞればらばらに民衆たちが一揆を起こしたとして、未だ五万以上の兵力を誇り、装備品も一級品を用意している帝国軍に対抗できるわけが無い。結局は各個撃破されてしまうことが目に見えている。その結果どうなるか。帝国軍による鎮圧がひたすら続けば、民はいずれ抵抗する意欲を失う。民が帝国に対して立ち上がる意思を失うこと。それが一番危惧すべき事態だろう、とキヨテルは考えた。
 「ねぇ、いちごまだ?」
 我慢できない、という様子でユキがそう言った。そのユキの期待が込められた視線を見つめながら、そろそろ動き出すべきだろうか、とキヨテルは考えた。これまでは旧黄の国南部地区の農村を巡り、キヨテルに賛同する地主を選別していたのである。何しろ、ルワール軍は精鋭ぞろいではあるが兵力に欠ける。その兵力を補填するのは昔ながらの手法、即ち農民からの義勇兵に頼るしかないだろうとキヨテルは考えていたのである。その兵士の鍛錬に、ロックバード卿以下の軍人たちがどの程度の時間を必要とするかは分からない。素人目に見ても、数ヶ月の時間が必要だろう。となれば、帝国が武力による民の支配を本格化させる前にリン女王陛下を焚き付けなければならない。
 キヨテルはそう判断すると、ユキに向かってこう言った。
 「よし、外に出よう。」
 「いちご!」
 嬉しそうに、ユキはそう言った。そのユキを先導しながら、キヨテルは運良くルワールの関係者に合えればいいが、と考えた。そうして宿の外に出たとき、キヨテルははて、と考えた。
 この時期に、苺など取れただろうか?
 季節は真冬である。苺の旬は、農家なら誰でも知っている。春だ。
 「・・イチゴジャムだな。」
 街に出て、市場へと向かう途中、キヨテルは自身の過ちを認めるように少し篭った声で、ユキに向かってそう言った。

 「久しぶりね、こうして皆で買い物なんて。」
 少し冷たい風が通り過ぎていくルーシア市街の中央部にある市場で、楽しげな少女の声がにぎわう市場の雑踏に響き渡った。リンである。リンと同行しているのは、修道女時代からの親友であるミレアとハク、そしてリンと普段から剣の鍛錬を行っている少女、セリスであった。
 「リンが剣の修行ばっかりしているからでしょ。」
 悪態を付くようにミレアはそう言った。だが、その声は何処となしか明るい。最近リンをセリスに取られてばかりなので、不満を感じていたのである。
 「剣の訓練は必要だわ。」
 そのミレアに苦笑するに笑いかけながら、リンはそう言った。今日は久しぶりに剣の鍛錬をお休みにした。昨日出産を終えたばかりのメイコに、栄養のあるものを調達してこようと考えたのである。
 「そんなに剣の訓練ばっかりしていると、婚期を逃すわ。ウェッジみたいに熱心な男性がいれば別だけど。」
 その言葉に、ハクは少し恥ずかしそうに視線を泳がせた。鈍感のハクもいい加減、ウェッジの態度の理由を気付き始めていたのである。
 「そういうミレアはどうなのかしら。良い男は見つかったの?」
 からかうように、リンはミレアに向かってそう訊ねた。その言葉に、ミレアは強気に鼻を鳴らすと、こう応える。
 「貴女の騎士団は戦だけではなくて、女性の扱いも一流みたいね。もう十人くらいからお手紙を頂いたわ。」
 その言葉にリンは意外、と言う様子で瞳をぱちくりと瞬かせた。そして少しだけ不甲斐無い気分を味わう。元、とはいえ自身が統率していた黄の国最精鋭の赤騎士団が、確かに美人の部類に入るとはいえ一人の女性に現を抜かしているなど、信じがたいと同時に情けない。そう考えたのである。
 「結構美形ぞろいだし、元貴族だけあって気品はあるし、リンも赤騎士団から見繕ったら?主君のお言葉には誰も逆らえないわ。」
 続けてそう言ったミレアの言葉に、リンはそうかもれない、と考えた。とすると、身分的に考えれば釣り合いが取れそうなのは赤騎士団副隊長であるシルバだろうか。アレクはもうメイコに取られてしまっているし、とリンが年頃の少女らしくそう考えると、更に追い討ちをかけるように、芝居がかった仕草でミレアがこう言った。
 「さぁ、跪きなさい!今日から貴方は私のものよ!」
 遠慮の無いミレアの台詞に、流石のリンもその健康的な頬を誰が見ても分かる程度に真っ赤に染め上げた。同じような台詞なのに、どうしてミレアが言うとこんなにはしたなく聞こえるのだろう。既にハクは耐え切れない、と言う様子で耳まで真っ赤に染めながら視線を俯かせたままである。同行しているセリスも又、所在ないと言う様子で視線を市場に並べられている品物へと移していた。
 「ちょっと、そんなに引かないでよ!」
 言ってから後悔したのか、ミレアが弁解するように、そして半ば叫ぶようにそう言った。そのミレアと恥ずかしがりながらも楽しそうにはしゃぐリンの姿を見ながら、セリスはほんの少し、溜息に近い吐息を漏らした。
 本当にこの人、女王様だったのだろうか。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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ハーツストーリー 45

みのり「ということで第四十五弾です!」
満「そろそろ動き出すかな?」
みのり「そうね。ということで次回も宜しくお願いします!」

閲覧数:227

投稿日:2011/04/23 14:53:49

文字数:3,228文字

カテゴリ:小説

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