18.
 それから、約一時間半後。
 巡音学園椿寮女子棟風呂場から、その声は漏れ聞こえてきていた。風呂場で反響しているせいか、声は意外に大きい。外にいても、少々耳をすませていれば会話の内容を把握するのはさして難しい事ではなかった。

「お嬢様……」
「グミ……」
「本当に、よろしいのですね……?」
「ええ……。貴女なら、構わないわ」
「お、お嬢様……」
「ちょ、ちょっとグミ。いきなりそんなところを触らないで」
「も、申し訳ございません。わたくし、その、少々緊張してしまって」
「優しくしてくれないと……ダメよ」
「は、はい……気をつけます」
「あっ……ふぁっ」
「お嬢様の肌……こんなにすべすべしているなんて」
「ちょっ……くすぐったいわ」
「申し訳ございません。で、ですが……わたくし、自分を抑えられないのでございます」
「あぁ……も、もう。仕方ないわね、グミは……」
「寮内の誰もがうらやむこの完璧な肢体が、いまわたくしの手の中にあるのです。が、我慢など……お、お嬢様っ!」
「きゃ、きゃあっ! や、もう。ちょっと、グミったら、そんな触り方……」
「お嬢さま。わ、わたくし……ずっと前からお嬢様のことが――」
「ふふっ。わかってるわよ。私もよ、グミ」
「お嬢様!」
「グ、グミ。ちょっと!」
「やはり、大きいですね……形も美しいのに、こんなに柔らかいなんて」
「や、ン……。そういうグミだって、大きいじゃない。ほら――」
「お、お嬢様! あ、あぁ……そんなに触っては、感じすぎて……んんっ」
「我慢は良くないわよ。グミ……」
 かららら、と、必要最小限以外の音を立てないようにして脱衣所と風呂場をつなぐ扉が開いた。
 私はその音をしっかりと耳にして、グミに目配せをする。グミも私の視線に気付いて、静かにうなずく。
「あ、あふぁっ……! お、おじょう、様……っ!」
「グミも可愛い声を出すのね。その声、私にもっと聞かせて……」
「お嬢様……ああっ」
 扉から堂々と、けれど姿が見えないような位置取りをして、何者かが私たちの声がする方へと近付いてくる。
「ああ……ふぁっ、んあ、あっあっ、んっ……」
「あぁ……グミ、とっても可愛い。いいわ、すっごくいいわよ……」
「あ、あ、あんっ……。お、お嬢、様……。わた、くしも、負、け……ませんよっ」
「な、にを……ちょっ、そんなところ、だ、ダメだったら! ふあっ、ああああっ」
 自分でもこんな恥ずかしい声が出るのかと思うと、死ぬほど恥ずかしい。ダメだ、こんな恥ずかしい声が他の人にも聞かれてしまっていることを考えたら、耐えられない。もう恥ずかし過ぎて死ぬしかない。
「ああっ、お嬢様っ」
「グ、グミっ」
 何者かは、声のする場所から隠れたままで最も近づける位置までやってくると、ばれないように、こっそりとのぞき込もうとした。
 ――これが限界ね。
 私はそう判断すると、ちらりとるかに目配せし、作戦の決行を合図した。
「承知ッ」
 るかは小声でそうつぶやくと、一足飛びで何者かの背後へと飛ぶ。
 その何者かとはもちろん――こんな予想通りに現れてくれて、喜ぶべきかどうなのかはかなり難しい問題のような気がするが――例の変質者だった。全身に身につけているものは、顔を隠す仮面と、ウルトラマリンブルーのマフラーの二つだけ。ああ、胸に貼っている星型のシールはそれに加えるべきかどうか。いやもうそんなことは心底どうでもいい。とにかく昨日現れた裸マフラーが、同じ格好で女子寮内に現れたのだ。この、私とグミの声におびき出されて。
 より正確に言うならば、その裸マフラーがのぞき込んだその先にある小さな物体。私たちの声を録音した音楽プレーヤーにおびき出されて。イチャつくと言った手前、私が声だけですませようととしたことに、誰よりもグミ自身ががっかりしていた。録音した時、グミから裏切られたとまで言われてしまった。それはそれでショックだったので、グミにはちょっとだけサービスしてあげることにしたのだが、なにをしたのかは私とグミだけの秘密だ。こんなところに書いたら恥ずかしすぎるし、そもそもピアプロの規約違反で消されてしまう。
「覚悟するでござるっ!」
 着地したるかは、その裸マフラーの背中へとそう宣戦布告する。その声に振り返ろうとした裸マフラーに、るかは右手に握った、なにやらやたらとごつごつとした黒っぽいものをつきだした。
「水着よ透けろ! うなれ雷迅!」
「……」
 黒っぽいそれは、どうやらスタンガンだったらしい。なにが雷迅だ。なにが忍術だ。聞いて呆れる。タネも仕掛けもありまくりな通常兵器ではないか。初めからスタンガンだと言ってくれればいいものを。水着云々に関しては、まったく意味がわからないことこの上ないので無視。無視無視。
 バチン。
「ぐっ、がああぁぁッ!」
