一瞬の出来事にどれだけの人が反応出来るだろうか。どれだけのアンドロイドが反応できただろうか。
赤い閃光、赤い飛沫、泣き叫ぶ声、怒り狂う様、全てが一瞬のうちにできあがる。全てを一瞬の幻になど変えられない。残虐な運命が滅びの道を選んだ時、悲劇と奇跡のどちらが起きるか想像できるだろうか。
刹那、誰もが予感した悲劇。間一髪割って入る青い閃光。
「…?!」
「マスター、ご無事ですか?」
振り下ろされた赤の腕を間一髪で受け止めたのはオリジナルのカイトタイプ。
「カ…イト…」
マスターの眼前に広がる青マフラー。マスターを見ないで投げかけられた声には余裕を演出する優しい響きがあった。
ギリギリと擦れるような金属音、実際には余裕などなかった。
「お前は…カイコか!」
「そう、呼ばれていた事もありました…ねっ!!」
互いの腕で鍔迫り合いのようにぶつかり合うカイトとアカイト。
マスターは生きている事を実感して震えた。死の恐怖を味わった直後では歩くはおろか立ち上がる事さえできない。
カイトがアカイトを押し返して牽制し、マスターを庇うように睨み付けるとアカイトは一歩引いて一瞬目を見開いた。流れで起きた事故とは言え、自分でやってしまった事の重大さに気付いたようだ。アカイトは俊敏に退路を見つけて外へ飛び出した。
「アカイト!」
「マスター、大丈夫です。アカイトは僕が連れてきますから、マスターは休んでいて下さい」
男に戻ったカイトは何だか頼もしかった。カイトはマスターを置いてアカイトを追った。
未だ立ち上がる事さえできないマスターを気遣ってリクがそっと肩を抱くとマスターは緊張の糸が途切れたように泣き崩れた。
「リク、リク…うっ、うっ…リクぅ、リクぅ、ひっく、ぐす…」
「…立てるか?」
リクはマスターに肩を貸して立ち上がらせるとヨロヨロとした足取りのマスターに合わせてゆっくり部屋まで連れて行った。
「もう大丈夫だから。大丈夫…」
手近なベッドにマスターを座らせ、リクは隣にぴったり寄り添って落ち着かせるようにマスターの頭を撫でた。やがてマスターが少し落ち着きを取り戻したと見てリクはやはりアカイトを追おうと立ち上がった。
「?…」
「行かないで…」
こんなに弱々しいマスターを見た者が未だかつていただろうか。俯いたままマスターはリクのシャツの端を引っ張った。
空き地―――
無我夢中で走った。何処へ行こうと言う宛ても無い。ただひたすら現実から逃げるため駆け抜けた。街を抜け、路地を抜け、行き着いたのは何も無いただの空き地だ。
アカイトは逃げ場のない空き地に追い詰められた。カイトが追いついて現在二人は対峙している。
「アカイト…」
「来るな!」
一歩、カイトが近付く度にアカイトも一歩後退する。睨み付け、牽制しても追い詰められた状況は変わらない。
「…良かったじゃねぇか。男に戻ったら急に逞しくなりやがって。俺を連れ戻しに来たのか?死刑の決まった裁判で俺を吊し上げるつもりか?」
怯えの表情は見せない。けれどいつもの太陽のように明るいアカイトでもない。強がって牙を剥く、余裕のない様はまさしく『弱い犬程よく吠える』と言う物だ。
「アカイト、落ち着いて。僕は…」
「来るなっつっただろ!」
カイトはアカイトに伝えようとした。けれど張り詰めた緊張がアカイトの冷静さを奪い、他人の話など聞く耳を持たなかった。
なおもアカイトの説得を試みるカイトだが、想いとは裏腹に気持ちはまるで伝わらない。マスターがリクに伝えようとして失敗したように、カイトもアカイトに伝える事ができず沈黙の時だけがいたずらに過ぎて行った。
睨み合いの牽制は続く。睨んでいるのは主にアカイトの方で、カイトは空気につられて緊張の面持ちをしているにすぎなかったが。
カイトが少しでも動こう物ならアカイトはすぐに怒鳴った。気持ちの整理だけがつかず、徐々に冷静な自分が戻ってくるとアカイトは壊れた自分を情けなく思った。
「…引く気が無いならかかって来いよ。来ないならこっちから行くぜ?」
嗾けるアカイトは覚悟を決めた敗陣の将のようであった。死を怖れない屈強な戦士、アカイトは手強いバーサーカーとなった。
カイトはただ一方的に攻撃されていた。アカイトの攻撃を紙一重でかわし、受け流す。
「…同情なんかいらねぇぜ?マスターがその気ならお前は俺を破壊してこの首を土産にマスターの下に帰らなきゃならねぇ。それが出来なきゃジャンクだ。俺たちは戦う運命なんだよ!」
避けるだけのカイトにアカイトはついに本気を出した。
アカイトは一気に間合いを詰めるとフェイントを交えてカイトのバランスを崩した。
「しまっ…!」
紙一重で避けていたのが災いし、一手目を避けた時の隙を突かれて二手目の攻撃でカイトは横転してしまった。
「終わりだ…!」
更に間合いを詰め、バランスを崩しているカイトの逃げ場を奪ったアカイトはとどめの一発を繰り出そうと重い拳を放った。
バキィン
金属のぶつかり合う音が響き、鈍い陥没音と電流のビリビリと言う音が静かに鳴り響いた。
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