回りの世界が緩やかに崩れてゆく。
きっと私が崩しているのだろう。
私を囲むたくさんの壁が、私を圧しようと優しく、そして残酷にせまりくる。
みんなだったら軽やかに壁をすりぬけ逃げるだろうけど、私にはそれができない。
ゆえに潰される覚悟を決めた。
最後まで誰かに守ってもらうことを、私は望まない。
変質する世界で、消える最期の時まで、幻想の中に生きていたい。
甘い現実離れした夢を求めさまよっている自身には既に気付いている。
その夢が求める世界そのもの…
-すなわち、平和な世界。
感情が飽和する世界で、エーテルの香りを感じた。
どこかで祭をやっているのか。
気付いたら午前2時になっている。
今日も眠れずに…
ライターを付けようとしたが、カチリと無機質な音が響くだけで火のつく気配はない。
焼け付くような痛みが胃を襲う。
ストレス性胃炎はなかなか消えずに、こうしてふと私を苛むのだ。
自分の考え方が蒔いた種だ、不満は言わないことにしよう。
でも。
-全てが嘘だったなら、どんなに救われるだろう…
今日の昼、三日ぶりに眠ったと思ったら嫌な夢を見た。
誰より大切な君の首を締める夢。
のどかな光注す午後、私は君の細い喉がはねるのを泣きだしそうな瞳で見つめていた。
…おかしい。
私なんかじゃない。
こんなの…
ゆるされるわけがない。
いつだか見たことがある、核融合炉。
飛び込みたい。
あの危険な場所に飛び込んで、消えてしまいたい。
真っ青な美しい光の中に溶け…私が消えてしまえば、あなたは私を許してくれるような気がするから。
夕方、ベランダの向こう側をふとみたら誰かが階段を上る音が聞こえる気がした。
ねぇ、それは君だったのかな?
確かめようと曇りガラスを開けようとしたら、陰が部屋を満たした。
まるで私のしようとしていることを世界が拒絶しているようで…
夕暮れの太陽が妖しく溶けて、灰色と混ざる。
少しずつ色を無くす世界。
-あぁ、世界が死んでゆく。
これも、君を確かめようとした私の罪なのだろうか。
君の首を締める夢をみてしまった私
の罪なのだろう…
あの時、君の唇から零れる言葉を私は聞き取ることができなかった。
泡のようにはかない君の言葉を…
核融合炉に飛び込めば、記憶まで全て消えてしまえるのだろう。
真っ白に、純白に、君と出会った頃の私に戻れたなら…
こんな錠剤を使うこともなく、まともな夢を見られるはずなのに。
テレビをつけてみたら、飽和する音にくらくらした。
司会者、ギャラリー、エキストラ…見えない場所にいる人の声が私の部屋に溢れ、私の耳で反響し、…あぁ、耳鳴りが止まない-…
リモコンを投げ付けるようにして、テレビを消す。
また、静寂。
幼い頃に見た、みんなが消える夢がいまだに記憶から消えない。
真夜中、というにはいささか更けすぎたこの世界で、この部屋の広さがむやみに可笑しかった。
息ができないような苦しさが胸に満ちる。
核融合炉に飛び込めば眠るように違う世界へとゆけるのだろう。
そして私がいなくなれば、世界を乱し狂わせるような思考はなくなり、今よりずっとみんなが過ごしやすい世界になるに違いない。
世界の歯車を元に戻すには、元凶の私が消えなければならない。
すなわち核融合炉に飛び込むのが私の定め。
私は錠剤をいくつも飲み干した。
せめて、終わらない夢を見よう。
その中で、溶けて消えてゆこう。
誰もかも幸せになれる世界に私の存在は必要ないのだから。
核融合炉に飛び込むことはできないけど、消えてゆくことはできるから…
『リン?』
次の日、彼が彼女の部屋を訪れたとき、もう彼女はいなかった。
あったのは小さな空き瓶と、そして彼女の抜け殻のみ。
『リン…?』
彼は冷たくなったその身体を抱きしめた。
『リン…』
"レンの首を締める夢を見た"
そう告げられたのが最期とは。
『リン…!リン!』
また一つの歯車が、狂いだす。
-炉心融解-
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