 ――とはいえ、威力はやはり絶大らしい。が、一瞬あたっただけですぐに裸マフラーはそのスタンガンを振り払うと、るかに正対する。
「これは……これは。まさか罠にまんまとはまってしまったとはね。フッ」
 その変態は、なぜか髪をかき上げて格好つけた。まったく格好よくはないけれど。
「一瞬と言えど、拙者の雷迅を受けて立っていられるとは、たいしたものでござるな……」
「スタンガンとは考えたね。いくら身体能力が高くても、その身体能力そのものが使えなければ意味はなくなってしまうからね」
「なにを言っているでござるか! スタンガンなどとは失礼な。これは雷迅でござる! 女の子の水着を透けさせるための忍術なのでござる!」
「ふむ、そうか。それで水着が透けるとは、なかなかに興味深い話だね……」
「フッフッフ。そうでござろう。これをプールなどで使えば、それはもう至福の時が訪れるのでござるからな!」
 いや、訪れるのは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。間違いなく。
 ……馬鹿な話はそれくらいにして欲しい。そして死んで欲しい。二人とも、永遠に。それに、電撃で水着が透けるとか馬鹿じゃないの。
「それで、君はまた僕を倒そうとでも言うのかい? 昨日、あれだけ歴然とした力の差を見せつけられてもなお?」
 裸マフラーは余裕しゃくしゃくだった。それもそうだ。あいつがるかを圧倒したのは昨日のことだ。たった一日で実力を覆すことができるほど、戦闘技術というものは簡単ではない。……と思う。正直に言って、よくわからないけれど。
「そのようなことを言ってられるのは、今のうちでござるぞ」
 そう言って不敵な笑みを浮かべると、るかは胸元で左手で拳を作り、人さし指を立てる。その人さし指を握るようにして右手も拳を作り、人さし指を立てた。……いわゆるテレビやなんかの忍者がよくするポーズである。まさか本気でそんなポーズをするとは思わなかった。
「忍法、女の子影縛り!」
 ――どう考えても、女の子は余計だ。というか、技名を叫ぶのって恥ずかしくないのだろうか。アニメや漫画じゃあるまいし。現実にやられるとただただ引く。
「ぐ……な、なんだと……」
 と、予想外に裸マフラーがうろたえたような声をあげる。まさか……本当に効いているというの?
「フッ。甘いでござるな。お主の影は、もう拙者の意のままでござるぞ」
 二人の変態どもの足元を見ると、確かに裸マフラーの影をるかが踏んでいる。だがしかし、たかだかそれくらいのことで相手を拘束するなど……あいかわらずこの子は物理現象を完全無視するのが得意のようだ。
「こ、こんな技を、いったい誰から……!」
 裸マフラーのうめきに、変態忍者は勝ち誇るように告げた。
「拙者、日々忍者として生きるためにバイブルとして読んでいる本があるでござる。それを見て、拙者は見よう見まねで特訓し、こうやってできるようになったのでござる!」
「そ、そんな、ことが……」
「そう、強いて言うならばその本で影縛りを使いこなす者、つまりはシカ○ルが拙者の師匠だってばよ!」
 忍者はよくわからないポーズを決めた。なぜか裸マフラーの変態も同じポーズをとった。とてもかっこ悪かった。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Japanese Ninja No.1 第18話 ※2次創作

第十八話

前回からあまり日を置かずに早めに更新できて少しだけホッとしています。

各キャラクターの姿・服装に関して、自分はなるべく丁寧に描写しようと思っています。
ボーカロイドの場合、その名前だけでだいたいの容姿なんかは浮かんでくるので、あまり必要ないと思う方もいらっしゃると思いますが、どんな顔立ちだとか、どんな服装をしているだとか、そういうことを描写してこそ小説じゃないかなーとか思うのです。学園ものだからといって「制服を着ている」だけで済ませてしまうのは淋しいというか、もったいないと思います。私服も毎日同じ服を着るなんて普通はしないですし。
まあ、自分の場合は「皆が知っている格好を文章で表現するにはどうすればいいか」と考えている部分もありますけれど。

今のところ、一番描写に文字を費やしているのはたぶんグミ嬢だと思うのですが。着替える度に細かく書いている気がします。それにしても、ファッションとは難しいですね……。

それでは、続きは前のバージョンへとお進み下さいませ。

それではまた。

閲覧数:87

投稿日:2012/12/24 00:02:32

文字数:3,329文字

カテゴリ:小説

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